行く春や鳥啼き魚の目は泪 芭蕉
松尾芭蕉が、江戸深川の芭蕉庵を離れ、千住から東北北陸の地へ、すなわち「おくのほそ道」へ旅立った時、詠んだ句です。
句意
春が過ぎようとする今、皆と別れ旅立つ。鳥は鳴き、魚の目には涙が浮かんでいるかのようだ。
昨日5月16日は、日本旅のペンクラブ制定による「旅の日」です。これは、芭蕉が奥の細道へ旅立った日(新暦)にちなんだものです。ただし、「奥の細道」によると旧暦では元禄2年(1689年)3月27日で、晩春にあたります。
新暦と旧暦とでは、これほどの差異をもたらすことがあります。もともと1ケ月ほどの差があるのに加えて、旧歴(太陰暦)では、3ケ年に1ケ月ほどのズレが生じて、そのズレを調整するため、うるう年を設けうるう月を設定するからです。
今年2024年をみると、5月16日は旧暦では4月9日です。また、旧歴3月27日は新暦5月5日です。
この句について新旧歴のズレを知った時もやもやしていましたが、そのもやもや感が解消しないまま今日まできてしまいました。
そもそも、普通は、学校教育によって、春は3月から5月までと認識しているのではないでしょうか。それが、気象庁とかが、暦の上では夏になりましたとか、しれっと言っていて、自然と受け入れているようです。
国民性なんでしょうか、自分を含めて、この何とももやもやした季節感のズレを自然に何となく調整して受け入れているようです。あえて詰めないんですね。
「旅の日」を制定したのが、日本旅のペンクラブということなので、その辺のことも解説してくれているのではと思っていますが、まだ捜せていません。
この新旧歴の季節感の調整に悩まされるのは、
西行の「きさらぎの望月の頃」も、そうで・・・自分にとって新旧歴悩ませる双璧です。
今年2024年の旧暦きさらぎの望月の頃は旧暦2月16日=新暦3月25日で、現代の桜の時期にぴったりはまりました。釈迦入滅の旧暦2月15日にもしっかり符合しました。これは今年たまたまのことと思われます。
そういえば、芭蕉の奥の細道の旅は、尊敬する西行の没後500年に思い立ったものということです。
奥の細道の旅立ちの項、
原文
弥生も末の七日、あけぼのの空朧々として、月は有明にて光をさまれるものから、不二の峰かすかに見えて、上野・谷中の花の梢またいつかはと心細し。
むつまじきかぎりは宵よりつどひて舟に乗りて送る。千住といふ所にて舟を上がれば、前途三千里の思ひ胸にふさぎて、幻のちまたに離別の涙をそそぐ。
行く春や鳥なき魚の目は涙
訳
三月も下旬の二十七日、夜明けの空はぼんやりとかすみ、月は有明けの月(夜が明けても空に残っている月)で光はなくなっているので、富士の峰がかすかに見えて(かすかにしか見えず)、上野や谷中の桜の梢を再びいつ見られるのかと(思うと)心細い。
親しい人たちは皆前の晩から集まって(今朝は一緒に)舟に乗って見送ってくれる。千住というところで舟をおりると、前途は三千里もあろうかという旅に出るのかという思いで胸がいっぱいになり、幻のようにはかないこの世の分かれ道に離別の涙を流す。
行く春や鳥なき魚の目は涙
参照:西行の「きさらぎの望月のころ」とは