《続・こんなん出ました》~残念ながら、ケイタイからは見れない様です。

うっ!!
確かによくブログで使ってら~~「♪」

確かに、いつも何かを狙っている気はする・・・・・・・・・。

戦国武将カフェはわかる・・・・・・・
でも、託児所は必要ない。

うおっ!!
高い!!
悪知恵に1563万円か~~~~。
なるほど。
今の俺には悪知恵が足らないから年収234万円のままなのね。
名前が俺を選ぶのか、俺が名前を選んでいるのか?
ブログのハンドルネームとは言え・・・・・・
かなりの部分が当たっている気がする。
(爆)
酩酊ホテルマンMK、セクハラホテルマンMK。
『きゃっ!!』
セーラー服の女は黄色い悲鳴を上げた。
濃紺のミニスカートがふわっと浮き上がる。
約30年ぶりのスカートめくり。
小学生の頃、スケベショッカーズなる秘密組織の副隊長をやっていた。
なんて事はない、小学生の男子にありがちな・・・
女子に対して主に『スカートめくり』を核とした嫌がらせを遂行してゆくという、
なんとも下らない幼稚なごっこ遊び。(笑)
いえいえ、僕は何も悪くないのです。
すべてはスケベショッカーズの隊長、池本(本名)と言うヤツがかなりの悪ガキで・・・・・
気の弱い僕は泣く泣く言いなりになっていただけ。(爆)
さて、冒頭のセーラー服の女はうちの新卒プランナー。
先日行われた全社員パーティの中の、恒例になった新入社員による余興後のひとコマです。
なぜスカートめくりをしてしまったかと言えば・・・・・・
『目の前にセーラー服があったから!!』としか言いようがありません。
『目が点になりましたよ!!』
とはスカートをめくられた新人プランナーちゃんの翌日の感想。
『ワタシはマネージャーに抱きつかれました!!』
新たな被害者が判明。
『え~~!?それって完全なセクハラやんけ!!』
『お前ら、顧問弁護士呼べや~~~♪』
ホテルマンMK、ここで痛恨の開き直り。
それでも、なんだか楽しそうなのは・・・・・
男のエゴか、都合のいい気のせいなのか?
ホテルマンMK、目指すは・・・・・
いやらしくない、愛されるセクハラおバカ上司です。
(爆)
あるコック、ある板前。
若いコックがひとり会社を辞める。
なんで辞めるのかを聞いてみると・・・・・
『僕、もともとソムリエになりたいんです』
『でもその前に料理を学びたかったので・・・・・』
『食材のカットは一通り覚えましたし、ソースのレシピも盗みましたしね♪』
こんなヤツは伸びる。
強い。
一方で僕がデビューしたホテルで出会った和食の調理師さん。
以来三度に渡り、同じホテル・式場で一緒になった。
その度に彼は鍋を洗わされていた。
所謂、和食の中の下働きのポジション。
僕の見たところ彼のポジションはこの15年、変わっていない。
多分、僕の二、三年上だから・・・・・42、3歳。
次の舞台へと羽ばたこうとしている若きコックと羽ばたけないでいる板前。
この二人の違いは何処にあるのだろう?
『相棒』~ある司会者さんとの事~『再会』
『相棒』の水谷豊がそのパートナー(相棒)を時折変える様に・・・・・・
その時代その時代で、
僕にとっても信頼出来る司会者さん・・・『相棒』が存在しました。
駆け出しの頃はベテラン司会者のSさん。
当時、40代中後半くらいだったかな。
披露宴のイロハを彼女から教えて貰ったと言っても過言じゃない。
未だに僕が理想とする・・・声、間、リズム。
彼女が司会者としての、理想像なのかもしれない。
音信不通になって久しいけれど・・・・・・
多分、もう引退してしまっているよね(寂)
僕が20代後半のイケイケだった頃は・・・・・・
一つ年上のⅠさんと、二つ年下のHさんの二人。
30代の時はNさんと言う、当時僕より少しお姉様の司会者さん。
そして現在では、度々ブログにも書いている・・・・・・
僕の感覚を言葉へと創造してくれる32歳のUさん。
ベテラン司会者が若手ウエディングプランナーを育て・・・・・
ベテランウエディングプランナーは若手司会者を育てる。
ウエディングプランナーと司会者はまさにそんな関係だと思います♪
(ね、たまきさん!!笑)
今日、記事中の・・・二つ年下のHさんと思いがけなく再会した。
二十代後半の約5年間の苦楽を共にした相棒。
10数年前、僕は当時働いていたホテルから某新興ブライダル企業へとらば~ゆ。(死語)
彼女は彼女で、旦那様の転勤に伴い東京へ。
互いに進む道を分かつ事になりました。(笑)
聞けば、東京でも10年間・・・・・婚礼司会者としてキャリアを積み上げて来たらしく。
『へえ~~~例えばどんなホテル、式場に入ってたん?』
と問うと、『パンパシとか~~~』
おおおお~~~、ハイハイ、『パンパシ』ね!!
・・・・・・・・・・・・・・・・。
『パンをパシリで買って来なくちゃいけないホテル』・・・・・・の略なんかじゃ勿論ないですわね?
(爆)
あたりまえだ!!のクラッカー!!(死語)
彼女の初司会時には、
『ァホンダラァ!!出直して来いや!!』などとかなり辛辣な言葉を贈った記憶がある。
某市議会議員選挙活動にて、同じ車でウグイス嬢・坊を勤めた思い出がある。(笑)
『BIA認定 ブライダルコーディネーター』
『j‐color認定 パーソナルカラーアドバイザー認定講師』
かつての相棒はいつの間にかたくましくなり、
そんな肩書を引っ提げて個人事務所を立ち上げていた。
『MKさん、久しぶりにお会いしたら声が(声は・・・声だけは・・・)ますます渋くなってますね♪』
『MKさん、今度ぜひ一緒に飲みに行きましょうよ♪』
あ、お・・・・うん、いいね!ぜひ飲みに行こう。
そのあかつきには、丸みと角の取れた君の美脚にかぶりついてもいいかな・・・・・・?
思わず言葉として発するところを必死で呑み込んだ。
颯爽と歩き去る彼女の後姿に少しだけ・・・・・・
東京西瓜釣り東京スカイツリーの香りを感じた。
あるホテルのこと~『あれから、それから、これから』
目の前のソムリエは音もたてずに
そしてまったく無駄の無い動きでワインを抜栓した。
シルバーのトレイにコルクを静かに乗せた後、
ほんの数センチだけ目の前のグラスに注いでみせた。
『どうぞ』とテイスティングを視線だけで促して来る。
『うん、大丈夫です』
今考えると、ワインの味もテイスティングの意味すらも解っていなかったのに
何が大丈夫なんだかと若かりし頃の自分に言いたくなるのだが。
付き合って初めて迎えた彼女の誕生日。
ホテルのイタリアンレストラン。
人生の中で初めて遭遇するソムリエ。
ソムリエは確かに僕を大人へと導いてくれたし、
あのホテルは色んな事を僕に教えてくれた。
あるホテルがまさにその一生を終えようとしている。
そのホテルは全国に名だたるブランドを冠に掲げて
バブル終焉時にこの地に開業した。
一時代、県下トップクラスの婚礼施行数を誇り・・・・・
度々ホテルマンMKの前に不落の要塞の如く立ちはだかった。
しかし、ゲストハウスや新興ブライダル施設に押されて、婚礼組数は激減の一途を辿る。
数年前まで400組を受注していたホテルが0組にまでなるのがこの業界の怖いところ。
宴会売上がそこまで落ちてしまってはホテルとしての大動脈を断たれたも同然だ。
以来、二度に渡り経営母体が変わった。
ゲストの立場で、同じ土俵上のライバルとして
そのホテルは僕を育ててくれた。
そして2003年某日。
僕はそのホテルのメインバンケットで雛壇に座っていた。
マイクを取って旧従業員に向かって高圧的に言い放った。
『明日からこのホテルは我がグループが経営致します』
『必ずこのホテルを再建します!!』
あれから・・・・・・
それから・・・・・・・
それから、約十年。
このホテルの一生はいかがなものだったのだろう。
思えば、時の権力者達に翻弄され続けた生涯だった気がする。
当社も色々な大人の事情により、ついにこのホテルを手放す事になった。
ホテルとしては完全に廃業して、
ショッピングモールとして生まれ変わる様な事を誰からか伝え聞いた。
『和洋ブッフェ、ブレイクダウン¥6060×300P』
おそらくこのホテルのラストになるであろう宴会受注書を書き上げて、
僕はチーフボックスへと足を速めた。
また、ひとつの時代が終わろうとしている。
6時15分。
目覚まし時計は8時セットなのに。
休みの日だろうが、深酒していようが、疲れていようがいまいが……朝、パッと目が覚めて時計を見ると6時15分。
多分、ここ二週間くらい続いています。
しかもかなりの精度で、6時15分。
これでもか、って言うくらい……6時15分。
(爆)
なんかあんのかな?






