昨日、中学時代の友人の結婚式がありました。
友人代表のスピーチを任されました。
人生で初でした。

緊張しました。

けれど、無事に終わりました。
まぁそれなりにつかみも良かったです。

まず、このような役目を任せてくれた友人に感謝ですね☆

そして、このような役目から逃げなかったことが大事。
このような経験が自分を成長させてくれるんですよね。

多くの人をつかむことができるような文章を考える!
多くの人たちの前で落ち着いて話すことができるように!
準備する時間を作るタイムマネジメント…
友人スピーチをするということにも、たくさんの成長ポイントがつまっているんですよね。

本当にいい経験になりました。

また、友人に結婚おめでとう!と改めて伝えたいですね☆
今のクラスの子にはそれが足りない…
算数では、単元が早く終わったら、難問プリントを出します。
1問出来たら100点!のやつです。

前任校では、こちらが教えなくても、必死にチャレンジしていました。
俺は◯か×を付けるだけ。
しかし…

現在の子供たちには、「分からない、分からない」ばっかで、教えないと取り組めない子がたくさん…

ヒントを出しても、「分からない…」
確かに、受験する子も少ないし、難問を解くには厳しいのかもしれません。

でも、もうちょっと立ち向かう勇気があってもいいんじゃないかな、って思います。

すぐに助けてもらえるって思っているのかな?
ちょっと甘えているんじゃないかな?

もうちょっとたくましくするために、手を貸さず、自力で取り組むようにさせないといけませんね。

子供たちのパワーって凄いんですから。
これって大事なんですね。
結果は同じだったとしても、先生が決めてしまうことと、子供たちが話し合って決めることと、子供たちの成長は全然違う。

責任感が違う。

先生が決めたことだと、子供たちは責任を持たない。
自分たちで決めなければ、甘えが出るんだと思います。

大人と子供で大きくちがうこと。
それって「責任」なんだと思います。

子供は責任を取らなくてよい時がある。
最終的には保護者や大人が責任を取ってくれる場面がある。

しかし、大人は自分で責任を取らないといけない。

責任をもつことができるということは、大人に近づいていることなんです。

子供たちにはたくさん責任をもつ場面を作りたいものです。

その第一歩が、みんなで決めるということ。
先生がやってくれるのではなく、子供たちでやるという文化を作る。
大事なことなんだと思います。
ATPツアーファイナル。
ここにまさか日本人が出場するなんて思っても見ませんでしたね…

しかも準決勝まで進出しただけでも凄い!!

ただ…

第3セット…
いけましたね。

1ゲーム目の30-40。
ここを取れなかった、それが全てでしたね。
後は第2セットが嘘だったかのように、錦織選手が崩れていきましたね。
全く集中力、闘争心が感じられない試合になってしまいましたね。

それほどあのコートの中って独特の雰囲気なんでしょうね。

でも、錦織選手がジョコビッチ選手に全然勝つことができるということを知りました。
来年のツアーも楽しみですね☆

後は、松岡修造さんの解説、凄く熱くて分かりやすいですね。
第2セット最初、
「このゲームが大事です。全てです」と解説し、そのゲームを錦織選手が取ったら、そのまま第2セットを取りましたもんね。
試合の流れを解説してくれる解説者ってすごいですね。
読書量が減ってしまいましたね…
時間を作っていかないといけないですね。

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お金と幸せってなんでしょうね??
お金がない自分が語れるものでもないのでしょうけど。

「人生に必要なのは、勇気と想像力と、ほんのちょっとのお金」
limelightでチャップリンが語る一言。
この一言が俺はすごく好きです。

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スーホの白い馬のおおつかゆうぞうさんの作品です。
いいお話です。
ただ、俺は「片足だちょうのエルフ」の方が好きですね。
今もっている子供たち。
受け身の姿勢だと感じます。

物事を乗り越えようとする勇気が足りないと感じます。

授業で分からなかったらそこでシャットアウトしてしまう子がいる…

全力でやってうまくいかない可能性があるとき、全力でやってないふりをする…

ぜひ子供たちには乗り越えられるようになって欲しい。
やはり勇気づけが必要なんでしょうかね。
何かクラスがうまくいっていないな…と感じた時には、国語の授業をしっかりやる!
すると、子供たちが落ち着いてくる。

そうおっしゃっていた先生がいました。
それを聞いて、俺も国語の授業をしっかりやろう!と思いました。

一学期は物語文をしっかりできなかった…
だから、二学期はしっかりやってみました。

授業自体は、まだまだでした。
子供たちの読みもまだまだでした。

でも…

国語の授業をしっかりやってからでしょうか??
子供たちの動きが何か凄くいい!
子供たちの雰囲気が凄くいい!!

今までと全然違うんです。

これって国語の授業だけのことではないと思います。
しかし、国語の授業を終えてから凄く感じるんです。

やっぱり国語の授業をしっかりやることって大事なんですね。

国語の授業で、子供たちのゲシュタルト能力を高めているという構造学習の真髄なんじゃないかと思いました。
我が勤務校では、色んなことをやっています。
色んなことをやって、子供たちに詰め込もうとしている気がします。

でも、詰め込みだけでは子供たちは伸びないんだと思います。

大事なのは、「待つ」ことじゃないかな、と。

子供たちの成長を待つこと。
子供たちの伸びは、一人一人違います。

詰め込むだけじゃなくて、その伸びを待ち、しっかり見ていくこと。

それが大事なんじゃないでしょうか…
例えば、ものの溶け方…
一つの事象提示からたくさんの疑問が挙がります。

水の重さ、溶ける限界、食塩以外のものを溶かしたい…

こういう疑問は学習につながる!

しかし…
このような疑問だけではないんです。

指導要領につながらない疑問も出てくる。
それをどう扱うのか??

もやもやの正体は何??
食塩がくるくる回りながら溶けたのはなぜ??

このような疑問はどうするのか??

取り扱わないのか??

子供たちに自由に疑問を出し、後は教師が都合の良いものを拾い、授業につなげていく、
そう考える先生もいますよね。
それは真に主体的な学習なのか…

一生懸命考えた子供たちの意見を結局は切り捨てているのではないか?

結局は指導要領の内容を押さえないといけない。
なのに、子供たちに自由な疑問を出させるというのは果たしてよいのか…??

色々な考えが出てきますね。

今年度、理科の授業に力を入れようと思い、取り組んでいました。
すると、様々な考えがあることがよく分かりました。

どのような導入の授業、問題作りがいいのか…
しっかり考えていこうと思います。

第一時、導入の授業。
ねらいは、問題を作り、学習計画を立てる。

問題作りも、子供たちの疑問から、子供たちの言葉から作るんです。

これってやはり、なかなか難しいんですね…
しかも、研究授業ですから、1時間でやらないといけない。

今回は、長い透明のパイプに水を入れ、そこに食塩を溶かし、その様子を観察すること。
そこから子供たちの気付きや疑問を出し合い、問題を作る。

子供たちから出て来たのは、

・なぜ水のかさが増えたのか?
・なぜ底に食塩がたまったのか?
・もやもやは何か?
・長い入れ物だとたくさん溶けたのはなぜか?
・食塩以外のもので溶かしても、同じように溶けるのか?
・水以外のもので溶かしたらどうなるのか?

悪くはないんですよね。
ただ、食塩はどこへいったのか?
は出てこなかったです。

また、水のかさが増えたということから、重さについて学習は進みますが、次回、もう一回子供たちとやりとりをしないといけないですね。

底に溜まったというのも、溶ける限界はどのくらいか、につながる問題です。
ですが、これももう一回子供たちとやり取りをしないと行けないですよね。

これは、子供たちの力が足りないとも言えるかもしれませんが、事象提示、またその観察の仕方などが不十分だった可能性もありますよね。

やはり、もののとけかたでも、自由試行の出会いがいいんじゃないかな~って思いました。
そうしたら、こちらのねらう問題が全て挙がり、学習計画まで立てられたのではないかと思いました。