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これ観た

基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

『あるいは、ユートピア』(2024)

 

監督・脚本 金允洙=キム・ユンス(『白T』他)

音楽 竹久圏(たけひさけん)

 

藤原季節、渋川清彦、吉岡睦雄、原日出子、渡辺真起子、篠井英介(ささいえいすけ)、麿赤兒、吉原光夫、大場みなみ、杉田雷麟(すぎたらいる)、松浦りょう、愛鈴、金井勇太、他。

 

宿泊先のホテルで、ある朝異様な物音に気づいた小説家の牧雄一郎(藤原季節)は窓の外に巨大な謎の生物が蠢く光景に驚く。廊下へ出てみれば自衛隊の避難誘導に従い急ぐ宿泊客の群れ。しかし牧は後へ続くことをしない。他にも牧と同じく避難しなかった者たちがいた。

妻と子供とで宿泊していたが置いて行かれた松岡徹(渋川清彦)。自殺志願者で集まっていた介護に疲れ切った末永明穂(原日出子)と女装癖があり家庭が居にくい場所となってしまった㓛刀啓介(吉岡睦雄)。賞味期限が切れた女優の大西美和子(渡辺真起子)と、そのマネージャーの瀬戸一花(大場みなみ)。不倫関係にある三好善司(金井勇太)柳紀子(松浦りょう)。摂食障害を持ちながらも自己表現の夢を諦め切れない宮田朝日(愛鈴)。ハラスメントを受け続けていた自衛隊員の山本宗介(杉田雷麟)。そしてこのホテルの支配人の鶴見晃(篠井英介)とオーナーの平山健(麿赤児)、の、牧を入れれば12人。

みんなそれぞれに理由を持って残った者たちで、さっそくトラブルが起こるが、牧が機転を効かせ「非暴力・不干渉・相互扶助」の三つのルールを提案してみんながそれに従う。しかし、結局2年という長いホテル生活には大小多々問題も起こり、二人が命を落とす。そして牧の嘘も明るみに…。

 

ネタバレだけども、ホテルに残った理由は様々でも、みんな何某かの問題を抱えていたわけで、半ば命などと自暴自棄になっている節もある。だからラスト、案外居心地が良くなったホテル生活を閉じることになった時、初めて自ら各々が生きる意味、生きる希望を実感したのだろう。目の前の救助隊によってその道が閉ざされようとしていることに抗い、絶望したのか自死を選ぶ者もいた。そこは彼らにとってのユートピアだったわけだ。

 

舞台演劇のようで面白かった。それは特に、牧が誰もいない食堂のテーブルで、その得体の知れぬ生物と思しきミニチュア(幼虫?)をじっと見たり、餌を与えてみたりしてるシーンがちょいちょいあるのだけど、それが現実であるのか遠い未来であるのか、幻想であるのか、はたまた牧の書く物語なのかわからず、作品から逸脱している感じが実に舞台っぽい。

 

ヒヤッとしたのは、牧の嘘がバレた時、美和さんが「それはどういう顔なのよ」と言ってカメラに映った時の藤原季節の表情。ほんとにどういう顔なのか、醜くて一瞬怖かった(褒めてる)。そして数秒で普通に泣き顔になる。藤原季節すごい。

すごいのは渡辺真起子もで、劇中で台本の読み合わせをしているシーンがある。すでに美和さんという人物の演技中であるのに、更に加えて表情がじわりじわりとその台本の役柄になっていくのだ。役者ってすごいなと感じた。

まあ、渋川清彦にしても、原日出子にしても、麿赤兒にしても、みんなすごいわけで。

 

松浦りょうが出てるので期待したけど、業の深い役ではあったけど、キャラ的にイマイチでもったいなかったな。長井短や市川実日子、モトーラ 世理奈みたいにその容姿を活かすキャラにあてて欲しいな。

 

★★★★(★)

 

 

 

 

 

配給 レプロエンタテインメント

 

 

『ベイビーわるきゅーれエブリデイ!』(2024)テレビ東京系列0904〜全12話

 

監督 阪元裕吾(『ある用務員』『ベイビーわるきゅーれ』シリーズ、他)、平波亘工藤渉

脚本 阪元裕吾

アクション監督 園村健介

音楽 森野恒彦

オープニングテーマ曲 syudou「あいきるゆぅ」

エンディングテーマ曲 Tele「包帯」

 

髙石あかり、伊澤沙織、飛永翼、水石亜飛夢、中井友望、草川拓弥、本田博太郎、二ノ宮隆太郎、田中俊介、海津雪乃、水澤紳吾、西村誠治、舘野将平、詩乃渚(うたのなぎ)、後藤剛範、一ノ瀬竜、小島藤子、堀内充治、前田敦子、橋本じゅん、中島ひろ子、三河悠冴、高柳明音、前田旺志郎、諏訪太郎、森下能幸、浜野謙太、他。

 

殺し屋協会に属してる、平和でたわいもない会話からは想像も出来ない手腕を振るう凄腕の殺し屋コンビ、杉本ちさと(髙石あかり)深川まひろ(伊澤沙織)。今回の任務は反社会組織シャイニングとバラライカの殲滅に始まる。その仕事後、何者かに尾行されたまひろは相手を返り討ちにし、冷凍庫へ処分する。しかし、業界の人が失踪して探してるとマネージャー須佐野(飛永翼)から連絡が入り、冷凍庫にぶち込んだ男こそ、探してるその男、夏目敬(草川拓弥)だったことがわかる。

なんとか助け出された夏目とは今回のことを不問にする代わりに取引へ。今日の任務殺し(粛清)をやってくれと頼まれたのだ。しかし実は夏目は組織を裏切った粛清対象の代わりにも腕のいい殺し屋を探していた。殺し屋協会第2位の位置に着く宮原幸雄(本田博太郎)がボスになる一大プロジェクト「風林火山」のためだ。ちさととまひろは夏目とはそれ一度限りと思っていたが、そんなわけで須佐野からの命で新たに夏目の関わるその一大プロジェクトに入ることになる。それは作戦着手から6年の案件で内容は「松本洋子殺害」だった。

手慣らしのタタキ殺害から宮原主催の10日間の合宿に入る。集められたメンバーは、計画の脚本と演出を担当する桑原新之助(田島亮)、銃器プランナーの武井聡子(天木じゅん)、スタイリストの秋間敏夫(新名基浩)のクセのあるメンツ。そんなだからトラブルも多い。それでもなんとか計画は遂行…しかし夏目、桑原、武井、秋間は命を終えることになる。(相変わらず容赦ない)

その後の仕事のないしばしの間、協会のジョブローテーション制度に就くことになる。ちさとは営業部「オフィス向日葵」、まひろは内部監査部へ配属される。ちさとは部長の山下(後藤剛範)のもと、その営業の理不尽さ、パワハラにストレスを抱え、たまたま知り合った中華屋の店主川原(森下能幸)に癒されていた。まひろにはちさと以外にも普通に会話が成り立つ存在日野彰(柄本時生)が現れる。内部監査部はミスをした、または裏切りをした者を調べ上げ粛清をかける仕事で、日野は粛清さんと呼ばれる粛清係だった。

各々殺し屋の仕事の闇や辛苦を体験し、別行動なだけに二人の関係もギクシャクしてくる。そんな中、営業部に川原の殺害依頼が来る。それは営業部が作り上げたガセによる依頼で、ちさとに火がつく。一方、まひろは日野の粛清を命じられていてた。日野はといえば、一騒動後のまひろ、ちさとを助けるために、自分が犠牲になることを選ぶ…。

 

前半の通常の殺し屋業と、いったん足を踏みとどめる後半の殺し屋業への向き合い方と、痛快なノリで重い問題を見せてくる。ジーンとしてしまうような人情味もあって、本当にいつものベビわるとは違って深かった。ともすれば、殺し屋の否定になるので、ベビわるの存続に関わる大問題でもあるのに。

まぁ、おだやかに、「自分にできることは…」と二人なりの正義をもって終わるんだけど。

 

映画にも続くのか、前田敦子も出てる。

 

【サブタイトルとざっくりした内容】

 

①10年後も一緒に死体凍らせよ(シャイニングとバラライカの殲滅。勘違いから夏目を冷凍庫へ)

②社会は責任が伴う場ってなんだよ(夏目の代わりに居酒屋を営むタタキ三人を粛清)

③この子をお迎えします(死体処理班の宮内から教えてもらったぬい活の魅力にはまるまひろ)

④大切な事は140字で伝わらない(夏目の関わる宮原の「風林火山」に参加することになり、合宿に入る)

⑤指導とハラスメントの境界線は(合宿先での色々)

⑥信じられるのはお金だけです(「風林火山」計画遂行&終了)

⑦ひさびさ実家帰ったらあるある(ちさとの実家でしばしの休養)

⑧経験も成長もしたくありません(ジョブローテーションに入ることになる)

⑨殺ししかできないから(配属先での役割)

⑩そっちは殺しだけでいいけど(配属先での苦悩)

⑪私はなんで殺し屋をしてるのか(二人に火がつき行動を起こす)

⑫未来の話も二人でなら(二人なりの正義と覚悟)

 

タタキ(強盗)潰しに居酒屋「碧」にバイトで入るのだが、くそおもしろくないケンゴ(二ノ宮隆太郎)のYouTubeチャンネルにばかうけするまひろの感性が普通と違うのが一目瞭然で愛しくなる。店長役の田中俊介も店員のマユ役の海津雪乃もとてもいい。柄本時生、草川拓弥も今まで見た役の中で一番良かった。

「ベビわる」のキャストはほんとにみんないい。死体処理の田坂(水石亜飛夢)宮内(中井友望)、営業部スタッフ三好(一ノ瀬竜)栗原真央(小島藤子)、ちさとの父(橋本じゅん)母(中島ひろ子)兄(三河悠冴)…と、いい。

 

とても面白かった。なんと言っても二人がかわいい。お馴染みのゆるゆるな会話もツボ。それでいて深い話にもなっていて。

ところでちさとの家族はわかったけど、まひろの家庭ってどんななんだろう?

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このオープニング映像に、10人のクリエイターを起用していて、タイトル曲に合わせたダンスアニメーションになっている。

クリエイターはアキヤレモンサワーゐたみ/itami内田清輝・グ式(PicassoTrigger)ENKN(エンクン)ONUONOCOパンチみたらし三大モロトミユメノサキ

その上、コレオグラファーはyurinasia(IABBKLAB)という、最高ではないか! センス良すぎ!

それぞれの絵柄での踊るちさととまひろは可愛い以外のなにものでもなかった。


あと、エンディング曲いいな。もさを。に通じるとこあって。

 

 

『TAR』(2022/日本公開2023)

監督・脚本 トッド・フィールド

 

天才的才能、実力、行動力でベルリン・フィルハーモニーで女性で初めて首席指揮者となったリディア・ター(ケイト・ブランジェット)。マーラーに傾倒しているターは、ベルリン・フィルで全9曲の交響曲を録音する。しかしパンデミックにより5番がお預けとなっていた。ロックダウンも明け、いよいよ5番のライブ録音が開始。そのリハーサルに明け暮れる。そしてそれはマーラー交響曲全集としてマーラーの誕生日に発表され、さらに米国ではターの自伝も同時に発刊されるそんな大業のプレッシャーに神経質になってる最中、かつての教え子クリスタ(シルヴィア・フローテ)が自殺する。実はターには第一バイオリン奏者のパートナーシャロン(ニーナ・ホス)がいて、養女ペトラ(ミラ・ボコイェヴィッチ)もいる同性愛者だ。それを公表しているものの、障壁はあり、クリスタとの間にもトラブルがあり、ターはクリスタを切ったのだった。

また、権力を行使し自分の都合の良いように固めようとするターは、副指揮者のセバスチャン(アラン・コーデュナー)を排除し、指揮者志望の弟子でマネージャーも兼任するフランチェスカ(ノエミ・メルラン)をあてると思いきやさにあらず、反目をかう。目をつけた新人チェロ奏者のオルガ(ゾフィー・カウアー)には、カップリング曲にわざわざ選んだエドワード・エルガーのチェロ協奏曲を託すも、オルガはついにターにはなびかない。

細々とした軋轢を生みながら、結局はクリスタの死が大きな問題となりハラスメントが表面化し、シャロンにも愛想を尽かされ、徐々に状況が悪くなる。ついには5番のライブ録音も指揮者として名を馳せたいエリオット(マーク・ストロング)が代任となり、それを許せず暴挙に出たターの地位は崩れる。

それでもターは実家に帰り、初心を思い出し、フィリピンへ渡り、そこで音楽を、指揮を一から始める。ゲーム音楽のコンサートから…。

 

 

映画って観る人を区別するというか、知識を試されるというか、制作者がどこを狙っているのか、狙ってない層にはどう決着させるのか、受け手送り手ともに多くの命題を持ってるなぁとあらためて思えた作品だった。

例えばこの作品を観る上で必要なのは音楽への知識、ことクラシック。それから想像力と読解力。ラストでは博識であることが求められる。残念ながら私にはそんなもの備わってなかったので、1回ではわからなかったし、2回観てもわからない。ラストシーンのコスプレ観客が意味するものも検索しないとわからなかった。その上での感想。

 

冒頭15分のインタビュー、同業者との会話、生徒との会話(授業/生徒マックス:ツェトファン・スミス=グナイストを通して偏見と作品を混同させることを否定したのは同意)でターのこれまでの足跡、考え方、指揮者の矜持を理解させる構成になっていて、うっかり聞き逃すと迷子になりそうな繊細な作りだった。でも、各所押さえておけば、後々すっきりする回収が随所に待っている。

 

ターの音楽への向き合い方に、「作曲者の意図がつかめないことはままある。理解できなくても恥じることはない。指揮者の解釈が求められる。誰もが知ってる音楽も解釈ひとつで違って聴こえる。」があり、音楽に限らず向き合うべきは作品であり人格ではないと言ってるかのようだった。それはあらゆる創造物に言えることで、例えば劇中オーディションで演奏者の姿が見えないようついたてで遮っている。印象は見た目から感情へと移されるからではないか。幸い、ついたての向こうのオルガは才能で通ったが、ターは靴を判断材料にもしていた。トイレですれ違った時に心惹かれ足元も見ていた。

なんなにしろ、音楽に関して言えば、音楽は言葉よりも雄弁で感情にうったえてくる。ということなのだろうなということは理解した。

 

劇中でターの「私たちの家は指揮台だ。スーツケースを持って旅をするのが指揮者だ。」という台詞にも音楽への愛や真摯さが見えた。その言葉の通りフィリピンでやり直すターの姿は逞しく、音楽愛が溢れていた。

 

ただ、ターもまた常任指揮者への近道を団員に聞いていたというくだり、若くてがむしゃらな時期はなりふり構っていられない、少しでも理想や夢に近づくための最善最速を目指すものだと、才能の前に貪欲な人間らしさもあって良かったし、たぶん、ことさら、上を目指し理想を叶えようとする人はそういうものなんだろう。

 

とりあえず、吹替版より字幕版の方が理解しやすい。

そして面白い作品と思った。

 

ターが幻影や物音に敏感になっていく様子には、ホラーかと思った。それくらい真に迫っていたということ。

 

★★★★

 

 

 


そういえば、ターとペトラの会話の中にマザーグースの「クックロビン」を唱和するシーンがあって、教育に不可欠なんだなぁと思った。日本ならなんだろう?



 

『スクロール』(2023)

原作は橋⽖駿輝の小説。

 

監督 清水康彦(『CUBE』『その日、カレーライスができるまで』他)

脚本 清水康彦金沢知樹(『サンクチュアリ』『サバカン』他)、木乃江祐希

主題歌・挿入歌 Saucy Dog

 

北村匠海、中川大志、松岡茉優、古川琴音、三河悠冴(みかわゆうご)、莉子、水橋研二、忍成修吾、金子ノブアキ、MEGUMI、相田翔子、他。

 

僕(北村匠海)ユウスケ(中川大志)森(三河悠冴)は学生時代の友達同士。卒業して就職し、それぞれがそれぞれの環境で時を過ごしていた。僕は上司コダマ(忍成修吾)のハラスメントを受けながらも、SNSで思いを吐き出すことでやっと自我を保ててる状態。ユウスケは彼女も取っ替え引っ替えで、その時が楽しければいいみたいな刹那的な生き方を繰り返していた。そんな二人に、森の自殺の知らせが入る。考えてみれば、ユウスケには森の記憶が薄い。僕だって変わらない。森はいったい何に悩み何に急き立てられたのか。僕とユウスケは何を思うのか。

また、僕の同僚に私(古川琴音)がいる。クリエイターとして何者かになりたい私は、僕のSNSに上げる言葉に共鳴する。私の飲み友達の役所勤めの菜穂(松岡茉優)は結婚に焦りを感じ、出会ったユウスケに翻弄される。私と菜穂の行き着く場所はどこなのか。

四人の人生と人生観が交錯し、生きること、他人を想うこと、愛、社会の中の自分を見つめ直していく。

 

七つにチャプター分けされていて、それぞれの抱える問題に始まり、やがて相手との関係が明確化されていく形。まず最初に「絶望のモボ」が描かれているのだが、後に森に自分を重ね合わせた僕の創作だったことがわかる。

 

だるい。

 

これはたぶん、私が歳をとりすぎたせい。若ければ、こと、思春期から社会に出始めるくらいまで、誰もが抱く焦燥で、力量に見合わぬ現実をつきつけられ、そこから生まれる虚無感にとらわれる。ものだ。良くも悪くも時間や他人との関わりが解決してくれる。

 

「記憶というものは例え忘れてしまったとしても、時を経ていつか必ず向き合う日がくるという、忘れてしまおう今は、何もかもその日が来たら向き合えばいいのだから、いつだって全てをスクロールさせて」

という台詞(言葉)がある。これがまさに処世術であり、生きる上で自然と出来ていることなのだ。

 

「社会とは自分自身」という台詞(言葉)がある。これは、本当に向き合い生きているのか、都合よく社会を持ち出し責任転嫁してないか、そも誰の人生か、を問うてる。

 

登場人物と同年代の人には刺さる作品だと思う。

 

でも、ひとつ、もしかしたら世代も関係しているかも。他人との関係は昔より薄くなっている印象だから、孤独感が強いのかもしれない。

ならばなお、森の自殺の原因は後追いだといいな、と思った。

 

松岡茉優、痛々しさが素晴らしい。中川大志もちょっとした間の表情が素晴らしい。

忍成修吾、嫌な上司役。犯罪にも走る。悪人の役が多い。どうして。出てきた頃はもっと明るい二枚目役いけると思ったのに。

そういえば森の母親役に相田翔子。そうか…もうそういう年齢なのか…(;ω;)

 

★★★

 

 

 

 

配給 ショウゲート

 

 

『テルマ&ルイーズ』(1991)

原題は『Thelma and Louise』

 

監督 リドリー・スコット

脚本 カーリー・クーリ

 

アーカンソー州。恋人はいるけどいまだ独身でウェイトレスとして働くルイーズ(スーザン・サランドン)。モラハラ気味の夫ダリル(クリストファー・マクドナルド)と暮らす専業主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)。二人は友達で、ドライブ旅行に出かける計画を立てていた。ルイーズの働くダイナーの店長の別荘で釣りをしたりゆったり過ごす予定だったが、途中立ち寄ったクラブでテルマがナンパされ、外へ出たところであやうくレイプされかかり、それを助けるためにルイーズはテルマが護身用に持ってきた拳銃で男を殺してしまう。実はルイーズにはレイプされ泣く泣く不問にした過去があった。思わず二人はその場から逃げ去り、そのままメキシコへ逃亡することを決める。ただ、レイプされたテキサス州は絶対に通りたくないルイーズのために、遠回りルートを取ることになる。

途中、ルイーズの恋人ジミー(マイケル・マドセン)に逃走資金を用立ててもらったり、テルマが大学生だというヒッチハイカーJD(ブラッド・ピット)にご執心になったり、ハプニング、トラブルも重なり、なんだかんだ次々と罪を重ねていくことに。しかし二人の気持ちは今を謳歌するかのような晴れやかな大胆さに包まれていく。

遠回りルートを選択してるうえ、州をまたぐため関わる警察の数はどんどん増え、メキシコ入りはついに難色を示し、グランド・キャニオンに入った頃には、パトカーの台数は10台を超え、ヘリコプターまで出るほどの凶悪指名手配犯に…。

そして二人が最終的な逃亡に選んだ行き先は…。

 

ルイーズの過去を知る刑事ハル(ハーヴェイ・カルテル)が親身になるのだが、気持ちは届かない。そしてダリルに抑圧されてたテルマが解放されていくさま、思慮深いルイーズがテルマの行動でより頭をフル回転せねばならず追い詰められていくさま、二人がどんどんと気が大きくなり、やけっぱちとはまた違う、高揚感に包まれていくのがなんとも言えず苦しかった。もしかしたら人生の充実って数時間、せいぜい数日だけのものなのかもしれない。と刹那と虚無を感じた。

 

あと、やっぱり友達っていいなと思った。たぶん、私はルイーズタイプで、テルマにはイラッとくるんだろうけど、隣りに人生の一番濃い時間を、気持ちを同じくして共にする人がいるっていうのは、酩酊感によるものかもしれないけど、幸せを感じる。

 

途中から、最後はどうなるんだろうと気になり始めたが、そのラストも納得。

 

面白かった。

 

★★★★★

 

 

 

 

『北斗 ーある殺人者の回心ー(2017)WOWOW連続ドラマ全5話

原作は石田衣良の小説。

 

監督・脚本 瀧本智行(『脳男』『グラスホッパー』『去年の冬、きみと別れ』他)

音楽 稲本響(『グラスホッパー』他)

 

中山優馬、大西利空、村上淳、中村優子、宮本信子、伊藤沙莉、松尾スズキ、根岸季衣、矢島健一、和泉ちぬ、加弥乃、二階堂智、利重剛、藤田弓子、占部房子 (うらべふさこ)、嶋田久作、大和田健介、山田杏奈、飯田圭子、森レイ子、蒲田優惟人(かまたゆいと)、北島美香、崔哲浩(さいてつひろ)、魁三太郎、吉田幸矢、諏訪太朗、花ヶ前浩一(はながさきこういち)、小出奈央、岡田卓也、緒方明、杉山裕右、安藤勇雅、永倉大輔、服部竜三郎、下村彰宏、宮本剛徳、山本栄司、増田眞澄、他。

 

とても良かった。WOWOW、いいドラマ作る。(原作未読)




 

二十歳の大学生端爪北斗(中山優馬)が二人の人間を殺害して捕まった。死刑制度に反対の人権派国選弁護人の高井聡一(松尾スズキ)が弁護につく。けれど面会しても北斗は何も語らず死刑を望む。公判が始まるまでになんとか北斗の全てを知り、極刑だけは回避したい高井は、面会に通い続け少しずつ北斗の内面に触れていく。

北斗は幼い頃、父母と三人で団地暮らしだった。父親の端爪至高(村上淳)は大学進学で挫折を味わい、プライドが高いがゆえ転職を繰り返し、最終的には給料も低い詐欺まがいの仕事をしていた。そして家庭内では母親美砂子(中村優子)と北斗を暴力でねじ伏せていた。

DVは北斗が生まれてすぐに始まり、美砂子は北斗を守ることより恐怖が先に立ち、北斗を悪魔の子とののしり産んだことも悔いる暴言を投げつけた。

毎日が地獄であり、死にたいと思い続けるがそれも出来ず、愛情なんてかけらも感じたことなく、知らないまま思春期を迎えたある日、児童相談所の新任富岡一磨(二階堂智)が北斗に手を差し伸べる。同時期に父親の精神が崩壊し、北斗に額の傷と共に呪われた血を刷り込み亡くなる。これで平和になるかと思えば、今度は母親の暴力依存が始まる。やがて抑えようとしても抑えきれない暴力への衝動に北斗は富岡に助けを求める。

母親とは縁を切り、児童養護施設で暮らすようになって心身ともに落ち着き始めた頃、里親の話が持ち上がる。夫を亡くした老齢の婦人近藤綾子(宮本信子)は北斗の前に、同じく虐待にあっていた毬谷明日実(伊藤沙莉)を社会人として立派に生きていけるくらいに育てあげていた。人の温かみを知らない北斗は近藤を試しながらも、人生で初めて人を信頼する、愛することを知る。

看護師の明日実、児相の富岡と初めて楽しい誕生日を送り、大学も地元に残り近藤=おかあさんのもとを離れなかった。全てをおかあさん中心に考え、思い、もう一度命を与えられたと思っていた北斗。それくらい大好きだったおかあさんががんに倒れる。たまたま紹介された波洞水の美味しさに喜ぶおかあさんを見て、北斗は高価な生田友親(矢島健一)の波洞水に、今までおかあさんが自分のために貯めてきてくれてたお金を使い果たす。しかしその波洞水は詐欺だった。結局おかあさんは、波洞水詐欺も知ることとなり命を終える。

北斗は生田に復讐を考え始める。心配する明日実をよそに、北斗は計画を立て、生田の懐に入り込みその時をまった。が、計画は生田の詐欺疑惑の事情聴取やマスコミの騒ぎでめちゃくちゃになり、想定外で女性従業員二人(和泉ちぬ、加弥乃)を殺してしまった。

高井は、"どう思っていてもいい、だけど法廷では見たくもない聞きたくもないことが明るみになる。それを全部受け止め、その上で自分自身を曝け出すしかなくなる"、と助言をして、いよいよ公判が始まる…。

 

真正面から愛を語り、人の持つ力を見せる。涙がにじむシーンが多かった。

何をどこを焦点とするかの法廷ドラマとしても、親子関係・社会の構図や問題を見るドラマとしても、犯罪を被害者と加害者両面から考えるドラマとしても秀逸だった。とても深いヒューマンドラマだった。

 

大西利空がまだ「信」だった。この頃は本当にうまい。大きくなってからの北斗、山中優馬もとても良かった。一見神尾楓珠に似てるけど、演技がダンチ。スタエンなのね。知らなかった。

松尾スズキが真面目な役。やはりうまいな。伊藤沙莉も。村上淳に至っては何か降りてきてるようだった。

あと、根岸季衣、脇役だし出番もそうあるわけではないのに、ナチュラルで安定した素晴らしい演技と存在感だった。

 

★★★★★

 

 

 

『ロスト・チルドレン アマゾン密林を生き延びて(2024)Netflix

再現映像とアーカイブで構成したドキュメンタリー。

 

監督 オーランド・ヴォン・アインシーデルホルヘ・ドゥランラリ・ホートン

 

2023年5月1日、アマゾンアララクアラ空港から飛び立ったセスナがアマゾンの密林に墜落する。それには父マヌエル・ラノケのいるボゴタへ向かう母マグダレナ・ムクトゥイ、13歳の長女レスリー、9歳の次女ソレイニー、4歳の長男ティエン・ノリエル、まだ11ヶ月の三女クリスティンが搭乗していた。

早速コロンビア軍の精鋭部隊であるサンチェス准将率いる特殊部隊が捜索に派遣される。テロ集団や革命軍(ゲリラ)など武装集団がいる土地でもあり危険が伴うが、エンリ・ゲレロを筆頭としたアマゾンを熟知する先住民のボランティア捜索隊も入る。作戦名も希望作戦と名付けられる。

1週目は機体さえも見つからずだったが、2週目に入ると先住民の知恵で機体を発見。機長、母親を含む3人の遺体を確認。しかし子供らは見つからない。以降、子供らの生存が確認できる所持品がポツポツ見つかり始める。だが、それ以上が進まない。

祖母の声を拡声器などで流す、チラシをまくなどし、3週目でさらにジャングルで育ち森を熟知しているニコラス・オルドニェスと共にジャングルに詳しい先住民らがプラスして参加となる。先住民と軍とは過去50年にわたる内戦もあって確執がある。同じくボランティアで入ったエリエセル・ムニョスも先住民を軽んじる政府や軍が嫌いな一人だが、人命優先で参加し、ボランティア捜索隊ではエリエセルとニコラス、エンリが柱となる。

また、ジャングルはエリアによっては神聖な場所がある上、どこにでも守護者がいて守っている。魔物=ドゥエンデがいるとも。しかし母子と同じ民族ウイトトのシャーマンドン・ルビオによるとドゥエンデは精霊だと言う。特殊部隊は一神教のカトリックで、先住民の精霊信仰にはついていけないが、捜索を進めるうち不思議な体験もあり、また病に倒れる者も出て協力し合い、次第に打ち解けそれぞれの得意分野で力を発揮するようになる。

34日目にサンチェス准将は特殊部隊の撤退を決める。捜索隊は少なくなり絶望感をぬぐえずも、捜索を続けるボランティアと残りの隊員。ドン・ルビオはついに最後の手段、神の植物ヤゲによる精霊とのコンタクトをとる。するとその翌日40日目、お告げの通りガリガリに瘦せ細り傷だらけではあったものの生きている子供たちが見つかる。

 

インタビューは教師、祖母、妹、シャーマン、サンチェス准将、武装集団にスカウトされ17歳まで酷い目にあってきたニコラス・オルドニェスら主要ボランティア捜索隊員などで、先住民の野性の勘というか、自然と共生してきた経験から得られる知識の希少性が感じられた。また、父親の虐待も発覚し、子供たちの心理を考える優しさにも表面的でない本能からくる人類愛の原点を見た感じた。先住民の「家族は大切」という考え方だ。

ジャングルで過酷な40日を生き延びたのは遊牧民を祖先に持つ先住民の血が流れていたからだ、という締め。自然の偉大さ、人類の強靭さに感嘆した。

 

救助犬ウィルソンが行方不明になったまま戻らなくなるのがとても悲しかった。

映像演出としては目元しか映らない子供がジャングルでのことを絵に描いている。それが最終的にはレスリーだったというもの。なかなか。

ヤゲを飲んで幻覚瞑想の世界へジャガーとなり入り込む映像もそれっぽくて良き。

 

それにしても戦争のため武装集団に連れ去られた家族を持つ先住民が多く、北朝鮮拉致問題と同じだなぁと思った。やるせない。

「狩りをし命を捕り森を壊し我々はそれを繰り返してきた。ジャングルが怒っている」という言葉には文明とはなんぞやと考えさせられもした。何しろシャーマンによって行われたヤゲの儀式で、最初は父親が飲んだが体が受け付けず失敗。森は父親を拒んだことになったのだから。(父親はその後虐待で服役)

 

★★★★(★)

 

 

 



当時の記事


当時の記事


『それでも夜は明ける』(2013/日本公開2014)

原作は自由黒人であったソロモン・ノーサップの奴隷体験記(1853年発表)で実話。

原題は『12 Years a Slave』。米英映画。

 

監督 スティーヴ・マックイーン

脚本 ジョン・リドリー

 

1841年、ニューヨーク州で妻と子供たちと暮らす自由黒人バイオリニストのソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)は、ある日二人の男ブラウン(スクート・マクネイリー)ハミルトン(タラン・キラム)から偽のオファーを受け、騙され奴隷貿易商セオフィラス・フリーマン(ポール・ジアマッティ)に売られてしまう。その時、自由黒人である身分証も持ってなかったのでそのまま奴隷として、名前もプラットと新たにつけられ、材木商のウィリアム・フォード(ベネディクト・カンバーバッチ)、綿花農園のエドウィン・エップス(マイケル・ファスベンダー)らに買われ、理不尽な環境下、過酷な労役を課されることになる。

12年間の奴隷としての生活の中、教養があることは隠さねばならないことを学び、出会いもあれば裏切りにもあい、失敗や叛逆による全体責任の重さに苦しみながらも、なんとか家族に連絡を取る方法、身分奪還を模索する…。

 

ドラマ『ルーツ』を思い出したけど、あれは奴隷制の廃止がテーマだった。廃止されたのは1865年。1840年代は渦中にあったのだな。

 

ハラハラしながらも人間の残酷さと征服欲、情愛にうなる作品だった。

面白かったけど、画角がイマイチ。鞭打ちなど制裁を与えてるシーンでは全体像をなかなか見せない。役者の表情と体躯の演技で表現しているのが、臨場感に欠く。もしかしてコンプラ的にNGとかあるのかな。10年前の映画だけど。

小説など、文章によるシーン再現は読み手個々の想像力だけど、映像作品にそんな想像力はいらないと思う派で、映像作品は受け手の情感を動かすものと思ってるので…。

とはいえ、役者、特に黒人奴隷の機微な表情は素晴らしいものだった。監督も俳優だからかな。

というか、有色人種の方が表情つかみやすい気がするのは、自分もそうだからだろうか?

 

助けになるカナダ人大工サミュエルブラッド・ピット。わかりやすい。

 

★★★★

 

 

 

 

『ブリキの太鼓 ディレクターズカット版(1979/日本公開1981)

西ドイツとフランスの合作映画。

原作はギュンター・グラスの著書。

原題は『Die Blechtrommel』、英題は『The Tin Drum』

 

監督 フォルカー・シュレンドルフ

脚本 ジャン=クロード・カリエールフォルカー・シュレンドルフフランツ・ザイツギュンター・グラス

 

ポーランドとドイツの間にある自由都市ダンツィヒ。1899年。少数民族カシューブ人のアンナ(ティーナ・エンゲル/ベルタ・ドレーフス)はじゃがいも畑にいたところ、警官に追われていた放火犯のヨーゼフをスカートの中にかくまい助ける。その時、子を宿し、二人は結婚生活を始めるが、結局ヨーゼフは警官から逃れられずに行方不明となる。アンナは一人で娘アグネスを育てる。

やがてアグネス(アンゲラ・ヴィンクラー)は元料理人で食料雑貨店を営むドイツ人のナチス党員アルフレート・マツェラート(マリオ・アドルフ)と、ポーランド専用郵便局に勤めるアグネスのいとこヤン・ブロンスキ(ダニエル・オルブリフスキー)とほぼ同時期に関係を持ち、オスカル(ダーフィト・ベンネント)を身籠る。アグネスはアルフレートと結婚するが、ヤンとの関係は続いていた。また、アグネスは色香があるのか、横恋慕の対象になりやすい。

1924年、誕生したオスカルはすでに高度な知能を持ち、人間の歩みを冷ややかに見ていた。3歳のお祝いに「ブリキの太鼓」をくれるという話を聞き、それをもらったら成長を止めようと決意する。ただ、大人たちに成長が止まる原因を作って見せなければならない。そのためオスカルは地下室の階段をわざと踏み外し大怪我を負う。そうして体は3歳の子供のまま、精神年齢と知能だけは成長。そのうえ、オスカルはブリキの太鼓を気に入り、常に身に着け叩き、うるさいからと取り上げると奇声を発し、その奇声でガラスを割る特殊能力を持っていた。アグネスはそんなオスカルに疲弊し、また自身の情欲にも悩み、あきらかにアルフレートの子ではない二人目の妊娠を機に自死を遂げる。

時代はドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦へと突入する。ヤンもその戦争で亡くなり、独り身になったアルフレートは店も子育てもあるし、まだ少女のマリア(カタリナ・タルバッハ)を住み込みで雇い入れる。マリアはオスカルと親しくなり、オスカルの性の目覚めを促す。しかし、ある時マリアとアルフレートが行為に及んでいるのを目撃したオスカルは、邪魔をしてマリアはそのハプニングから妊娠、オスカルの弟となるクルトが生まれる。

新しい命に湧き立ってる家族や周りの者々。オスカルは以前サーカスを観に行った際に知り合ったリリパット団のブラ団長(フリッツ・ハックル)と再会し、超音波でのガラス割りを芸として一緒に前線慰問団として巡業を始める。そこでは読心術のロスビタとの恋もある。しかし愛するロスビタは戦争の犠牲になってしまう。

傷心しつつクルトの3歳の誕生日に家へ帰ってくるが、留守中に、成長しないオスカルの身は健康を損なっているとみなされ、施設送りが課されていた。でもアルフレートは大切なアグネスとの子だから承諾したくない。連れていかれたら2度と戻って来れないことも知っている。その行動が半ナチとみなされたままアルフレートは、ハプニングによってソ連兵に殺される。

その後、アルフレートを埋葬する際にクルトが投げた石がオスカルの頭にあたり怪我をし倒れる。そしてオスカルに変化が…?

 

オスカル・マツェラートの半生を描いたものなんだけど、時代性か、性が奔放。そこに焦点が置かれている感じだ。

オスカルが成長を止めた理由は生後すぐに感じた人間の愚かさなのか、いまいち判然としないのだけど、母親始め女性の性への貪欲さが強めに(でもおそらく自然なこと)描かれているので、それを忌避する意図もあったのかと想像する。でも、マリアという同年代のおしゃまな女の子が表れ、マリア自身もどうしていいかもどかしさを感じながらオスカルを挑発していく。その誘いを拒絶できないばかりか乗っていく自身に、オスカルはもしかしたら終焉を見たのかもしれない。わざわざ大人になることをやめたのに結局大人になってしまうのだから。でもその後ちゃんと恋愛もする。大人になってやっと人間の人生を歩み始めたのかもしれない。

最終的に21歳となったオスカルが倒れた際に、気のふれた男に成長が始まると言われるのだが、肉体的成長なのか、人間的成長なのか、どっちにしろオスカルにとっては絶望なんだろうなと思った。戦争も終盤、祖母のすすめでマリアとクルトと西へ向かうところで話は終わるのだが、オスカルは祖母を恋しがって泣いている。そのラスト、じゃがいも畑をバックに列車が走るのは絵画のようで、人の一生涯の充実してるようで虚しい有り様を感じた。

 

敵兵によるレイプもあれば同性愛への侮蔑もあり、ざっくり言うとオスカルを通して人間の本能を描いて見せたという感じの作品だった。

面白かった。

 

★★★★(★)

 

 

 

ジギスムント・マルクス(シャルル・アズナヴール)

 

 


 

 

私には「ブリキの太鼓」というとJAPANの最後のアルバム「錻力の太鼓」(原題「Tin Drum」1981年リリース)という認識。それが小説にインスパイアされたという話は以降知った。だもんで、「ブリキの太鼓」の映画タイトルは流れで知ったけど観たことはなかったし、原作が小説であるなど知るよしもなく。

JAPANは、デビュー当時のグラムロックを基調とした楽曲とデヴィッド・シルヴィアンの艶めかしいボーカル、外見に魅了されファンになった。でもすぐにテクノのブームがきてYMO(特に坂本龍一)の影響を受け、音楽スタイルが変化して「錻力の太鼓」が出された頃には興味が薄れていたし(音楽シーンでは評価が上がったらしいが)、82年に解散した。

というふうに、「ブリキの太鼓」というと、映画よりJAPANなのだった。

 

 

『WEEKEND』(2011)

イギリス映画。

監督・脚本・編集 アンドリュー・ヘイ

 

里親に育てられたゲイのラッセル(トム・カレン)だが、友達には恵まれている。その日も里親宅でのホームパーティー。その帰宅途中、ゲイの集まるクラブにふらりと寄る。なんとなく、相手が欲しかったのか。

そこで一夜を共にしたグレン(クリス・ニュー)はアーティスト志望だった。週明けにアメリカに渡り本格的に学び活動する予定でいる。その前にやはり誰かと肌を合わせたかったのかもしれない。

そんな最初は軽い思いときっかけから知り合った二人だが、翌日も会いたいと求めるほどに想いがつのる。

週末の2日間だけの二人を、ゲイであるがゆえのひずみを持った意識を会話で描く。

 

アメリカとイギリスでは社会の仕組み的にまた違うだろうし、それが言葉の違う日本ならなお理解できないかもしれないし、ノンケならよりいっそう???であろう会話の内容だった。実際、翻訳下手くそかと思うほど、要点を得ない会話内容だった。

ただ、同性愛者には、異性愛者にはおよそ想像もつかない苦しみがあるのだろうことは見て取れた。

あと、恋に落ちるのに時間は関係なく、恋人はいらないと言っていても、出会ってしまったら想いは止められない、ということも見て取れる。

 

ドキュメンタリータッチの会話劇。

 

★★★

 

 

あとやはり、同性愛者には性愛が主軸になっていそうな気がしてならない。特にこの映画ではドラッグと酒の力も入る。

でもまぁ、誰しも自分の体に愛おしさは持っていようから、同性への愛であれば、当然といえば当然か。