『兎、波を走る』レビュー(後半) | ことのは徒然

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『兎、波を走る』レビュー(前半)からの続きです。

 

  ストーリー

『兎、波を走る』というタイトルを聞いたとき、ああ、次は不思議の国のアリスなんだな、ってすぐ想像ついたけど、実際は、アリスは、なんというか、物語の外枠って感じ?

 

ざっくりいうと、アリスの世界を大枠にして、チェーホフの『桜の園』とピーター・パンを散りばめつつ、テーマのメインは脱北スパイの安明進の話で、そこに現代の仮想現実(メタバースとか)の問題を重ねているというイメージ。

で、野田秀樹のいつものパターンなんだけど、メインテーマは後半にならないと出てこない。「平熱38度の一線」というワードは早いうちから出てきていたから、北朝鮮の問題が後半フィーチャーされるかもなぁ、って予想はできたんだけど、高橋一生扮する兎が、脱北スパイとは気づかなかった。あとで役名を見たら「脱兎」ってなってた。ああ、なるほど、と後から合点がいきました。

 

前半は、現実世界のおとぎの国(=遊園地)と、妄想の世界(=後に仮想現実と重なっていく)を行き来しながら、仮想現実と現実の問題が前面に押し出される感じで進んでいくんだけど、その仮想現実と現実の間の「一線」と重なり合うように、南北朝鮮を分断する「38度線」がフィーチャーされてきて、最後は、完全に安明進と拉致被害者の話になるっていう流れ。

 

毎度のことながら、言葉の情報が多すぎて、話についていけないんだけど、全体の半分くらいしかわかってないはずなのに、なぜか場面場面で涙がこみあげてきちゃって。なにこれ?って自分でもびっくり。これってもう演出力の為せる業だよね。明確な意図をもって、まるで言葉を語るように積み上げられていく演出。そこに散りばめられる言葉のイメージ。そのコンビネーションによって、理解はできてないのに、肌で納得させられちゃう感じ。

 

ラストシーンがとにかく切なかった。

アリスママが、探し続けていた娘にやっと会えてね。ひしと抱き合ったと思った瞬間。アリスだけが消えて、アリスママが、何もない空間を抱きしめてるの。

ずっと「いない」と思って探し続けてきた娘に、やっと「会えた」と思ったのに、それすら妄想だったという切なさ。

これはもう涙が……。

 

 

  演出

もうおもちゃ箱のように、次から次から、印象深い演出が繰り出され続けて終わった感じなので、いちいち挙げてたら書き終わらないレベル。

 

まずは、やっぱりですかね。波を表す白もいいけど、私は、やっぱり、国境の38度線の鉄条網を表す何本もの赤い縄のシーン。

高橋一生扮する兎が、脱北のために「平熱38度の一線」を越えようとするんだけど、何本もの赤い縄に阻まれて先に進めない。白い兎に絡みつくような何本もの赤い線が、黒い背景に映えて、とにかく美しかった。

 

あと、を使って、アリスが大きくなったり小さくなったりする仕掛けもおもしろかった。

小林幸子や水森かおりの紅白の衣装を思い出していただけると、近いイメージかな、と思いますニヤリ

 

まず多部ちゃんのアリスが、薬を飲んで、大きくなったり小さくなったりして、そのあと、しばらくして、多部アリスを追ってきたママアリスが全く同じ演出で大きくなるの。薬を飲むと、酔っ払っちゃうんだけど、その酔い方も、未成年っぽい多部アリスと、大人の女的ママアリスが全然違っていて、やっぱり役者さんはすごいな、って思いましたね。対比がすごく興味深かった。

 

個人的に好きだったのが、チシャ猫ならぬチュチェ猫

不勉強で「チュチェ」って知らなかったんですが、調べたら、北朝鮮の政治的思想を「チュチェ思想」と言うそうです。

神出鬼没でアリスを混乱に陥れる異能者のチシャ猫と、北朝鮮の独裁体制を正当化して国を混乱に導くチュチェ思想。

この絶妙なコンビネーションは、もう神の域なのでは?

 

で、このチュチェ猫。

2mはあろうかという、カラフルでどデカい口と、直径30cm?くらいのボール状の目玉だけでできてる。口と目だけ現れるとか、まさにアリスのチシャ猫そのもの!

2人の役者さんが、そのどデカい唇の両端を持って登場。それぞれ目玉も1つずつ持っていて、猫が喋っているときに、セリフに合わせてなんかいい感じに動かしてる。唇の真ん中には大倉孝二さんが立ってて、猫のでかい口を開け閉めして話している感じを出してる。話しながら、目がぐわーん、ぐわーんって動く感じとか、唇がぱくぱくする感じとか、本当にチシャ猫そのもの! これは、もう1回見たい!

 

感動的だったのは、

アリスの拉致シーン

「新世界」の音楽が流れるだけで、セリフがまったくないのに、アリスが友達と下校中に笑顔で「また明日~」って言って別れてから、薬をかがされて気を失い、袋に入れられて、小船で沖に運ばれて、そこから大きな船に積み込まれていくところまで、まるでナレーターがナレーションしているんじゃないか?って思うくらい、見事に説明的なシーンだった。だから、その長い無言の時間の後、意識の戻ったアリスが、袋から顔だけ出して「お母さん」て言ったときの、その言葉のインパクトったらなかった。しかも、何度も何度も呼び続けるの。10回くらい言ったかな。これはすごいよ。「お母さん」を10回だよ。すごく難しい演技だと思う。でも、その10回がとにかく必然性をもって伝わってきて、聞いているだけで胸が締め付けられました。これは、演出と演技の真骨頂ですね。

 

あと、これぞ野田秀樹って思ったのが、

前口上と結びの口上

前口上はこんな感じ。

 

不条理の果てにある海峡を、兎が走って渡った。その夜は満月。大きな船の舳先が、波を蹴散らしては、あまた白い兎に変わった。アリスのふる里から逃げていく船は、代わりに兎をふる里に向かって走らせた。僕はその兎の一羽。不条理の果てからアリスのふる里へ、とりかえしのつかない渚の懐中時計をお返しにあがりました

で、これと同じ口上が最後に繰り返されるのよ。

ただし、最後の部分は、

 

とりかえしのつかない渚の懐中時計を……とうとう……お返しすることが……叶いませんでした

ってなってる。

 

冒頭で聞いたときはもう、何言ってんのかさっぱりわからないんだよね。アリスの物語としてしか受け止められないから。でも、最後に聞くと全部腑に落ちるわけ。

 

アリスは拉致被害者で、兎は北の工作員。

北の国から、何人もの工作員が白い波に乗って日本にやってくる。拉致した日本人を乗せて逃げ帰る船は、代わりに多くの工作員を日本に運んでくる。主人公はその工作員の1人。でも脱北して、北の国から被害者を帰国させようとがんばったんだけど、巻き戻すことのできない時の流れの中で、結局、帰国させることはできなかった、と。

 

いやもう、これ、すごくないですか?

入り口の「アリスの物語」と、本テーマの「拉致問題」が最後の最後でぴったり重なる感じ。

たまりません。

こういうところ、本当にブレないですよね。

野田ワールド。

 

 

  役者

役者さんについては、

高橋一生が、すごくよかった。びっくりするくらい馴染んでた。

前作のフェイクスピアは、「けっこうやるな。頑張ってるな」って印象で、ところどころぎこちなさを感じたりもしたんだけど、今回のはもう違和感ないっていうか、舞台上で生きてた。コミカルなものより、シリアスなもののほうが得意なのかな。それとも、2度目で野田芝居に慣れてきてるのかな。とにかく、よかった。また出てほしい。

 

松たか子は、キャラにピッタリ。突然姿を消した自分の娘アリスを探して仮想空間と現実とを走り回るんだけど、あの独特な話し方が、妄想と現実を境目なく行き来する感じにピッタリ。微妙に浮世離れしている感じがハマっていて、もうこの役はこの人しか無理じゃん?って思っちゃった。松たか子は個人的にもなぜか気になる女優さん。新感線の『メタルマクベス』も良かったし、あと『カルテット』もよかった。あれ、え、待って。カルテットは高橋一生と一緒じゃん! そうか。なんか、うれしいな。

まあ、何より、松たか子はスタ・レビのガチファンっていうのもある。スタレビファンに悪い人いないから。もう無条件で尊い。

 

多部未華子は、主役3人の中では、ちょっと出番が少ない役柄で、あまり印象強くはないな、なんて思って見てたんですが、クライマックスの拉致シーン。あの「お母さん」×10回の演技はもう鳥肌ものでした。声がきれいで通るから、余計に印象深かった。あれができればほかは何もいらないっていうレベル。役者さんとしての地盤を固めてますね、って思いました。テレビドラマとか見てると演技派っていう感じはしなかったけど、味わいのある人だなと思っていたので、こうして舞台で実力をつけた今後が楽しみです。実はこの方、随分昔に、とある教科書の朗読CDで朗読されてまして、別に私が立ち会ったわけじゃないんですが、その周辺の制作物に私も関わらせてもらってたっていうのがあって、以後、ちょっと親近感持ってます(笑)

 

それから、もう1人どうしても挙げておきたいのは大倉孝二。よかったです。重いテーマとシリアスなシーンが多い中、彼が出てくるだけでちょっとゆるむ。

ふっと空気を変えられるの、すごいなぁって。今回一緒にお笑い担当していたのが野田秀樹なんだけど、野田さんは、なんというか、強烈なエネルギーで笑わせる感じ? でも大倉さんはなんだろう、ふっとゆるむ。和みます。しかも、シリアスなテーマを壊しすぎないような、本当にいい塩梅だった。情けなくなりすぎてないのもよかった。

 

もちろん、野田さんがちゃんと出てるのも、めっちゃ安心感。

やっぱりね、あの甲高い声がないと、野田ワールドは締まりませんよね~ラブラブラブ

 

ということで、

書ききれなかったことは山ほどありますが、

ひとまず、

今回は純粋に、大満足のNODA・MAP 第26回公演『兎、波を走る』のレビューを前後半シリーズでお届けしました。

 

実は、今回のお芝居を見ていて、

野田演劇と昨今の思考力問題の共通点を感じたのですが、

これはまた、次回改めて書きたいと思います。