数十年ぶりに開けた箱 (その2)。 | BOYS LIFE written by M.J.KOZOU

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今日起きたこと、今日思ったこと、仕事のこと、趣味のこと等を、アトランダムに書かせていただきます。

8/30(土)、額縁。

 

昨日に続いて、数十年ぶりに開けた箱から出てきたものの話。(その2)

※その1はコチラ

 

高校1年生のとき、POPCOMという雑誌の創刊記念で行われたプログラムコンテストで優勝したときにいただいた賞状。

 

 

母が購入してくれた額縁に入った状態で箱に入っていた。

 

受賞の知らせは電話で届いたのですが、その時、ワタシ以上に母が喜んでくれたことを今でもしっかりと憶えている。

 

 

(前にも書かせていただきましたが・・・)

新聞配達をして購入した PC-8001で、初めて制作したのが「ベースボール」というその名の通り野球ゲーム。

 

 

その1に書かせていただきましたが、デジコムナインに夢中になったワタシ。

やっぱりパソコンでも野球ゲームがやりたくなるのは自然の流れ。

 

当時、PC-8001で遊べる野球ゲームは少なく、ワタシが満足できるものは皆無

だったら自分で作ろうか・・・と、開発開始。

 

 

最初は、自分が遊びたくて開発。

 

それが、友人にも楽しんでもらえたら・・・に変わり、気がついたら多くの人に楽しんでもらえたら・・・に変わっていったのは事実。

 

 

当時、ちょうどタイミング良く、いろんなところでプログラムコンテストのようなものが行われていて、せっかくだから応募してみようかなぁ〜と思ったわけ。

 

"ベースボール"を応募したのが雑誌POPCOMの創刊記念のコンテストと、エニックス(現スクウェア・エニックス)のコンテスト。

 

エニックスは創業したてで、ドラクエが産まれるずっとずっと前。

 

 

結果的に先にPOPCOMの発表があり受賞。

 

慌ててエニックスに電話をして応募を取り消してもらったのは事実。

 

発表がエニックスのほうが先だったら、どうなっていたんだろう。

もちろん、エニックスのコンテストで入賞できたかどうかはわかりませんが。

 

 

賞品は3台のPCから好きなものを選べるってことで、FM-7を選択。

 

そう、このFM-7で後に某コンテストに応募することになる「日本縦断ウルトラクイズ」を開発。

 

ね、わらしべ長者的な流れでしょ?(笑)

 

 

POPCOMにはそれ以後も賞、賞金、ギャラをいただくこと数回。

大変お世話になりました。

 

 

流石にこの賞状も処分できないなぁ。

 

保存しておいたところでどうなるものでもないのですが。

 

間違いなく、青春の1ページ、いや1枚です。

ホント。

 

M.J.KOZOU