ご機嫌研究堂 -13ページ目

ご機嫌研究堂

幸せを求めて

地球は凄い星だ!

例え嫌なことがあって、地団駄を踏み、蹴りを入れても、優しく受け止めてくれる。

昼と夜がちょうど良いサイクルで、廻るようになっている。

生きられるように、酸素や植物、食べ物を育ててくれる。

地球にお金を払っているわけでもない。

むしろ、地球の体内で核実験や、自然破壊など、ロクデモない事ばかりやっている。

何をしても、受け止めてくれている。

我々は、地球に生まれた時点で、無償の愛を受け取っているのだろう。

貰ったら、何かお返ししたくなるのが、人情というもの。

死ぬまでに、凄く楽しい星にしたい。

そのために、何が出来るのだろう?
弱音吐いたっていいじゃない

人間だもの 

みつはる

相田みつをさん風で始めたけれども、皆さん、弱音吐いてますか?


個人的な意見を書いてしまうと、安心して弱音を吐ける場所は、

結局、自分ではないかと思っている

弱音を吐いている自分も、愛せるのなら、これ以上の楽園は無いのではないかと思う

例えば、小学生のとき、波動拳やかめはめ波、竜巻旋風脚が撃てなくて

俺には才能が無いのか?と弱音を吐いた。

中学の時、彼女が出来なくて、一生もてないまま人生終わるのか?と弱音を吐いた。

高校の時は、パンチングマシーンが200キロを超えなくて、

なんて貧弱なんだ、うじ虫以下だ!と弱音を吐いた

ハートマン軍曹がいたら、「貴様はうじ虫ですらない、糞虫だ!」と言われていたであろう。

冗談みたいに書いたけど、今でも、”あ~死にたい”と言ってしまうときもある。

昔は、弱音を吐く自分に失望し、

うじ虫

糞虫

ミジンコ

ミジンコ以下のサムシング

etc...

となっていた。

何故なら、男なら弱音を吐くなと、言われてきたから。

弱音を吐く男は、ダッサ~イと刷り込まれてきたから。

それが変わったのは、弱音を吐く自分も、抱きしめる事が出来たから。

弱音吐いても、良いじゃん!と心から思えたとき、少し幸せになれる事に気付けたから。

世界中が皆、自分の弱音も、人の弱音も、優しく抱きしめてあげられたなら、

きっと素敵な世界になると思う。
今日、愛犬が死んだ。

身近な命の終わりには、いつだって考えさせられる。

17歳と9ヶ月、寝たきりになって2年位だった。

後悔しているのは、愛犬との時間を、しっかりと味わっていなかった事だ。

もっと、撫でたときの感触や体温を、味わっておけばよかった。

もっと鳴き声や、息遣いを、耳で聴いておけばよかった。

そして、歩けるうちに散歩にもっと連れて行ってやればよかったと思う。

命には終わりがある。

自分に嘘をついて一生を終えるのか?

自分の魂に従うのか?

どっちを選んでも、生きられる時間は同じだ。

これからは自分の魂に従い、嘘をつくのを止めようと思う。

目で見て、耳で聴き、肌で風を感じる、裸の世界を満喫していこう。

17年以上、辛い時も、嬉しい時も、一緒に居た。

愛犬とすごした時間は、言葉では言い表せない位のギフトをもたらしてくれた。

ゆっくりお休み、今までありがとう。

彼の命に、無償の愛と祝福を!