国防としての医療政策 | 宮沢たかひと Powered by Ameba

■ 明らかとなった日本医療の問題点

 

この度のコロナ禍で、日本の医療体制が有事に対応できないことがわかりました。戦後維持してきた皆保険制度は世界に誇っていい医療政策であるとは思いますが、新型コロナ感染症パンデミックには対応できませんでした。日本は人口当たりの病床数が他国に比較して多く、コロナ感染者数が圧倒的に多い欧米よりも病床のひっ迫度は低いのに、なぜ医療崩壊の危機が叫ばれているのでしょうか?

現在、医療崩壊が心配されているのは、コロナ感染患者が集中する公的病院です。現状では、一部の公的医療機関が集中的にコロナ感染患者を受け入れており、その医療機関内で最高まで病床を増やしても、外部から医療従事者を派遣するシステムはないため、内部の人員でやりくりするしかなく、医療スタッフがこなせる業務量と負担は限界に達しています。さらに死亡率の高い感染症パンデミックであったとしたら、日本の医療は英国のように「制御不能」になることでしょう。

 

日本医療界の構造的な特色として、民間病院やクリニックが全医療機関の約8割を占め、コロナ感染患者の受け入れはこれらの医療機関の約1割にとどまっています。民間の一般病院が感染患者を引き受けクラスターが起これば1カ月前後は閉院せざるを得ず、その期間収入はゼロになり、従業員も雇用できなくなります。患者を受け入れている医療機関に手厚い財政支援をすればいいという話になりますが、患者の減少や閉院による損失を補てんするものではないので、コロナ感染患者を引き受けることを躊躇するのは当然かもしれません。この1年間、他国に比較してPCR検査の普及が遅れたのもこの辺に理由があったと思われます。

 

日本の医療法では、民間病院やクリニックは診療科の標榜を自由に選択でき、感染症患者を受け入れる義務はありません。感染症パンデミックに際し、病院に対する監督権限のある都道府県は公立病院に対しては指示命令できますが、日本の医療機関の約8割を占める民間病院やクリニックに対しては協力を要請するのが限度であり、行政介入の余地が小さいことがネックになっています。政府のコロナ政策の問題点は、「必要なところにタイミングよく医療資源を投入し、長期戦に備えるというロジスティックス(兵站)の発想の欠如にあり、戦前の日本軍の失敗と同じだ」という論調もあります。

 

日本医師会の会長は、感染者数を減らすために会食での飲食を控えステイホームする行動変容を国民に盛んに促しています。この主張は当然のこととして、私が懸念するのは 「医療崩壊を防ぐために、厚生労働省を含めた日本医療界は果たして行動変容あるいは思考変容しているのだろうか?」 という点です。

 

■■ 対策

 

私が考えうる対策を以下に列挙します。既に実施済みの案、ピントのずれた非現実的な案があるかもしれませんが、思考実験としてご容赦ください。

 

●まずは、国家的危機であるのに臨時国会を開催しようともせず、後手に回る場当たり的対応に終始する現政府の危機感の無さが最も問題です。コロナ禍に改善の兆しが見えない状況下で臨時国会を開催せず法律改正の審議に入ろうともしないのは、日本国を患者に例えるなら頭蓋内出血で死が迫っているのに脳外科医が何となく患者を放置しているようなものです。通年国会とまでは言いませんが、災害とも言える状況下くらいは、年末年始でも、連休中でも、臨時国会を開いて審議すべきです。それこそが本来の「働く内閣」ではないでしょうか。

●各都道府県単位で地方自治体関係者、保健所、医師会、病院長等が集って協議し、公的病院、民間病院、クリニックそれぞれの役割分担を明確にし、その地域に存在する医療資源を効率よく活用できるようにする。例えば、重症患者は公的病院で専門医と専門スタッフが診療し、中等症の患者は民間の一般病院で診療し悪化時は公的病院に搬送できるような体制をつくる。重症化し死亡する患者を減らすために、中等症の患者の扱いは重要。

●崩壊しつつある保健所への人員サポート。

●軽症や無症状の患者は、民間のクリニックで頻繁にフォローし、悪化時にはさらに上位の医療機関に紹介搬送する。

●公的病院がしばらくの間感染症診療に忙殺される間は、一般の救急患者はその他の民間病院で積極的に受け入れる。

●なかなか検査件数が増えないことが問題となっているPCR検査・抗原検査は、発熱患者が訪れそうなすべてのクリニックで可能となるよう医師会が中心となって体制を整える。

●PCR検査・抗原検査の結果はすべて各地域の一つの解析機関に報告されるようにして、年齢・重症度・地域・職業・位置情報・活動範囲などを交えて解析し、人々をグループ化し、社会活動の制限レベルを決定するための科学的判断データとする。

●コロナ感染患者診療病院への専門医や看護師の派遣については、まずは地域内で手配できるような仕組みを構築し、それでも人手が足りないようであれば、県や厚労省が要請以上の指示を出せるような法整備を行う。

●従来の診療報酬制度は、今回のような危機的状況を想定していない。元々医療職は感染症等のリスクを伴う仕事だが、職務のリスクや激務の程度に応じて医療従事者や医療機関への報酬を増減できるような診療報酬制度が必要。

●医療崩壊し、医療現場でトリアージせざるを得ない状況が予想されるので、医療倫理や哲学の専門家を交えて、国会でトリアージの基準を制定し、全国の医療現場に周知する。

 

■■■ 国防としての医療政策

 

世界の安全保障の分野では「非伝統的安全保障」という概念があります。国家の危機に際して軍事力を用いる伝統的安全保障に対して、感染症パンデミック・気候変動・テロリズム・貧困・金融危機等の非軍事的な脅威に対して政治・経済・社会的側面から対処することによって国の平和と安定を確保するというものです。その中で、医療は重要なプレーヤーです。

 

この度の新型コロナ感染症パンデミックを鑑み、私は日本の医師と看護師のあり方を教育の段階から根本的に変えるべきであると思います。すなわち、学生時代の感染症教育をもっと手厚くするのは当然として、卒業後は2年間ほど救急診療、感染症診療、産婦人科診療、脳神経外科診療、循環器内科診療等、「命」にかかわる診療科での研修を必須とします。あるいは、これらの診療経験を十分に積んだ医師は通常の医師国家資格とは別にライセンスを与え、社会的および報酬的に特別扱いにしてもいいと思います。このような教育体制にすれば、飛行機内の緊急医療事態等、あらゆる事態に対応できる医師や看護師が生まれます。同時に、ベテランの医師や看護師にも、数年に一回程度「安全保障にかかわる医療」について講習会を義務付ければ、日本医療の危機対応力は盤石です。

 

先に、防衛医科大学校について述べましたが、災害や細菌兵器・化学兵器などに対応できる医師は本校で養成し、全国の自衛隊関連病院や診療所に配置し、いつでも出動できるようにしておけばこれほど心強いことはありません。また、それぞれの地域でこれらの防衛医科大学校出身の医師による講習会を定期的に開催していれば、その地域の危機対応力は著しく向上するでしょう。

コロナ禍での防衛医科大学校 考 | 宮沢たかひと Powered by Ameba (ameblo.jp)

 

さらに、医療従事者の中には薬剤師、検査技師、放射線技師などがおり、有事には彼らのマンパワーも頼りになります。彼らにも、採血や注射などの基本的手技を学生時代に教授し、有事には現場で医師や看護師を補助する立場として働けるようにするというのはどうでしょうか?

 

■■■■ おわりに

 

新型コロナ感染症パンデミックでは当初から医療と経済のバランス調整の難しさが謳われ、接触制限や移動制限により人々の正常な日常生活や催しは制限され、人間としての生き様に影響を与え、経済活性と税収は減少し、社会構造まで変わりつつあります。その結果、ストレスがたまり、自殺率がじわじわと上がっています。

 

新型コロナ感染症患者をゼロにすることは現時点では不可能である一方、永遠に社会をロックダウンできるはずもなく、感染症との闘いは未来永劫続きます。故に、人々の社会活動をある程度許容できるレベルで感染症をコントロールしつつ社会生活を維持できる術を早期に把握しながら、同時進行でワクチンや治療薬の開発を進めるしかありません。そのための医療改革は、焦眉の急です。

司令塔である政府・厚生労働省の行動変容と思考変容、国民に対して指導力と説得力のある政治リーダーを、切に望みます。

 

 

【参考】

病床の多い日本でなぜ「医療崩壊」が起きるのか | 新型コロナ、長期戦の混沌 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 (toyokeizai.net) 井艸 恵美 :東洋経済 記者/石阪 友貴 :東洋経済 記者

基幹病院で医療崩壊の真相 勤務医たちから聞こえてくる医師会への本音(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

日本の医療崩壊の本当の原因――なぜ、医師は仲間を助けないのか(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース