福岡の弁護士 水野遼

福岡の弁護士 水野遼

弁護士になりました。
水野FUKUOKA法律事務所オープン!
判例の解説をメインに行います。見解については完全に私見です。

本件は、いわゆる統一教会(現在:世界平和統一家庭連合)に対して行われた献金に関して、宗教法人とその信者との間において締結された不起訴の合意が公序良俗に反し無効であるとされた事例及び宗教法人の信者らによる献金の勧誘が不法行為法上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例である。



事実関係

(1)ア 亡Aは、昭和4年生まれの女性であり、昭和28年に亡Bと婚姻し、その後3女をもうけた。亡Aには、昭和22年に妹が11歳で早世する、昭和34年に亡Bの母が自殺する、平成10年に二女が離婚する、亡Bが重病にかかり、平成17年8月以降、入退院を繰り返すなどの不幸な出来事があった。
   イ 亡Aは、被上告人家庭連合の信者であった三女の紹介により、平成16年以降、松本信徒会(長野県松本市所在の被上告人家庭連合の松本教会に通う信者らによって構成される組織)が運営する施設に通い始め、遅くとも平成17年以降、松本教会等において、被上告人家庭連合の教理を学ぶようになった。その教理の中には、病気、事故、離婚等の様々な問題の多くは怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そのような霊の影響から脱して幸せに暮らすためには献金をして地獄にいる先祖を解怨することなどが必要であるというものがあった。
   ウ 亡Aは、平成16年、被上告人家庭連合の信者の勧めにより妹の供養祭を行い、平成21年から平成27年までの間、少なくとも13回にわたり、韓国で行われた被上告人家庭連合の修練会において、先祖を解怨する儀式等に参加した。
  (2) 亡Aは、被上告人家庭連合に対し、平成17年から平成21年までの間、十数回にわたり合計1億0058万円を献金した。これに加えて、亡Aは、平成20年から平成22年までの間、自己の所有する土地を3回にわたり合計約7268万円で売却し、その売得金のうち合計480万円を被上告人家庭連合に献金した。上記の各献金(以下「本件献金」という。)は、被上告人家庭連合の信者らによる献金の勧誘(以下「本件勧誘行為」という。)を受けて行われたものであった。
 そして、その余の売得金は松本信徒会に預託され、平成27年までの間に、その中から、合計約2066万円が同信徒会を通じて被上告人家庭連合に献金され、合計約3046万円が亡Aに生活費等として交付された。
  (3)ア 亡Aは、平成21年に亡Bが死亡した後、単身で生活していたところ、平成27年8月、上告人に対し、被上告人家庭連合に献金をしていた事実を話した。その後、亡Aは、被上告人家庭連合の信者に対し、上告人に上記事実を話した旨を伝えた。
   イ 被上告人家庭連合の信者であったCは、平成27年11月頃、それまでにCが被上告人家庭連合にした献金につき、将来、Cの娘婿が被上告人家庭連合に返金を求めることを懸念し、松本信徒会の婦人部の部長であった被上告人Y1に相談したところ、公証人役場において上記返金の請求を阻止するための書類を作成する方法があることを伝えられた。亡Aは、Cから上記書類を作成する話を聞き、自身も同様の書類を作成することとした。
   ウ 亡Aは、平成27年11月、Cと共に、被上告人家庭連合の信者の運転する自動車で公証人役場へ行き、公証人の面前において、被上告人家庭連合の信者がその文案を作成した「念書」と題する書面に署名押印し、当該書面(以下「本件念書」という。)に公証人の認証を受けた。本件念書には、亡Aがそれまでにした献金につき、被上告人家庭連合に対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する旨の記載があった。
 その後、亡Aは、松本教会に行き、被上告人家庭連合に対して本件念書を提出し、これにより、亡Aと被上告人家庭連合との間に本件念書による合意(以下「本件不起訴合意」という。)が成立した。その際、被上告人家庭連合の信者により、亡Aが被上告人Y1からの質問に答えて上記献金につき返金手続をする意思はないことを肯定する様子がビデオ撮影された。
  (4)ア 亡Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断された。
   イ 亡Aは、平成29年3月、本件訴えを提起し、令和3年7月、死亡した。



判旨

(1) 本件不起訴合意の有効性について
   ア 特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意(以下「不起訴合意」という。)は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。
   イ これを本件についてみると、亡Aは、本件不起訴合意を締結した当時、86歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡Aは、被上告人家庭連合の教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、被上告人家庭連合の心理的な影響の下にあった。そうすると、亡Aは、被上告人家庭連合からの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。また、被上告人家庭連合の信者らは、亡Aが上告人に献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡Aの意思を確認する様子をビデオ撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、被上告人家庭連合の信者らの主導の下に締結されたものである。さらに、本件不起訴合意の内容は、亡Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、亡Aが被る不利益の程度は大きい。
 以上によれば、本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。
  (2) 本件勧誘行為の違法性について
   ア 宗教団体又はその信者(以下「宗教団体等」という。)が当該宗教団体に献金をするように他者を勧誘すること(以下「献金勧誘行為」という。)は、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、献金は、献金をする者(以下「寄附者」という。)による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)。
 以上を踏まえると、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。
   イ 本件においては、亡Aは、本件献金当時、80歳前後という高齢であり、種々の身内の不幸を抱えていたことからすると、加齢による判断能力の低下が生じていたり、心情的に不安定になりやすかったりした可能性があることを否定できない。また、亡Aは、平成17年以降、1億円を超える多額の本件献金を行い、平成20年以降は、自己の所有する土地を売却してまで献金を行っており、残りの売得金を松本信徒会に預け、同信徒会を通じてさらに献金を行うとともに、同信徒会から生活費の交付を受けていたのであるが、このような献金の態様は異例のものと評し得るだけでなく、その献金の額は一般的にいえば亡Aの将来にわたる生活の維持に無視し難い影響を及ぼす程度のものであった。そして、亡Aの本件献金その他の献金をめぐる一連の行為やこれに関わる本件不起訴合意は、いずれも被上告人家庭連合の信者らによる勧誘や関与を受けて行われたものであった。
   ウ これらを考慮すると、本件勧誘行為については、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するかどうかにつき、前記アのような多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるというべきである。しかるに、原審は、被上告人家庭連合の信者らが本件勧誘行為において具体的な害悪を告知したとは認められず、その一部において害悪の告知があったとしても亡Aの自由な意思決定が阻害されたとは認められない、亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとは認められないとして、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、前記アに挙げた各事情の有無やその程度を踏まえつつ、これらを総合的に考慮した上で本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するといえるかについて検討するという判断枠組みを採っていない。そうすると、原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。



解説

1 不起訴合意に関する念書に関して

本件は、80代の高齢者が、宗教法人に対して多額の献金を行った場合に、当該献金に関して返金を一切求めないという内容の念書が作成されている場合において、これを不起訴の合意とみた上で、具体的な事情の下でその効力を否定したものである。

最高裁は、不起訴の合意が、裁判を受ける権利という憲法上認められた重要な基本権を放棄するものであるという点を重視し、その有効性については慎重に判断すべきであるとした。その上で、具体的な考慮要素として、「当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべき」としたものである。

その上で、事案への当てはめとしては、亡Aが合意締結当時86歳と高齢で、それから程なくして認知症で後見相当とされていることから、そもそもAの判断能力は相当程度低下していた可能性があること、Aはそれまでにも多額の献金を行う等、宗教団体の強い影響下にあったことがうかがわれること、Aの家族にAによる献金の事実が判明した後に、(最高裁は明示的に認定していないものの、おそらくは家族からの返還請求がなされることを見越して、これを拒絶するために)本件念書が作成されたという作成経緯、不起訴の合意自体に対価性がなく、Aが一方的に損をする内容であって経済的な合理性が認められないことなどを指摘し、不起訴の合意は公序良俗に反するものとして無効としたものである。

原審は、作成経緯や内容等に照らし、未だ公序良俗に反しないとしたものであるが、最高裁は上記のように、具体的な事情を細かく検討すべきであると判示した。

本件は、Aの年齢や、程なくして認知症と診断されていることなどを踏まえると、そもそもAの意思に基づいて不起訴合意がなされたものであるか否か自体に相当程度、疑義があるところである。この点は、証拠上、不起訴合意の当時におけるAの意思能力を否定するまでには至らなかったものと思われる。もっとも、Aほどには判断能力が低下した状態にない者であっても、不起訴合意がなされた経緯や、宗教法人による影響下に置かれていた程度によっては、不起訴合意が無効とされる余地を認めたという点において、同種事案に与える影響は少なくないものと思われる。

私見であるが、最高裁と原審とで判断が分かれた理由は、最高裁が、本件不起訴合意に経済的合理性がなく、Aが一方的に損をする内容であるという客観的な側面を重視した点にあるように思われる。これは、「時価と代金が著しく懸絶している売買は、一般取引通念上首肯できる特段の事情のない限りは経験則上是認できない事柄である。」として、時価約150万円の土地を約10万円で売却するとの内容の売買契約の成立を認めた原審を破棄した判例(最判昭和36.8.8民集 15巻7号2005頁)と同じく、「人は、経済的合理性のない行為をすることは、よほどの事情がないかぎりは無い」という経験則を重視し、例外について厳格に審査をすることとした結果であるとも考えられる。



2 献金勧誘行為の不法行為該当性に関して

最高裁は、宗教団体が献金をするように勧誘すること自体は直ちに違法なものではないとしつつも、「献金は、献金をする者(以下「寄附者」という。)による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性がある」という献金(法的性質は贈与である)の特質に着目し、「献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。」とした。

その上で、原審については、不法行為該当性について認定・判断するに際しての考慮不尽があるとして、不法行為の成否についてさらに審理を尽くすため、破棄差し戻したものである。これに関しても、不起訴合意のところで述べたのと同様、献金自体は何らの対価も伴わない行為であり、客観的にみれば経済的合理性が認められないことを重視し、よほどの事情がない限りそのような意思決定はしないという経験則を前提に、寄附者の判断能力や献金の金額を主軸として、社会通念上相当な範囲を逸脱した勧誘が行われなかったか否かを検討すべきであるとしたものと考えられる。

献金も様々であり、例えば、初詣で神社に数十円程度の賽銭を投じる日本人は多数存在するものの、それは金額も些少であり、社会的な儀礼の枠内に留まることや、賽銭額に相応の御利益(日常生活における些細な程度のラッキー)を求めて行うものとすれば、十分に説明がつく。これに対して、寄附者や家族の生活に支障が出るような多額の献金が、寄附者の自由な意思で行われたと言える場合は限られるであろうし、実際上も、「生活に支障が無い範囲」を超えるような金銭を他人につぎ込む行為には、何らかのただならぬ事情が介在していると考えることは、自然な経験則であろう。



3 まとめ

本件は、全国的に同一の被告に対する同種の訴訟が行われている事案であり、また安倍晋三元総理大臣の暗殺事件を皮切りに社会問題化した事情であることも相まって、同種事案における波及効果のみならず、宗教団体による寄付金勧誘の在り方や、ひいては我が国における宗教の在り方にも重要な影響を与える最高裁判例であると考えられる。

宗教団体としては、今後は、信者等に献金を勧誘する際は、信者等の年齢や精神状態、資産、収入等を事前にきちんと確認した上で、寄附者やその家族の生活に無理のない範囲で寄付を求めるように、勧誘の在り方についての内部規定を定めるなどの対策が求められているといえよう。



なお、最高裁が引用する、法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条は以下の通りである。

第三条 法人等は、寄附の勧誘を行うに当たっては、次に掲げる事項に十分に配慮しなければならない。

一 寄附の勧誘が個人の自由な意思を抑圧し、その勧誘を受ける個人が寄附をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすること。

二 寄附により、個人又はその配偶者若しくは親族(当該個人が民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百七十七条から第八百八十条までの規定により扶養の義務を負う者に限る。第五条において同じ。)の生活の維持を困難にすることがないようにすること。

三 略