映画「少年と自転車」 | もりの日記

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昨日。
昨日です。昨日

午後に映画「少年と自転車」を見ました。
ベルギー・フランス・イタリアの合作。

ホーム(少年養護施設?)で暮らす少年のシリルは、父親が黙って引っ越してしまったことを受け入れられず、ホームを抜け出して家に様子を見に行く。家はもぬけの殻で、大切にしていた自転車も行方知れずに。しかしその時偶然に居合わせた女性サマンサが自転車を探し出して届けてくれる。
これをきっかけに、週末だけサマンサの家で過ごすことになるシリル。
シリルは父親探しを続け、ついに対面することになる。

これは、日本の育児放棄の話が元でできたそうです。

※この先も単なる感想ですが、ストーリー展開に絡んでくるので、これからこの映画を見るという方はご注意ください。

シリルの言葉数の少ない感じや表情の乏しさに親に捨てられた子供の姿と、そして逆に自転車を届けてもらったときに曲乗りをして見せる子どもっぽい姿のバランスがなんともリアルに感じました。

サマンサも、「親に捨てられたかわいそうな子どもを救う」といった使命感や母性愛まるだしな感じはなく、なりゆき、ちょっとした親切心からシリルと関わっていくのだけど(シリルに「なぜ里親になると決めたの?」と聞かれ、「わからない」と答えるシーンがある)、これがまたこうやって自然に受け入れていく感じもあるんだなと。

サマンサとシリルが打ち解ける瞬間は描かれていなくて、車の中で水を渡すシーンでそれが分かるんだけど。こういう見せ方も好きだなー。

大仰な演出やBGMがなく、落ち着いて見られる映画でした。
シリルもサマンサも、ヒステリックにわめく、みたいな感情表現がないんだよね。こういう場面が苦手なので。
なんだろう?シリルが思い通りにならなくても、サマンサは言って聞かせる感じなんだよね。日本(もしかしてアジア圏?)は親が上で子供が下(もしくは所有物?)って感じに扱うイメージがあるんだけど、アメリカやヨーロッパの映画・ドラマを見ると対ひとりの人間として扱ってる感じがする。文化の違いかな?

そういえば途中で、シリルが街の不良少年ウェスと仲良くなるんだけど。
これが、シリルの自転車をウェスの仲間が盗む→シリルは追いかけて、盗んだ少年に殴り掛かる→ウェス「おまえ、なかなかやるじゃないか」
この展開、これはかなりお約束な展開でニヤッてしちゃいました。ウェスがシリルに家にゲーム(プレステ)があるからと誘って仲良くなったり、途中でサマンサから電話がかかってくるのを出ないように言ったり。ここらへんって、子どもが親から離れて、同世代の仲間から受け入れられるためにある通過儀礼的な。

それにしても涙腺たびたびやられますた
そういう気分の時にみるのがおすすめ
シリルとサマンサがふたりで自転車で走るシーンとかねー。もう

最後の方の、シリルがひとりでバーベキューをするための炭を買いに行く場面。あれはさすがにフラグだって思ったわ


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