パリのめぐり逢い dix-ディス(⑩) | 美夕の徒然日記。

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フランソワーズとジョアンヌの話を偶然にも聞いしまったのは、他ならないジェロームだった。
  彼は一旦、更衣室に向かって居たのだが、忘れ物を思い出し、稽古場に引き返して来た。
そして稽古場のドアを開けようとした時、中からフランソワーズとジョアンヌの話し声がしたので、ジェロームは躊躇うことなく中に入ろうとした。しかし、次の瞬間、フランソワーズの口から
他の男性の名前が出た時、彼は身動きが取れなくなってしまった。
更にジェロームに衝撃を与えたのは、フランソワーズがジョーと言うその男性を愛していた事。
そして、今でも心の中で想っている事だった。
  その事実を知ったジェロームの衝撃は大きく、最初は受け入れる事が出来なかった。

( 君の瞳に、僕が映っていない気がしたのは、思い違いではなかった。いつも、その男性が心の中に居たせいだったんだね…)

ジェロームは心の中で呟く…。
そして彼は悟った。
フランソワーズとそのジョーという男性は固い絆で結ばれており、決して二人の間に入る隙間などないことを悟ると、静かにその場から立ち去って行った。


  一方、ジェロームが話を聞いていた事など露ほどにも思っていなかったフランソワーズとジョアンヌ。
 この時、さすがのフランソワーズもジェロームの気配にさえ気づかなかった。
  フランソワーズとジョアンヌの知らぬ間にジェロームが立ち去って行った後も、話をしていた。

  
「 彼が何故そこまでして、あなたに逢いに来なかったのか、分からないけど、きっと彼なりの考えがあったのね…。」

 ジョーがフランソワーズに逢いに来なかった本当の理由を、ジョアンヌはもちろん知らない。サイボーグとしての悲しく、辛い運命を、フランソワーズに思い出させたくはないと言う理由からジョーがパリに来なかったと言うことなど、ジョアンヌが知る由もなかった。フランソワーズは親友にでさえ話してはなかったのだ。
 真実を話せない事が、フランソワーズには心苦しい事だった。
 そんなフランソワーズの心を分かる筈もないジョアンヌであったが、詮索する事もなく、それ以上聞こうとはしようとはしなかった。

「 フランソワーズ…。明日だったわね。
千秋楽の後、彼がアレクサンドル3世橋で待っているって…。もちろん、行くんでしょう?」

   親友のその問いに、フランソワーズは直ぐに答える事が出来なかった。
フランソワーズはまだ心の中でどうして良いのか分からずにいたのだ。
  躊躇しているそんなフランソワーズに、ジョアンヌは少し苛立ちを覚え、尚も問い詰める。

「 躊躇うのは分かる。彼を忘れるため…そして彼があなたを忘れてしまったという不安から、ジェロームに心を寄せてしまった事が、あなたを留まらせているって…。けれども、それを承知の上、彼はあなたに来て欲しいって言ったのよ。
だったら素直に彼の気持ちを受け入れるべきよ。」

   大きく嘆息を吐きながらジョアンヌはフランソワーズにそう言葉を掛ける。それはまるでフランソワーズの心に訴えるかのようであった。





  そしてとうとう千秋楽の日が訪れた。
グレート、アルベルト、そしてジェットはグランホワイエで佇み、未だに姿を現さないジョーを待っていた。
  
「 ジョーの奴、一体何をしている?
もうすぐ開幕の時間だ!」

  腕時計を覗き込みながら、ジェットは苛立ちを隠せない様子だ。
 辺りを見渡しても、ジョーの姿がない。
その事にジェットは余計に苛立った。
  
「  落ち着け…ジェット。なあに、きっとジョーは支度に手間取っているんだ。なあ?アルベルト…。」

  グレートは苛立ちを抑えずにいるジェットを落ち着かせようと、そう声を掛け、アルベルトの方を振り向いた。
 アルベルトはジェットとは違って、落ち着いていた。ジョーは必ず来ると、そう信じていたからだ。

「 ああ…。ジョーは必ず来る…。」

そう静かに答えると、アルベルトは辺りを見渡した。
そして次の瞬間、アルベルトの視線にジョーの姿が飛び込んで来た。
  ジョーは正装しており、そして彼の手には薔薇の花束が抱えられていた。
 
「 来たぜ…。見ろよ、ジョーの手に抱えられている薔薇の花束を…。」

   ニヤリとアルベルトは笑いながら言った。
そう彼に言われて、ジェットとグレートは思わず振り返った。
その瞬間、ジェットは思わずニヒルな笑みを浮かべた。ジョーが正装していること。そして何よりもジョーが薔薇の花束を抱えていた事に驚いたからだ。

「 キザな事を…しやがる。あの薔薇の花束の意味は一体何なんだ?」
 
「 数えて見ろよ、ジェット。多分、薔薇の花は…9本だ。その意味は…。」

  その薔薇の花の本数の意味が、グレートには分かっていた。
けれども、ジェットには何の事だかさっぱり分からなかった。

「 おい…!グレート!何なんだよ?教えろ!」

そうグレートに詰め寄りかけた時、アルベルトがジェットを制し、こう言った。

「 9本の薔薇の花束…。それは…゛いつも あなたを想って居ます…。もしくは ゛いつも一緒に居てください゛だ…。」

  アルベルトから意味を教えられ、ジェットは言葉を失い掛ける。そして、ジョーがそれほどまでにフランソワーズを想っていることを思い知らされ、愕然としてしまう。それと同時にジェットは
一抹の寂しさを感じずには居られなかった。
彼もまた、フランソワーズに惹かれていたからだ。

「 それほどまで、フランソワーズに惚れているとはな…」

  ふふふ…と笑いながらジェットは思う。ジョーとフランソワーズは見えない固い絆で結ばれており、到底 自分が入り込む隙間などないのだと。
 
   そうこうしてるうちに、ジョーがジェット達の傍に近寄って来た。
 ジョーに気づくとジェットはじろりとジョーを上から下まで見つめると、皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 「 …ったくよ、ジョー。到着するのが遅いと思っていたら、支度に手間取っていた様だな? それはそうと、フランソワーズには逢えたのか?」

 ジェットがそう、ジョーに尋ねた時、傍に居たグレートが首を横に振って苦笑いを浮かべた。

「 おいおい、ジェット…!野暮な事は聞きっこなしだぜ。」

   そんなやり取りをジェットとグレートがしている時、アルベルトはジョーにそっと尋ねた。

「 ジョー…。それで一体どうなった?」

先日、アルベルトはフランソワーズを呼び出し、ジョーの真意を彼女に伝えたものの、やはりその後の事が気になっていた。
もちろん、ジョーにはフランソワーズと話をしたことは話してはいない。
だからこそ、余計に二人の事を心配していたのだ。

「 フランソワーズに逢って話そう…そう思ったものの、逢う術もなく、途方に暮れてパリの街を歩いていた。そうしたらいつの間にか、このオペラ座の前に来ていたんだ。もしかしたら…と少しの間、立っていたら…
偶然にもフランソワーズに逢えたよ。ちょうど稽古場に向かっていた所だったみたいだ。」

「  偶然にか…。やはりお前達は見えない糸で結ばれている訳だな。
それで、どうした?」

  ジョーがフランソワーズに逢える事が出来たことを知り、アルベルトはそっと胸を撫で下ろす。
けれどもまだ安心は出来なかった。

  アルベルトのその問いに、ジョーはゆっくりと口を開いた。

「 とにかく、フランソワーズには僕の本当の気持ちを伝えた…。
そして、今夜、舞台を終えたら、アレクサンドル3世橋でまっていると…。」

 そうアルベルトに答えながら、ジョーはふと昨日の事を思い浮かべる。
あの時のフランソワーズの瞳は涙に滲んでいた。
その涙を思い出し、ジョーは思った。
二度と彼女に悲しい想いをさせまいと…。そして今度こそは必ず幸せにすると。

「 フランソワーズはきっと…来るさ…。」


アルベルトは必ずフランソワーズはジョーの待つ場所に来ると思った。そう信じたかった。







  ジョーとフランソワーズ…そしてジェロームとジョアンヌのそれぞれの想いが交錯する中、白鳥の湖の千秋楽の舞台は無事に幕を閉じた。
  王子とオデットは死によって、永遠に結ばれるという感動的なラストに、観客達は拍手喝采を送り、カーテンコールは実に20回近く行われ、成功の内に終わった。
  幕が降りた後も、フランソワーズはしばらく舞台の上に立ち、余韻に浸っていた。
そんなフランソワーズを仲間達がたちまち取り囲み、次々と彼女に賞賛の言葉を掛ける。

「 フランソワーズ、本当に素晴らしかったわ!
さすがは我がパリ・オペラ座バレエのエトワールね!」

「 あなたにはやっぱり敵わないわ。」

そんな言葉を掛けられ、フランソワーズは心から笑顔を見せる。
  するとジョアンヌが急に近寄って来たかと思うと、その輪の中に割って入り、フランソワーズの腕を引っ張った。

「 何してるの?フランソワーズ!こんな所でのんびりしている場合じゃないでしょう?
早く着替えて、あの場所に行かないとダメよ!」

 そう声を掛けるジョアンヌは切羽詰まった様子だった。一方のフランソワーズはジョアンヌにそう声を掛けられても何も答えようとはしない。
まだフランソワーズはどうして良いのか迷っていたのだ。ジョーの待つ場所に行くべきかどうか、躊躇っていた。
痺れを切らしたジョアンヌはフランソワーズの腕を掴んだかと思うと、そのまま楽屋まで行こうとした。
その時だった。 

「 フランソワーズ…。」

  フランソワーズとジョアンヌの後ろからジェロームが声を掛けた。
  その声に驚いた二人は思わず後ろを振り返った。

「 ジェローム…。」

そこに立っていたジェロームを、フランソワーズはただ見つめるしか出来なかった。
ジェロームにはまだ本当の事を伝えて居なかった。フランソワーズはジェロームが真実を知って居るとは知る由もなかったのだ。
  
「 フランソワーズ…。僕に遠慮することはない。
君を待っている彼の所に直ぐに行くんだ。」

  ジェロームの口から想像もつかなかった言葉が発せられた瞬間、フランソワーズもジョアンヌも驚きを隠せず、言葉を失ってしまった。
 ジェロームは何かを知っている…。しかし、どうして…。
  フランソワーズはその場に呆然と立ち尽くしてしまう…。

  そして時同じくして…。
パリ・オペラ座の大階段を降りて行く大勢の観客達の中に、ジョーの姿があった。
彼の胸中を去来する物は、ただフランソワーズへの熱く強い想いだけ…。
  パリ・オペラ座を後にするジョーを、グレート、ジェット、そしてアルベルトは、そっと見守っていた。

「 上手く決めろよ、ジョー…。」

ジェットは祈る様な気持ちでそっと呟いた…。



続く…