ミツオの奇怪な行動を分析する為に、ドーパミンについて考え補足として調べたものをメモしておく。
ラットの脳に電極を刺し電気を流す「快楽電極実験」から見つかった、報酬系の快楽物質ドーパミン。
これは要するに、
動物は空腹だから食べるのではなく、快楽を満たす為に食事をしている。
と言う話。
「だから快楽が上回る行動原理が生まれると、食事よりもそれを優先した結果その動物は餓死する」と言うことが起こり得る。
次にシュルツの猿やパブロフの犬などの「報酬予測実験」によると、
「ドーパミンは快楽そのものより、快楽への❝期待❞に反応する」
と言うことも明らかにされた。
これは「期待した報酬が得られたときの報酬の大きさ、その期待と現実の差」により快楽や喪失感が生み出されると言う構造だ。
これを「報酬予測誤差」と言い、結果損失の方が大きいのにパチスロをやめられない。
それどころか破産状態になるほどに金をつぎ込んでしまう依存状態を生む原理だ。
私の夫が「若い頃からパチスロで大半の価値観を築いてきた」と言う事実を、この辺りの話により理解することができた。
この10年思い起こしてみると、そう言えば夫は何も知らなかった。
冠婚葬祭の知識も道徳も公共マナーも礼儀も思いやりも愛情も相互扶助の精神も教養も何もない。
これによりパチスロ屋では多くの知識や心の豊かさが身につかないことがよく分かる。
私も博打をしたことがないとは言わないし、普段やらないにしてもガチャって言うシステムも好きな方だから、報酬予測で得られる快楽の魅力を全く理解しないわけではないんだけど。
依存するほどハマりこんでしまうことが、「最後にはお金がなくなるだけのゲーム」って言う恐怖の現実を私は受け入れることはできない。
そこまで快楽に溺れることができない。
私が問題に感じることは、
報酬を得る為の作業にも、快楽が生じる
と言うことだ。
そもそも人間を繁栄させる為に「飯を食え。努力しろ」と促すドーパミンが生まれたと言う論理だから、動物の行動がドーパミンだけに支配させないよう、食べれば満腹になると言うアンサーがちゃんと用意されているし、努力の過程でも喜びを得られるようにしてくれている。
だけど薬物や博打のような自然界にないものに抗う進化なんてそうそう起こるとも思えないし、それが人間性や生活スタイルに影響を及ぼすと言うことを、ひしひしと感じる。
パチ屋に行って、お尻や腰が痛くなるほど座り続けて一日スロットを打ち続けた結果、所持金の全てが失われる。
常識的に考えたらこんなに無意味な行動は無いはずなんだけど、パチンカスにとってはこうした日々が、失った金額の全てが、いつか報酬を得るタイミングにおいて更なる快楽を生み出す源泉となる。
こうしたミツオの人となりをあらかじめ知っていたら結婚はしていないと思う。
ただミツオは生来の卑怯者だから自分自身についていつも多くを語らなかった。