『怪物』(2023)
監督 是枝裕和(『万引き家族』『ベイビー・ブローカー』他)
脚本 坂本裕二(『花束みたいな恋をした』『クレイジー・クルーズ』、『初恋の悪魔』『大豆田とわ子と三人の元夫』『anone』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』『モザイクジャパン』『Woman』他)
音楽 坂本龍一
安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、黒田大輔、森岡龍、北浦愛、野呂佳代、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子、片山萌美、松浦慎一郎、大田路、ゆってぃ、ぺえ、他。
小学校5年生の息子麦野湊(黒川想矢)を持つシングルマザーの麦野早織(安藤サクラ)はある日、湊の様子がおかしいことに気づき、湊の口から担任の保利道敏(永山瑛太)にハラスメントを受けていることを聞く。父親が亡くなってから必死で何不自由感ぜぬよう育ててきた早織は、学校へ乗り込む。しかし校長の伏見真木子(田中裕子)は孫を亡くしたばかりで心ここにあらずなうえ、学年主任の品川友行(黒田大輔)も2年の時担任だった神崎信次(森岡龍)も伏見校長の顔色をうかがいつつ、ことなかれを崩さない。当の保利は自分に非がないとばかり態度が悪い。学校との話し合いは思うように進まない。
保利は少し不器用で偏執的ではあるが結婚を視野においた彼女鈴村広奈(高畑充希)がいるし、けっこう生徒思いで親しみやすさもある。クラスの様子を見聞きするに、保利には湊が星川依里(柊木陽太)をいじめていると判断、早織の話が受け入れられるわけがなかった。問題を大きくしたくない、学校を守りたい伏見校長や他教師の行動、早織の執拗な抗議にどんどん追い詰められていく。
依里はクラスの中心的男子蒲田大翔(小林空叶=こばやしはると)、浜口悠生(金光泰市=かねみつたいち)、広橋岳(柳下晃河=やぎしたこうが)にいじめのような扱いを受けている。意気地のない湊は依里が気になってもみんなの前では助けてあげられない。けれど、当の依里はなんてことなく受け流す。自分の頭は豚の脳なんだと父親星川清高(中村獅童)に言われたことを湊に話す。依里は虐待を受けていた。やがて二人の間に交流が始まり、秘密の居場所も出来る。
話はガールズバーの入ったビル火災から始まり、音楽室から流れる管楽器の音を経て台風の日まで、早織、保利、湊の3視点から描かれ、徐々に真実が見え始める。
なぜ湊は保利の名を出して悪いように言ったのか、なぜ校長は頑なに学校を守ろうとしているのか、なぜ依里が虐待されているのか。
早織の湊を思う気持ち、保利の正義感と追い詰められていくさま、清高の葛藤、多感な湊、およそ悪意などと一括りにできない子供らしいクラスメイトたち。依里が女子と仲がいいだけに、蒲田たちの行動はからかいの範疇でしかないように思えた。
謎解きにもなるし、過程が面白いのでネタバレは避けたいけど、以下、感想の中にはネタバレになるのも入っているかもしれない。ただ、私はそう読み解いたということで。
一時期問題になったLGBTの本、「トランスジェンダーになりたい少女たち」を思い浮かべた。もちろんトランスジェンダーの映画ではないけれど、子供の悩みは世間一般の常識から生まれるのがわかる。それは自己嫌悪につながり、生きることの壁になる。そういう点で共通する。
冒頭のビル火災では事件か事故か、次にいじめの問題か、虐待がテーマか、とか、そのタイトル『怪物』に翻弄される。でも『怪物』は依里と湊のゲーム「かいぶつだーれだ」という遊びのひとつだった。『怪物』なとどこにもいなかったし誰でもなかった。すべて普通に起こり得る「あや」でしかない。敢えて言うなら、映画を見ている自分の中に、よこしまな『怪物』がいるのかもしれない。
ラストシーンは全てを飲み込んだ光ある未来に続くような、それでいて今この時だけの楽しさだけでしかないような、なんとも切ない締めだった。
人は主観で物事をとらえる。その上で、客観性を持たせるということはどういうことなのかを見せられているようだった。深いようで浅い、難しいようで簡単、でも軽くなく重い話だった。核が子供の心だけに。
ビル火災は放火だろうとされている。それが何者によるものなのか明かされてはいないけど、匂わせはある。でも、頭に浮かんだ人物ではないと思う。たぶん違う。罪は伏見校長が背負っていくものだけで充分だ。
この作品の中で一番リアリストで冷酷に見えたのが鈴村広奈だった。でも、広奈にもきっと理由がある。
とにかく脚本が緻密で(さすが坂本裕二)、うっかり逃してしまう何気ない言葉も回収されていく。面白かった。
★★★★★
制作 AOI Pro.
配給 東宝、ギャガ