宮澤崇史オフィシャルブログ「BRAVO」Powered by Ameba
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2019 ロード世界選手権

イギリスはヨークシャーで行われたロード世界選手権。

寒さと雨が降る中、コースを短縮しての開催となった。

 

今年もスピードチャンネルにて、ロード世界選手権の解説をさせて頂きました。

 

スタートから集団は速いペースでライン区間を進む。

アタックがなかなか決まらない中、キンタナ、ブエルタの勝者ログリッチェ、

ジロの優勝者カラパスなど、普段はエースとして走る選手の逃げが決まり、

集団は最大でも4分台で逃げを容認。

そんな速いレースが進む中、前半はパンクが多かった。

エース級の選手達がパンクに見舞われながらも、集団へ戻っていく。

U23で失格になったエークホフの影響もあってか、チームカーの隊列にあまり居続けないで、

素早く車列をパスしていっているようにも見えた。

UCIの審判によってその判断は違うため、今回は気をつけているようだ。

 

レース序盤からもうひとつ気になったのは、

選手がウインドブレーカーを取りに行く回数が多かったこと。

雨が止むとジャージの前を開けて走る選手もいて、服選びが難しそうに感じた。

チームカーに戻しては、雨が降ってくるとまた取りに行く。

寒さとの戦いでもあるレースになっていることは一目瞭然だった。

選手によっては、ウエットスーツ生地のグローブを使っている選手もいれば、

半指グローブをつけている選手もいる。

ロード選手は意外と寒さへの耐性が低く、全く走れなくなってしまう選手もいる。

かくいう僕もその一人。

体がこわばり、僧帽筋が痛くなり、ガタガタいう歯が止まらなくなってきてしまう。

 

そんなレース、残り30kmを残してヴァンデルプールがアタックした。

ここについていけなかった選手は、いけなかったのだろう。

優勝候補の一人であるファンデルプールにとって、ゴールまでの距離は得意な距離。

そして、この雨の状態だと周回コースの下りとコーナーはほぼ同じスピードで集団と逃げグループが走るため、

差を埋めるには上り坂しかなく、上りでエース級が動いたらその動きを見極め、危ない場合は絶対に逃してはいけない。

 

残り1周でヴァンデルプールが失速。

トレンティン、モスコンの2名がいるイタリアが優位に見えるが、

モスコンがすでに体力の限界に達しているので、機関車役としてしか使えない。

キュング、ペデルセンは後ろとのタイム差を見ながらモスコンのスピードで進んでいく。

逃げ切りが決まった時、ダビデ・カッサーニ監督が

「後ろの集団は終わった。このレースはお前達のレースだ!」と叫んだ。

 

トレンティンにとっては最大のライバル・ファンデルプールがいなくなった今、

ペデルセンを抑えればキュングのアタックを警戒するだけで勝つ可能性が高い。

残り距離を残してキュングは表彰台を狙っているかのような走りで、

置き去りにしたモスコンに追いつかれない様にペースをあげていた。

それでも上りでは他の2名を置き去りにするかのようにペースを上げるも、

後輪からトレンティンが離れることはなかった。

ペデルセンは、独走力があるためキュング以上にアタックを警戒しなければならない。

モスコンが遅れたことで、追いついてくるのを待つという大義ができたトレンティンは

他の2名よりも先頭で引く時間が短い。

その分ライバルのアタックを警戒しながら進めることができた。

 

残り500m牽制が始まり、ゆっくりとしたペースで進んでいく。

高速でのスプリントと違い、加速してトップスピードに上げるためには

60mから100mの距離を必要とするスロースプリント。

加速のコツは後半に向けて上げていくこと。

トップスピードを維持してしまうと、後ろにつかれて抜かれる率が上がるので、

最高速あたりでの駆け引きをできる余裕を持てると、

相手の加速に合わせてスピードの上下させれば対応できる。

しかし、世界選手権最後のスプリント駆け出しこそ勢いよく踏んだトレンティンだったが、

もう2回くらい加速していかなければならない所で止まってしまった。

ゴール後ペデルセンのインタビューにあった「足の痛みが消えた」とは正反対に、

足が鉛のように重くなったトレンティンが2位、3位にはキュングが入った。

 

ペデルセンは直前のGPイズベルグに優勝してはいるが、

周回コースはクリテリウムのようなコース。

世界選手権に活躍できるだけの要素が少ないが、この日も雨の中の勝利だった。

北欧の選手は寒さに強い特性があるが、全ての選手に当てはまるわけではない。

しかし、今年の世界選手権の寒さは尋常ではなかった。

コンディションは勿論のこと、コースの特性、天候といった3つの要素を

味方につけられた選手が残ったレースになった。

マッズ・ペデルセン思いきりの良い特徴のある走りが、

このチャンスを機会に更に強さを増すことを期待したい。

 

 

瀬戸内アートライド

 

 

 

自転車によるアートとは

 

僕は、自転車はアートだと思っています。

 

このアートとは、今後10年先にも同じようにアートと感じることであり、永遠に続くもののような気がします。

 

あなたは3年前に参加したイベントを覚えていますか?

 

その記憶は鮮明でしょうか。

 

このアートライドは、あなたの人生で忘れられない記憶として残る自転車+アートの体験となるでしょう。

 

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【瀬戸内アートライド】

安藤忠雄のアイコニックな建築で、世界中から注目を浴びるスモールラグジュアリーホテル、「瀬戸内リトリート青凪」(愛媛県松山市)。
かつては美術館だったこの場所を、三日間だけ再びアート空間に戻してこの秋、「瀬戸内リトリート青凪 文化音楽芸術祭」が開催されます。
そのコンテンツの一つとして企画された「瀬戸内アートライド」は、自転車を一つの文化と捉えて音楽や絵画と並列に位置付けます。
松山のアートスポットと美しい自然を織り交ぜたライドの後は、芸術祭にジョイン。
音楽ライブ、トークショー、映像、絵画、写真など多様なコンテンツを体験しながら、シャンパーニュ片手に自転車について語らい、アートについて語らい、洗練された大人の社交場を一緒に遊び尽くしましょう。

このミスティックなホテルに足を踏み入れること自体が貴重な体験であり、通常は1万円/ 1hで宿泊客のみが利用できるプライベートプールも、この日は「アートプール」として公開されます。
ジャージを水着に着替えて飛び込もう。

またライドには、自転車を主題にした作品で知られるフォトグラファー・丹野篤史氏が帯同し、ライド中の撮影を行います。

スタート地点は、日本最古の湯として名高い「道後温泉」。
この機会に前後泊して道後温泉もついでに観光してはいかがでしょうか。

瀬戸内アートライド概要:

開催日:2019年10月13日(日)
参加費:15,000円(税込)
参加費に含まれるもの:ライド料、ライド中のドリンク、昼食、スイーツ、「瀬戸内リトリート青凪 文化音楽芸術祭」入場料、夕食(ビュッフェ式)、ドリンク、道後温泉までの帰りの送迎

当日のスケジュール(予定)
08h30 道後温泉集合
09h00 ライドスタート
15h00 瀬戸内リトリート青凪到着
15h00-17h00 シャワー・プール遊び・着替え
17h00- 20h00 ライド打ち上げ乾杯、丹野氏の写真上映会、夕食
20h00-22h00 気ままに館内でお過ごし頂けます。
※ 帰りはご希望の時間を伺い、道後温泉までお送り致します。
 

お申込みはこちらから:
https://setouchi-aonagi.com/art-festival/

…………….

<瀬戸内リトリート青凪について>

安藤忠雄建築のホテルとして世界中から注目されるスモール・ラグジュアリーホテル、「瀬戸内リトリート青凪」。
かつて「エリエール美術館」として使用されていた建物は、大王製紙がゲストをもてなすために贅を尽くして造り上げたものだ。
総床面積3500㎡という広大な面積に対し、客室はたったの7部屋。
すべてが100㎡以上のスイートルームであり、世界中の雑誌が取り上げたシグニチャールームの「THE AONAGI スイート」に至っては天井高8m、面積170㎡の広さを誇る。
家具や色彩は最小限に抑えられており、そこにはただ空間と、大きく取られたガラス窓の外に広がる美しい景色があるだけ。
ミニマルにしてクレイジーな建築なのである。

失敗はしてもいい

「失敗はしてもいい」

 

なかなか言えない、この言葉。


特に今の若い選手を見ていると、親世代と話していても、

子どもの失敗をいかに少なくするかばかりを考えすぎて、

道を閉ざしていることに気づきます。

 

僕が子どもの時もそうでした。
 

親は僕の行動や選択に対して

「そうじゃない。もっと周りを見てごらん」

「そんなことしてる人いないでしょ?」

と言い続けました。
 

しかし、周りがそうしているからそれが正しいという理由に

同意することが出来ない自分が常にいて、

沢山の失敗をしてきました。


それらの全てをトータルでみると、

間違って失敗することはだんだん少なくなり、

親が経験したことのないことに対しては

自分で決められるようになりました。
 

この経験こそが、自分自身で人生を決定していくきっかけになったのです。

 

誰かにとっての失敗は、本当に自分に当てはまるのか?
 

そんな時に相談するべきは、

自分の考えを経験したことのありそうな人。
 

やってみるべきと思えば積極的に相談して、

どんどんやるべきだと思いながら進めていく。
そんな選択が、

自分の人生を切り開くきっかけになることもある、

と僕は思います。

世界一の勝ちに繋がるために

 

僕には世界を目指す日本人を応援したいという気持ちが、とても強くある。

そして、その選手たちがいつの日か世界最高峰のレースで活躍し、途中で挫折していった選手たちを乗り越えていくこと、多くの選手達が世界に挑戦することが当たり前になっている自転車界を夢見ている。

 

僕はサッカーはあまり普段見ることはないのだけど、W杯の予選や本戦になると結果が気になるし、観戦することも勿論ある。

普段はあまり興味がないことでも、試合の内容が変わると見たくなるというのは面白いと思う。

 

僕が居るロードレース業界、残念ながら日本の中で自転車の競技はマイナースポーツだ。

一昔前は見向きもされなかった自転車だが、ここ十年の自転車ブームもあって、街には自転車に乗る人を、それもロードレーサーに乗る人を多く見かけるようになった。

とても嬉しいことだし、多くの人に競技にも興味を持ってもらえるんじゃないか?とも初めは思った。

 

しかし、自転車に乗ることは気持ちがいいけど、レースをするわけではないし、それほど興味がないという人が多い。

いても、「ツール・ド・フランスは見たことがあるかな〜」という人たちが殆どだ。

 

これはまさに、「公園で子ども達がサッカーをしているのを見るとワクワクして一緒にやってみたくなるけれど、Jリーグの試合を観に行くわけではないんだよね。ワールドカップは見るけど」

という、僕のサッカーに対するスタンスと同じ心理状態に似ている。

 

Jリーグは観ないけど、海外に出て行った日本人がイタリアやフランスで活躍すると観ていた自分を思い出す。

この二つの試合は何が違うのだろうか?

 

日本で活躍するJリーグとW杯の予選では何が違うのか?

それは、世界一になる試合か、日本一になる試合か。

という大きな違いがあることに気がつく。

 

ロードレースを知らない人から、「沖縄の選手(新城幸也)有名ですよね、なんかツール・ド・フランスとか聞いたことがある」

と言われることがある。

 

今年の全日本選手権で勝った入部選手は日本を中心に活躍している選手だが、ロードレースを知らない人には全く無名の存在だろう。

 

この二人の違いは、世界一位になるレースに参加したか、していないか。でしかない。

 

日本では、世界レベルのレースが一つだけ行われている。

「Jプロツアー」(以下 JPT)という実業団レースだ。

4年前、選手を引退して日本のレース界に戻った時、日本のレース界をなんとか世界に繋げることができないかと考えた。

そして、日本で世界のレベルで走れるレースは、JPTの、しかもそれを走るジュニア(17才〜18才)のレースだということに気がついた。

それは、僕がジュニアだった時代の境遇と重なっているからだった。

 

初めのうち、関係者は皆「何言ってるんだ?」という反応だったが、2019年からジュニアの日本代表チームがJPTを走り始めて、状況は一変した。

 

ジュニア選手が、日本のトップ選手と肩を並べて勝負をしている。

 

一つの問題として、いくつかのチームがフランスやイタリア、スペイン、ベルギーで別々に走っているが、次のステージ(世界のチームとの契約)に上りつめた選手は少なく、個人で世界のアマチュアチームと契約を結べている選手は数名しかいない、という現状がある。

こういったバラバラになっている世界を、一つにできないだろうか。

日本にも将来芽が出そうな選手はいるが、残念ながら絶対数が少ない。

正直、ヨーロッパのアマチュアチームで戦える戦力を持つ選手ですら数名だろう。

 

そんな中、今年は日本のジュニア選手がJPTのレースに出始めた。

日本トップの選手に混じり、ギア制限(ジュニアは軽いギアしか使えないので不利)がある中で、見事に結果を出し始めている。

 

東京オリンピックが決まった2013年、「今すぐ東京オリンピックに向けて動き始めないと間に合わない!」とブログで書いていたことをついこの前のように思い出す。

僕が言い続けてきたことが今、良い方向に向かっている状況になってきた。

オリンピック直前の2019年まで動けなかったのには理由があるだろうが、ようやくここまで来れたと感慨深い気持ちになった。

 

「今すぐ東京オリンピックに向けて動き始めないと間に合わない!」

の内容は、日本のチームが一つになる必要があるということだ。 

 

世界一になるためには、自分たちが出るレースが世界一に繋がっているか?という問いかけを常にする必要がある。

 

ジャパンカップに優勝しても、ツアー・オブ・ジャパンに優勝しても、世界一には繋がっていない(誤解を生まないために…ジャパンカップやツアー・オブ・ジャパンは意味がないという意味では決してない)。

 

ヨーロッパで活躍しているチームはあるし、そこをステップに世界に飛び出すことはできる。

 

日本のチームが一つになる構図には、3つのカテゴリーがある:

 

⑴ 頂点は一つのチームで、日本のトップ選手が世界で戦う精鋭揃いのチーム。

しかし、結果を出せない選手はセカンドチームへの降格もありえる。

 

⑵ 中間のチームも1つのチームで、アジアを中心に日本のレースも走る。

アジアでUCIポイントをとり、オリンピックや世界選手権に繋げるチーム。

結果次第ではトップチームに入り、世界で戦える。

 

⑶ 一番下のカテゴリーは、日本で今まで通り10数チームがしのぎを削り、有能な選手はセカンドチーム、飛び級でファーストチームにもジャンプアップできる選手たちがしのぎを削る。

 

この構図が描けると、今までドメスティックな、世界には到底繋がってない一番下のカテゴリーである日本のJPTが、世界一に繋がるレースに豹変する。

 

ファーストチームから先は選手個々が契約を取り、世界トップチームと契約ができるよう結果を出す。

 

ワクワクしないだろうか。

人はワクワクしたり、鳥肌が立つ瞬間の気持ちがとても大切だと僕は思っている。

それは、世界一に繋がっている、という興奮だ。

 

僕が常に上に上がるために、こうなりたい!世界につながりたい!と願って行動してきたことが、ここに繋がっている。

 

なかなか伝えられなかったことだが、これからは言葉にしてこうして伝えていきたいと思っている。

 

長い長いブログを読んでいただき、ありがとう!

 

必ず、日本から世界一を目指す選手が溢れ出るような自転車界を作ります。

絆のペダルに思うこと

 

 

今晩、24時間テレビドラマスペシャル「絆のペダル」がいよいよ放映されます。

 

このドラマには、「絆」というテーマと並んで「自分が夢中なったものを、誰よりも自分が信じて突き進もう」というメッセージが込められています。

そんな内容を感じてご覧頂ければ幸いです。

 

さて。

昨今ニュースを見ていると、誰かの不幸を伝える情報が多く、ネットでもクリック数の多いニュースは闇営業や炎上ニュースが目に入ることが多い。

 

公園を散歩していると、綺麗な木漏れ日を落としてくれる美しい樹に、「駐輪禁止」の看板がくくりつけられている。

街には禁止事項や規制看板が溢れ返り、なんだか気持ちが塞いでしまう。

 

ルール作りは必要だと思うけれど、それによって人々が自分自身で考えなくなることがとても残念だし、「必要なことだから!」と、景色や豊かさを壊していることに気づかなくなってさえいると思います。

 

ルール至上主義になり、「ルールを守らない奴は悪だ!」となってくると、ほんのちょっとでも逸脱した人を見つけると、その人が誰にも迷惑をかけていなかったとしても、叩いたりする。

 

何かに縛られる世の中が当たり前になり、ネガティヴな暗いニュースが当たり前に流れ、誰かの失敗を見るのが当たり前になっていると、そういった人の不幸を見たいと思ってしまう"病気"になってしまう。

 

テレビで放送される内容をみていると、視聴者が何を見ると反応するかがわかってきます。

 

こんな時代に、「自分の夢中になったものに、突き進んでみる!」というポジティブなメッセージ性をもったドラマの主人公になれたことを非常に幸せに思います。

 

互いに足を引っ張り合うような世の中よりも、皆で手をとりあって何かを目指す社会の方がずっと幸せだし、それって、ロードレースそのものだから。

 

人は、明るい話題が多くなると、暗い話題に目がいかなくなっていきます。

それは皆がポジティブに生きたいと思っているからに他ならないから。

 

僕たちのようなスポーツ選手にはそういった、周りをポジティブにできる力があると思うし、僕らがそれを積極的に発信していかなければならない。

 

そして、多くのことに挑戦する若者の後押ができる大人がもっともっと増えていって欲しいと思います。

 

だってスポーツって、応援しているチームや選手が成長すると嬉しいじゃないですか。

 

そんなメッセージがこもった作品「絆のペダル」、是非ご覧ください。

 

 

 

 

 

「絆のペダル」撮影現場へ

ドラマ「絆のペダル」クランクアップの日、生田スタジオを訪問させて頂きました。

 

このドラマの制作に関しては僕自身は本当に何もしてなくて、素晴らしい作品になったとすれば(まだ拝見していませんが、確信しています)それはただただ脚本家の松田裕子さん、制作スタッフのみなさん、キャストのみなさんのドラマに賭ける深い想いと情熱の賜物です。

 

相葉雅紀さん、薬師丸ひろ子さん、酒井若菜さん、ありがとうございました。

素晴らしいドラマを創り上げてくださった撮影現場のみなさん、多くの関係者の皆様に感謝してます。ありがとうございました。

 

このドラマを観てくれた子ども達が、夢を夢のままで終わらせず、好きなことに片っ端からチャレンジし、失敗してもどんどん繰り返し繰り返しチャレンジするようになってくれれば、こんな嬉しいことはありません。

 

また

 

夢は、今の自分を乗り越えるためにある

 

ということを感じ取ってくれたらと願います。

 

だって

 

人はみなそれぞれの夢を掴むために、小さい挑戦でも今こうして挑戦し、成功し、失敗し、という毎日を繰り返しているはずだから。

 

未来の自分を描く夢を、一人でも多くの子ども達に見てもらえたらと思います。

 

https://mainichi.jp/articles/20190819/dyo/00m/200/029000c

 

 

「絆のペダル」関連番組のお知らせ

「絆のペダル」番宣のお知らせです。

 

- 8月18日(日)13:15~14:15  
「24時間テレビいよいよ来週」

 

- 8月20日(火)20:54〜21:00 
「24時間テレビ42まであと少し! 直前みどころ公開SP⑴」

 

- 8月21日 24:54〜25:04
「24時間テレビ42まであと少し!カウントダウン(8)」

 

- 8月24日(土)15:30〜17:00
「24時間テレビ42 直前生放送SP」

 

新しい予告編もご覧ください↓

https://youtu.be/SRoLWXYy5BA

 

マイバイク

久しぶりに自転車を購入しました。

最後に自転車を購入したのは、、、、

何年前だっけ。。。

 

引退する一年ほど前だから、2013年ですね。

あの時はamandaの自転車にめちゃくちゃ興味あって。

というのも、やっぱり千葉さんの独自理論は

身をもって体験しないとわからないと思ったから。

 

 

そして、出来上がったバイクはこちらの要望通り。

当時はSAXO BANKだったのでスペシャライズドに乗っていたけれど

まだまだ完成度上げられるな〜

と思って、軽さ以外の全てをアップグレード。

 

・具体的には、スピードが上がってきても自転車を横に振れる

・踏んだ時のフレームの戻り感(バネ感)を具体的に説明

・上りでもダンシングする事が多いので、高速ダンシングとは違った戻り感

 

まぁ、重量は犠牲にしても乗り心地の方を選んだので

(と言っても400gくらいしか変わらなかった)

足がなくなった後、超勾配のキツイ上りに行かなければ

気づかない程度だったから大変満足した。

 

 

そしてそれから数年が経ち。

今の自転車ってあの頃から比べると、

だいぶ自分のamanda号に乗り味が近づいたな〜という印象。

 

誤解のないように。

自慢したいわけではなくて、

選手たちが求めるものとか、

世の中のライダーがある意味同じように

ストレスを感じていたんだな〜と思った次第です。

それからずっと乗っていたが、フレームに傷が入り、割れてしまい、、、

修復したのだけど、「ちょっと危ないかも」という事で、

6年間ありがとう!とamanda号は街乗り自転車にすることにした。

 

 

で。

今回、5月にオーダーを入れたマイバイクがそろそろ出来上がり始める。

という事で、色決め。

難しいわ。。。。

ホント、何もないところにデザインするって

自分にはあまり持ち合わせてない才能なので

お・ま・か・せ

ということになった。

ベースの色だけ決め、あと1〜2ヶ月くらい待てば到着するかな〜。

 

なかでもこの待つ時間って、一番ワクワクする時間で

例えばamazonさんのプライムはとても便利なんだけど、

個人的には思い入れがあるものを手にするまでの時間は、

焦らされた方が好きだったりする。

 

さて、自転車が到着したらどうしてくれよう。

パーツをひとつひとつ集め始めるか

最低限お気に入りのカンパニョーロと

手元にあるパーツで組んで乗り始めるか。。。。

 

ああ

こういうのを楽しんでいる自分を客観的に見ると、

自転車好きなんだな〜と思う。

 

ああ楽しい!

 

ちゃんちゃん。

 

バランスよく筋肉を使う

 

バランスよく筋肉を使う

 

というと

身体全体の筋肉をバランスよく使おう

という意味に聞こえる

それは間違ってはいないのだけど

筋肉を使っている頻度やその人の能力にもよる

 

選手時代、春先のレースで

まだ身体にレースの準備ができてないとき

マッサージャーに

「筋肉にまだレースの準備ができていない!」

と言われたことがある

レースの準備ができていない筋肉とは?

なかなか想像がつかない人の方が多いと思うが

経験のある選手ならばこの意味がわかるだろう

 

準備のできていない筋肉の特徴として次のことが挙げられる:

 

1 張りの強い筋肉と、張りの弱い筋肉がバラバラに点在する

2 表面だけ張りがあるが、内部がスカスカする

3 選手の主観で走り始めは調子が良いが、中盤から後半で思ったように足が動かない

 

などがある

 

先日マッサージャーと話をしていて

「筋細胞が起きている部分と起きていない分がある」

という話題になった

そう、例えばオフ明けのトレーニングで

ゆっくりとロングディスタンスを走ることが多いが

シーズンに入るにつれ、高強度のトレーニングを取り入れる

このゆっくり走るトレーニングの時間に筋細胞が起きるか?

というところが、トップ選手と一般ライダーには大きな差がある

 

強い選手が怪我の後にみるみる走れるようになるケースはよく目にする

あっという間にコンディションを作り

レースで擦り合わせながら早い段階でレースで結果を出してしまう

しかし、一般ライダーにはこの細胞がバランスよく起きるという点で

意外と膨大な時間がかかる

若い選手も同じく

いわゆるギリギリのペースで

身体を早く作りたい気持ちを押さえつけて

じっくりと身体の細胞を起こす作業

というのが大切なことがわかる

 

それをすっ飛ばすと、例えば

外側広筋が物凄く張る

肩が痛い

脹脛が攣る

 

などの症状が起きやすくなる

 

じっくりと走る時間というのはシーズン中も継続するが

その時に何気なく走るのではなく

身体をバランスよく使う意識

そしてケアの時にマッサージャーと対話することで

自分の状態を作り上げていくことを可能にする

特にレースで結果を求める選手ならば

急がず慌てず身体の反応を感じながら

コンディショニングすることが

自分を積み上げていくことになるのだ

 

 

 

小さな成功体験を増やし続ける

 

やってみたいという気持ち

この気持ちが生まれた瞬間、未来への時間が始まる

 

その願望は、とにかく端からやり始めることで

たまたま小さな成功を得る瞬間がある

 

僕は自転車に未来を見たわけだが

その中で小さな成功はたくさん たくさんあったものの

本当に小さな成功体験しかない

 

高校生の時は、ロードレースで全国大会でも30位程度が限界

そしてシクロクロスというクロスカントリーのレースで

たまたま出場選手が少なかったから世界選手権に日本代表で選ばれた

ただ、最低限の力は持っていた

当時、世界選手権には完走できる程度の選手しか連れて行かない

そんな条件の中でなんとか完走できる程度の力があり

出場の機会を得た

結果1位から2分半遅れの22位だったが

過去最高位でゴールをした

この小さな成功体験が

僕の将来への大いなる勘違いを産んだのだ

 

なんとかなるんじゃないか!!と

 

そして世界との差は2分半

これが宮澤崇史の世界との差

宮澤崇史の、自転車の世界での順位だった

この時初めて、世界で自分は何番なの?

ということを意識し

それ以外の評価は無意味だということに気がついた

僕の戦うべき場所は世界なのだと

はっきり自覚した瞬間だった

 

25才まで給料はアルバイト以下の収入しかなかった

ただ、ヨーロッパで走ることで

お金には代えられない経験を手に入れることができる

何よりも自分の将来像に近づける

何にも代えられない何かが手に入ると確信していた

 

僕が若い人たちに話をするとき、具体的な話はしない。

必ず訊かれるのは、何をしたらいいですか?

という言葉だ

 

何をしたらいいかわかったら 世の中の殆どの人が成功している

世の中には多くの情報があるので

ちょっとググったらいくらでもトレーニング理論は出てくる

ただ一つ言えることは

自分が強くなるためのパターンを

自分自身で作れない選手は絶対に成功しないだろう

だからこそ、選手ひとりひとりが小さな成功を自分自身で作り出し

それが次の成功体験に繋がるためには何が必要なんだろうと考え

それまでの失敗体験を盛り込まないように

成功の上塗りをする

そんな小さな小さな体験の積み重ねが

未来へと繋がっていく

 

僕が体験した大きなターニングポイントは

強くなるか、それとも身体が壊れるかの限界に挑戦してみよう

と思いついた時だった

25才の時だった

年齢がとても重要で

これを10代の時にやっては本当に身体が壊れてしまう

25才だったからこそできたことでもある

今思い出してみると

22〜24才の時に感じていたらまた違っただろうなと思う

逆に20才の時に挑戦していたら

身体が悲鳴をあげて選手として壊れていただろう

 

どんなスポーツも先人がいて

そんな人にヒントを求める選手たちは絶えない

しかし、自分の形を作った選手たちだけが

そして、小さな成功体験を増やし続けた選手だけが

未来へと繋げていける

これからの選手たちも

そんな小さな成功体験を今後もどんどん増やしていって

未来へとつなげていってほしい

それは、誰もが経験できるわけではない

その人ならではの成功体験だから

 

 

 

 

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