弁護士ドットコムニュースの記事について 私の見解 | 福岡の弁護士 水野遼

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弁護士ドットコムのニュース記事「駅で「逃げる痴漢」に足を出して転ばせた男性、「暴行罪になる」は本当?」

http://news.livedoor.com/article/detail/16542486/

という記事が話題になっている。

この記事については、弁護士ドットコムにおいて、西口竜司弁護士が解説を行っていたが、

 

当初「超法規的な観点から違法性阻却される可能性がある」としておりましたが、解釈に誤りがあったため、西口弁護士と協議のうえ、訂正いたしました。お詫び申し上げます

 

とあるように、刑法の解釈に誤りがあったとして訂正記事が出ている。

しかし、この記事の問題点は他にもあるように思われる。そこで、一般の方の誤解を避けるため、私の見解を述べることとしたい。

 

事例は、痴漢の疑いで被害者の女子高生らに追跡されていた者を、別の男性が足を引っかけて転ばせようとしたという事案で、この男性に何らかの犯罪が成立するのか、というものである。

これについて、記事では、

 

今回の事件につきましては、刑法第208条の暴行罪ではなく、犯人を逮捕するのを手助けするために行為に及んでおり、暴行は逮捕に含まれ、刑法第220条の逮捕罪の問題になってきます。

 

とあるが、この見解自体がそもそも疑問である。

刑法220条の「逮捕」とは、「直接的な強制によって移動の自由を奪うこと」と解するのが通説であるが、足を引っかける行為が直ちに「移動の自由を奪う」行為であると評価できるか否かは微妙なところであり、逮捕罪の構成要件に該当するかというと疑問である。実際に、逮捕罪として処断された裁判例をみても、何らかの形で短時間の身体的な拘束を行っている事例(のうち、監禁の程度にまでは至らないもの)がほとんどである。本件については、もっぱら暴行罪の成否の問題として考えるべきであろう。

では、暴行罪の構成要件に該当するとして、違法性阻却の余地があるのかを検討する。この場合に参考になるのが次の判例である。

 

最判昭和50年4月3日刑集29巻4号132頁
【要旨】

・あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため約30分間密漁船を追跡した者の依頼により約3時間にわたり同船の追跡を継続した行為は、適法な現行犯逮捕の行為と認めることができる。
・現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとを問わず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法35条により罰せられない。
・あわびの密漁犯人を現行犯逮捕するため密漁船を追跡中、同船が停船の呼びかけに応じないばかりでなく、三回にわたり追跡する船に突込んで衝突させたり、ロープを流してスクリューにからませようとしたため、抵抗を排除する目的で、密漁船の操舵者の手足を竹竿で叩き突くなどし、全治約一週間を要する右足背部刺創の傷害を負わせた行為は、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものであり、刑法三五条により罰せられない。

 

このように、判例は、私人による現行犯逮捕(刑訴法213条は、「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と規定している)を行う場合であっても、社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内であれば、実力行使を行うこともでき、これが暴行罪や傷害罪の構成要件に該当する場合であっても、刑法35条(正当行為)により違法性阻却されるとしている。

これを本件についてみると、本件では、女子高生に痴漢行為を働いたとして追跡されていた男性の逃走を阻止するために、足を引っかけて転ばせようとしたというものである。かかる行為は、逃走を阻止するという目的を達成する上ではやむを得ないものであり、その方法も極めて穏当なものと評価できよう。従って、上記最高裁判例の考え方に従っても、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものと評価され、刑法35条により違法性阻却されると考えるべきではなかろうか。

 

この記事は、そもそも逮捕罪の構成要件の問題として処理しようとしている点に問題がある上、法律家の間では比較的有名な(法学部生・法科大学院生向けの判例集にも搭載されている)最高裁判例を理解していないと思われ、ニュース記事の解説としては不適当であるという印象を拭えない。ちなみに超法規的違法性阻却事由というのは、自救行為(権利の侵害が明らかであるが、警察や裁判所等の手続を踏んでいては被害回復が不可能な場合に、実力行使に及ぶこと)などの例外的な事案であり、本件には全く妥当しない。

 

結論として、暴行罪が成立するのはおかしい、という感覚は、一般の方でも当然お持ちであると思うが、その理由を理論的観点からきちんと説明できるようにするのが法律家である。この記事を書かれた先生は、大手司法試験予備校の講師もされているのであるから、もう少し裁判例をきちんと検討してほしかった。元予備校講師としてはやや残念である。