僕が初めて海を見たのは、2006年の8月だった。


その日は酷い暑さで、僕の肉球はジリジリと焼け付き、バーベキューで焼かれるお肉の気持ちがよく理解できた。



その頃、ゆみちゃんはサーフィンを始めたばかりで、僕をサーフボードの上に乗せ、一緒にサーフィンをするという野望を抱いていた。

なんてアホな僕のご主人様。

それよりなにより、自分がサーフボードに立つこともままならないくせに…と思いながらも、

僕は泳ぎの練習をするために、海につれて行かれるというわけだった。



海までは電車で向かった。


なぜならば、ゆみちゃんは車の運転が実に下手で、ちょっと走れば修理費用10~30万の傷や凹みを作ってしまうという、車破壊兵器なのである。以前、代車までも破壊してしまった経験があるため、ドクターストップがかかってしまった。 

というわけで、今回は車を走らせることは諦めて、電車で海まで向かうことになった。


僕は暑い中、バッグに入れられ電車の旅を満喫したのである。


やっとの思いで、海に到着。今日の海はゆみちゃん行きつけの片瀬江ノ島海岸。

 


長旅でお疲れのゆみちゃんは、重力に耐え切れず、僕をおもむろに砂浜へ放ち、スタスタ歩いていく。

僕は砂浜でバーベキュー状態になりながら、「あっちぃ、あっちぃ!」と、ゆみちゃんに付いて行く。

 

友達を見つけ、海の家に入り、ビールを一杯飲み干したゆみちゃんは、僕を抱きかかえ海へまっしぐら。


海という得体の知れない生き物との遭遇に、頭の中は真っ白…にも関らず、ゆみちゃんは僕を海の中に放り出したのだった



泳ぎを知らない僕は、とにかく沈む。

足をジタバタ動かすが、とにかく沈む。


ううううぅぅぅぅ…苦しい…。江ノ島の汚い水を飲んでしまった…。しょっぱい…。


沈みながらも足をジタバタ動かすが、やっぱり沈む。



その様子があまりに可愛く愛嬌たっぷりで微笑ましかったのか、周囲の人はみんな僕を見つめ微笑んでいる。


僕にとっては生命の危機である。ふざけんじゃニャー!!!と思う暇もなく、僕は沈む。


そろそろ、海から引き上げないとまずいかなぁと思ったらしく、ゆみちゃんは僕を引き上げてくれた。


が、僕は生命の危機に陥り、頭の中は真っ白(外側も真っ白)だったため、救い出されてもなお犬掻きをしていたようだ。


僕はゆみちゃんに胴体を支えられながら、手足は必死にジタバタと犬掻きをしていた。


犬掻きをしながら沈んでいく僕と、空中に出てもそれに気付かず、ひたすら必死に犬掻きをする僕が、あまりに愉快だったらしく、ゆみちゃんは大爆笑していた。


ひどい…。ひどすぎる…。僕はこんなに苦しかったのに…。






というわけで、体の割りに手足が小さい僕は、海に入ると沈んでしまう、と実証されたため、


それ以来、無理やり海に連れて行かれることはなくなった。



めでたし、めでたし、である。


 僕がこのうちに来たばかりのときは、1.7キロだった。

 それはそれはおどおどとしていて、か弱く見え、それでいて可愛かったらしい。

いつも、自分のベッドに隠れこみ、なるべく家族と触れ合わないようにしていたのだ。その時は僕はよく水色の洋服を着せられていた。

 (その様子がアルバムにも載ってるからみてね。)



 このうちに来たばかりの僕は、見知らぬ土地に放りだされた開拓者のようだった。初めの内は、目立たぬよう、声を上げることもなくひっそりと暮らした。本当に鳴くこともなかったのである。


 時にはごはんも喉を通らず、家族全員に心配されることもあった。



 しばらく経ち、この家族にも臭いにも部屋の構造にも慣れ、少しずつ自己主張するようになり、僕は変わった。

 ごはんをモリモリ食べ、腹を空かせばおねだりをし、おやつまで平らげ、時にはテーブルの下で待ち構え、食べ物が落ちてくるのを祈ったりする。


 そのせいか、今では2キロの大台に乗ることがある。


 それを、うちのママとゆみちゃんは良く思っていない。

 

 体重を計った後、よく「デブまめ~、また太った?」と僕に聞く。

 僕の場合、体重計にじっとしていられず、すぐに脱走してしまう性質なので、体重を量るときはママかゆみちゃんに抱っこされ、その後に人間の体重を量って差し引くというやり方をする。

 


 体重が増えていると、必ずごはんの量を少し減らされ、僕にとってごはんが人生の中で一番の楽しみなのに、人生の楽しみまで奪われてしまうという最悪の事態を招く。なんて世知辛い世の中なんだ…と僕は思う。

 

 しかし、腹の虫はぐうぐう鳴り続け、次第に空腹のためイライラしてくるので、

 「ごはんのおかわり~!!!!」と叫ぶかわりに、思いっきりかわいい声(僕はそう思っている)で、

 「アンッアンッアン~ッ」と鳴いてみる。


 すると、

 「まめちゃん!!わんわんはメッッ!!!

 と、めくじらをたてたママに叱られる羽目になる。



 うちのママは近所迷惑という類のものを毛嫌いしている節があり、特に騒音にはうるさい。


 どうやら、今回の僕の鳴き声は願いもむなしく、騒音と判断されたらしい。



 こうして、僕の強行ダイエットは毎日繰り広げられているのだが、

 しかし結果は、上昇の一途をたどっている。



 なぜなのだろう・・・。

 僕の家族のゆみちゃんはよく変なことを言う。僕には人間界のことはよく分からないけど、人間の女の人は大変だなぁと思う。



 ゆみちゃんが山形からきたがっしという友達と、その彼のマレーと、横浜観光をして帰ってきた時のこと。


 ピンヒールでカツカツ歩き回ったゆみちゃんは、足にマメができたり靴擦れをしていたり、傷だらけになって帰ってきた。

僕は人間にとって臭いがきついものが大好きなため、帰ってきたばかりの臭い足に向かってダイブし、ペロンペロン舐めることにした。

「ん~ナイスな芳しい香り」と、舐めている所にママがやってきて言った。

 「あら~すごい傷だらけじゃない。歩きやすい靴で行けばよかったのに」

 ゆみちゃんは答えた。「美しさには痛みを伴うのよ」、と。


 ママは意味不明な返答に笑っていた。


 きっと彼女は、少しでも足が長くスタイル良く見えるよう、少しでも8頭身に近づけるようにするためには、痛みも伴うハイヒールを履くことも厭わない、と言いたかったのだろう。



 またある日、当時、今のように黒髪が流行る前の頃の話。


 彼女はヘアサロンに行き、髪の毛をふわふわのパーマスタイルにした上に、かなりの茶髪にして帰ってきた。


 僕はあの化学的な香りはとても苦手なのだけど、ゆみちゃんとの4時間ぶりの再会を、喜びを全身で表現して飛び掛っていった。

 しかし、彼女は僕の熱いキッスを若干無視して、ママに向かって

「髪の毛染めるとき、すっごくヒリヒリして痛かったの。ほら、見て。真っ赤でしょ?」と、自分の頭皮を見せびらかしている。

そこで、ママは「元々、肌弱いんだから止めればいいのに」と真っ当なアドバイスを繰り出した。

 

「だから、美しさには痛みを伴うんだって」と、答える彼女。

 やっぱり意味不明。


 僕にはきっと、一生理解できない人間界の女の子の心理。


 僕がこのうちに来て、まずもめたのが僕の名前についてだった。

 

 ゆみちゃんは「豆太郎」、ママは僕が混乱すると可哀想だからと「くーちゃん」、けんちゃんは…よく覚えてないが、洋風な名前だった気がする。

家族は実によくもめて、面倒なことになってきた。そこで、この家族の中で、実はパパの次に実権を握っているゆみちゃんが、和紙に筆ペンで太々と「豆太郎」と書きこみ、僕の小屋の玄関横に、まるで表札のように貼り付けたのだった。半ば強引な形で僕の命名権を強奪したゆみちゃんの勝利であった。


 これまで、くーちゃんと呼ばれて反応していた僕にとって、呼び名が変わるのは一大事かと思いきや、実はそうでもなかった。意外と僕を見ながら話しかけられると、どんな名前でも「僕のこと?」と勘違いしてしまうのだ。それは、僕の頭が小さく脳みそが詰まっていないためなのか、素直な性格だからなのか。


 ゆみちゃん曰く、「豆太郎」という名前には、かなり強い思い入れがあるらしい。犬を飼ったら絶対この名前にしようと決めていたらしい。「豆」は僕が小さいからしっくりくるけど、初めは、洋風の見た目なために「太郎」が不釣り合いだったらしく、散歩中出会う人に名前を聞かれるたび、首をかしげられた。

 

 でも、いいのだ。僕は豆太郎。

 元気な男のこ。

 

 僕には豆太郎以外の名前は、もうどんな名前もしっくりこなくなった。かっこいい名前だと思っている。