東京ヴァンパイアホテル(そこそこネタバレ) | これ観た

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基本アマプラ、ネトフリから観た映画やドラマの感想。9割邦画。作品より役者寄り。なるべくネタバレ避。演者名は認識できる人のみ、制作側名は気になる時のみ記載。★は5段階評価。たまに書籍音楽役者舞台についても。

『東京ヴァンパイアホテル』(2017)

Amazon primeで制作配信されたドラマ版(全10話)と、その特別編集という形の映画版がある。

 

総監督 園子温

監督脚本 園子温、他。

映画版は監督脚本ともに園子温

 

夏帆、満島真之介、冨手麻妙、神楽坂恵、斎藤工、中川翔子、筒井真理子、安達祐実、森七菜、渋川清彦、韓英恵、他。

 

ネオヴァンパイア=コルビン族はドラキュラ族とは敵対する吸血鬼で、遠い過去コルビン族にドラキュラ族は制圧された。

しかし1999年、地球と惑星が十字に並ぶグランドクロスが起こる日の9時9分9秒に生まれた子がドラキュラを救うと予言の書にあり、その時生まれた子が日本に3人いた。

300年以上も地下に潜らざるを得なかったドラキュラ族の残党はその3人の子の成長を見守り、その血が熟成する22年後を待っていた。

残念ながら3人のうちの2人は亡くなり、22歳の誕生日を迎えられるのはマナミという女性1人になっていた。

そしていよいよ22年後の2021年、核爆弾による人類滅亡がささやかれ、その日時までとマナミの誕生日時までとが同じ2時間後にひかえたところから始まる、その日の物語。

 

ドラキュラ族は復活と未来永劫を、コルビン族は拠点としているホテルレクイエムの存続とコルビン族の姫の若返りを目的に、マナミの血をめぐったドラキュラvsコルビンの戦いが始まる。

しかし、実質この戦いにはドラキュラ族は代表としてKしかいない。

コルビン族は当座確実に血液を得るために、スペシャルカップリングパーティーと銘打った男女の出会いの宴をホテルレクイエムで催す。参加するだけで男性は10万、女性は15万もらえ、めでたくカップル成立すると100万円がもらえるので簡単に人間が集まる。しかし、外は核爆発による世界の終焉が起こるとされ、カップルはこの先ずっとシェルターを兼ねるホテルに住み、その生涯を保証する代償として子供をたくさん作り、血液の提供を義務づけられる。従わなかったり、カップル不成立の場合はホテルを形成する女帝に操られその血肉となることが判明し、それに反発する人間が徒党を組みKと共にコルビン族と戦うようになる。

 

映画版は人間が勝利で終わる。が、ドラマ版の方は女帝に代わってKがホテルの血肉となった、その15年後が描かれている。

15年前の戦いの時、騒動に紛れ多くの男に強姦された女にただ1人子供が生まれ、アカリと名付けられた。吸血鬼(コルビン)と人間はホテルから外へ出ることもなく平和的に共生していた。

唯一ホテルで生まれたアカリ。次のホテルの血肉になるのはアカリだが、それをアカリは知らない。マナミも記憶を失ってまだ生きていた。実は核爆弾など落とされてなくて、世界は続いていた。アカリは途中で厨房係に入ってきた男・コーディに外の世界を教えてもらい、コーディも吸血鬼なのだが耐性ができていて、最終的にはコーディとアカリ、棺桶に入ったKとで朽ちたホテルをあとにして外の世界で生きていく。


エンドロール後マナミはOLとなって山田と呼ばれていた。山田というのは、コルビン族の中心的人物だった男の名前。なぜよ。というかマナミは人間に返れたのか?ホテルの扉を開けて光を入れた時、人間設定だった者たちも吸血鬼らと一緒に灰になったんだが…なぜよ。何か見落としがあったかもしれない…その上での評価↓笑。

 

★★★

 

 

映画版の方がまとまりよく、一応完結されてるので、見るなら映画版。でも映像はバキバキに血しぶきが上がり、お決まりのエロティックなシーン満載、女性の象徴てあるおっぱいの強調、特殊メイク技術が素晴らしくてグロ度も高い。いったい何を見せたかったのか言いたかったのかわからなかったんだけど、絵的に美しいシーンもあるので、映像を見せたかったのかなと思う。映像の中から読み取ってって言われてる感じ。

まあ、世界崩壊、強欲な人間、生への執着、心の乖離、そしてやはり男女の性差、その辺を見て知れ、って感じなのかな。

 

満島真之介が派手さが似合っていい味出してる。安達祐実もいい。さすが子役出身。斎藤工がワンシーンだけどものすごい爪痕残した。素晴らしい演技。そこだけ繰り返し見たいくらい。森七菜もかわいいしうまい。芦田愛菜とかぶる。音楽も良かった。テーマ曲は、MIYAVI 「Bumps In The Night」、tricot 「TOKYO VAMPIRE HOTEL」。

 

 

監督オリジナル作品の何がいいかって、その人の世界観が出るところ。原作付きではせいぜいその人の嗜好の傾向しかわからない。作品というのはその人自身を写し出すものだと思ってるので、オリジナルの方が面白い。出来はまた別の話で。