僕が初めて外の世界に足を着けたのは、2005年の5月のこと。



 ゆみちゃんは、僕に色んな経験をさせ、名前にふさわしい強い男にしたいと思っていたらしい。

 

 そこで、今まで一度もまともに外に出たことのない僕に外の世界を体験させようと、リードと首輪と防寒のための洋服を購入し、ついに行動に出ることにした。


 僕はちょろちょろっとしか毛が生えない体質のため、寒さに弱い。

 一度寒さを感知してしまうと、ブルブルブルブル体を震わせながら、「だっこしてよ」のポーズを繰り広げ、絶対に傍から離れようとしない、ということを知っていた彼女は、僕に抱っこの要求をさせなくても良いよう、洋服を購入したという訳だった。

 もちろん、僕を愛してくれているからこその配慮だったと思う…。

 いや、間違いなく愛してくれていた。ま、いいや。



 僕にあったかい格好をさせ抱きかかえた彼女。

 とりあえず近くにある鶴見川の河川敷を目指し、僕の恐怖におののいた顔と腕の中でブルブル体を震わせている僕を心配しつつも、強い信念の元歩き続けた。


 「まめを絶対に強い男に育ててみせる。

今はしょげた顔をして外の世界を怖がっているようだけれど、いつか絶対に、小さな体でも堂々と外を闊歩できるようにしてみせる」 と。


 鶴見川の河川敷に着き、彼女は僕を地面に降ろし、「よし、まめ行こう」と言って、僕を引っ張ろうとするのだが、僕は恐怖のあまり動けない。リードをチョイチョイッと引っ張られるのだが、一歩も前に足が出ない。




僕はあまりに広い世界に恐怖していた。




 玄関を一歩出れば、小さな僕には想像もつかないほどの広い世界が広がっていることを、初めて知った。

 天井がどこまでなのか、終わりはあるのか分からないほどの高い空。

 得たいの知れない緑や茶色の草や木。

 にょろにょろと出てきたミミズ。

 家の中では聞いたことのない車や電車や風や川の音。


 

 あまりに動かない僕に痺れを切らした彼女は、僕の傍に歩み寄り、かがんでくれたのだが、僕はその隙を見逃さなかった。ササッと彼女の膝の上にジャンプし、その腕にしがみついた。


 「こんなわけのわからない所に置き去りにされたらたまったもんじゃない…。

 早くお家に帰りたいよぉ」 と思ったかどうかは覚えていないけれど。




 というわけで、今回は僕は一歩も歩みを進めることなく、今日は歩かせるのは絶対無理だと諦めたゆみちゃんに抱きかかえられ帰路に至ったのだった。




 その後、数回のお散歩訓練を乗り越え、外の世界の面白さを知ることができた強い僕。

 

今では、毎朝お散歩のおねだりをするために玄関のドアの前へ居座り、伏せたりお座りをしたり、時には「クゥ~ン」と甘い声を上げながら、誰かが気づいてくれるのを待ち構えている。




 

image084.jpg






僕がこのうちに来たばかりの頃の話。



ちょうど歯が生え変わる時期だったため、
僕はそのむずむずした感じが何とも言えず、よく色々な物を噛みまくっていた。

カーペットの端っこやクッション、ぬいぐるみ、漫画の本や教科書、サランラップの芯、人間の指やえんぴつ。
高価なものだと、けんちゃんのヘッドホンのコードや、高い化粧ブラシ。
とにかく口に入るサイズのものであれば、何でもガジガジ噛んでいた。
噛んでいる途中に、ぬいぐるみに血がついていて、ゆみちゃんが慌てた事もあった。
ただ単に、カミカミの最中に、ポロッと歯が抜け落ちてしまっただけだったのだが…。

とくにお気に入りだったのが、竹製の耳掻きだった。
当時、耳掻きが大好物だったため、家族がうっかり低いテーブルや棚、床に置いてしまったのを見つけては、
ガリガリガリガリガリガリガリガリ噛んでいた。
破壊した耳掻きの数は数知れない…。
それを補充していたママの苦労も数知れない。
ついには噛んでも大丈夫なようにと、ママは鉄製の耳掻きを購入した。

当時、ゆみちゃんとママがお仕置きのつもりで、何でも噛む僕に
おサルのぬいぐるみの尻尾をくわえさせて撮った1枚がこれ。


今では、カミカミしたい気分も薄れ、いたずらっ子を卒業し、いい子に変身した僕。

これも大人の階段を上ってきた僕の証である。









20070903115907.jpg


僕の誕生日は10月5日。
でも僕は自分の誕生日を人間の女の子のようには意識したことがない。

人間の女の子なら、「グッバイ、私のティーン生活」 とか
「ああ三十路ロードまっしぐらね」 とか
「ついに私も四捨五入すれば30ね」とか
「今年は誰にどんなふうに祝ってもらおうかしら?」とか
  考えてしまうのが、20代の女の子の思考回路なのだとゆみちゃんは言う。
うちの家族のゆみちゃんは、誕生日はひたすら楽しみなだけではなく、ちょっぴり憂鬱になるらしい。

年を重ねると、どうしてもお肌がしわしわになり、
10代の頃のように取れたてのピチピチの活きの良い魚のようにはいかなくなるらしい。
しかも、着ていい洋服といけない洋服、露出していい部分といけない部分…というのがでてくるらしい。



 僕にとって、誕生日は毎日の生活と然程変わりなく過ぎていく。

家族に「まめちゃん。おめでとう」と言われ、新しい服を着せられ、写真を撮られ、

ついでにいつもの散歩ロードを歩き回り、帰宅する。


 何か特別なことは何もないけど、3歳になり僕も大人の男になった。

 今年ももっともっといい男になって、頼れる番犬として、また、愛らしい豆太郎として成長していきたいと思う。


いつもごはんをくれたり、毛づくろいをしてくれたり、毎日お散歩に連れて行ってくれたりと、何かとお世話になっているママ、時々帰ってきては僕と遊んでくれるパパ、いつも苛めながらも僕を愛してくれているけんちゃん、いつもありがとです。

  僕は訪ねてくるお客さんが大好きだ。



 宅配のお兄さんだろうが、近所のおばさんだろうが、けんちゃんの友達だろうが、男だろうが女だろうが、人間ならば、その人の周りを、小さな舌をチロチロ出しながら後ろ足だけでピョンピョン飛び跳ね、前足でおいでおいでをしながら大歓迎する。


 


 あれは、確か僕がこのうちに来て間もない頃。


 僕がけんちゃんに拉致られて、深夜の街をうろつき、疲れ果てて帰ってきた日のこと。


 見知らぬ人間が、うちの洗面台で顔を洗っているではないか。

 洗面所のドアの影からこっそり観察していると、僕に気づき、しゃがんで手を広げてきた。


 それが、僕とゆみちゃんの彼との初対面だった。


 僕は、初対面の彼の胸に飛び込み、ペロンペロンと顔を舐めることにした。


 そのしぐさがよっぽど無防備で可愛かったらしく、


 「こいつは俺が一生守ってやる」と、ゆみちゃんの彼は思ったらしい。


 それ以来、彼は遊びに来るたびに、僕のために服を買ってきてくれたり、

 時にはゆみちゃんの目を盗み、おやつを大量にくれたりする。



 だから、ゆみちゃんの彼は、僕の「お気に入りの人」になっている。