16日午前10時13分ごろ、新潟県上中越沖を震源とする強い地震があり、新潟県柏崎市、長岡市、刈羽村、長野県飯綱町で震度6強、新潟県上越市、小千谷市、出雲崎町で震度6弱を観測した。病院に搬送された8人が死亡したほか、負傷者は900人を超えた。政府は官邸に対策室を設置、警察庁も災害警備本部を置いた。気象庁
は「平成19年新潟県中越沖地震
」と命名。震度6強の地震は今年3月の能登半島地震以来。中越地方は3年前の新潟県中越地震
に続く被災となった。
気象庁
によると、震源地は新潟の南西約60キロ、震源の深さは約17キロ。地震の規模はマグニチュード(M)6.8と推定される。柏崎市で最大20センチの津波を記録。同庁によるとプレート(岩板)の浅いところで断層がずれて起きた地震で、能登半島地震や平成16年10月の中越地震と同じタイプという。
地震と聞いて、僕ら関西人はあの悪夢が脳裏を過ぎる。
平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、6,434名もの尊い犠牲と多大な被害をもたらした。
あの時僕は、大阪に居た。
神戸の悲惨な状況をTVで観ながら、まったく自分の世界とは切り離してしまったかのような感じ。
今、その事を思い出すたび、非人間的な行いをしていたのかも・・・という思いにとらわれる。
あの時、僕は仕事を日常的にこなしていただけであった。
仕事をしなければ飯は食えない。
根本的な生活の為だけに仕事をこなしていた。
だが、
心ある人は皆、あの被災地へと赴いたに違いない。
【ボランティア】
そう呼ばれる勇者が、悲惨な地獄に一条の光明をもたらしたかも知れない。
もし・・・・・・
今、自分の近くで、あの時のような地震が発生した場合、どれだけ・・・・・・生きようとする事が出来るだろうか?
僕は都会に慣れ過ぎてしまっている。
暑ければクーラーをつけるし、喉がかわけば冷蔵庫を開ける。
暑くて身体中がべとべとならシャワーも浴びる。
たった今、新潟の被災地に居られる方々は避難所で、蒸し暑く、寝苦しい夜を過ごされているのだろうか?
一瞬にして自分が過ごした家がなくなる。
一体どのような気持ちでおられるのだろうか?
明けない夜はない。
けれど、その明けた朝には限りない絶望と希望が広がっている。
物質的、精神的な絶望と、生きていたという希望。
推し量ることは出来ない。
ただ今は、少しでも早い復旧、避難所の方々が最重要視する 【電気・ガス・水道】 の供給が出来るよう努めて欲しい。
政府の皆さん、御願いします!
TVで訪問などのポーズだけでなく(勿論、そういった事も必要なんだろうけど)、実質的なサポートが出来るように努めて下さい。
心より、御願いします。