2682.登場人物に対する孔子の評価(170)孟之反、伐らず | 論語ブログ

論語ブログ

ブログの説明を入力します。

登場人物に対する孔子の評価(170)孟之反、伐らず

 

子曰わく、孟之反(もうしはん)、伐(ほこ)らず。奔(はし)りて殿(でん)す。将(まさ)に門に入らんとして、其の馬に策(むちう)ちて曰わく、敢(あえ)えて後(おく)るるに非(あら)ざるなり。馬進(すす)まざるなり。

   雍也第六 仮名論語727行目です。

   伊與田覺先生の解釈です。

先師が言われた。「孟之反(魯の大夫)は自ら功をほこらない人だ。戦に負けて逃げ帰った時、味方を守ってしんがりをつとめた。いよいよ門に入ろうとして馬にむち打って言った。「殊更に後れたのではない。馬が進まなかったのだ」

 

孟之反は孟孫氏の一族のようですが、系図のどこに入るかはわかりません。姓は孟、名は側(そく)、字を之反(しはん)と言います。

その名前は「春秋左氏伝」の哀公十一年に見られます。

この年、斉が魯に攻め込んで来た時に季孫氏に仕えていた冉有や樊遅(はんち)といった孔子の弟子たちが主となって戦いましたが、孟孫氏や叔孫氏は最初は季孫氏に協力する事を渋っていましたが、結局戦いに参加する事になり、孟之反も泗水(しすい)で斉の家老である陳氏の軍と戦いました。しかし、戦いに敗れてしまったのです。斉が魯に攻め込み、都にまで追ってきました。魯軍は激しく戦いましたがついに敗れ、城内に退いたのです。

この時、孟之反が殿(しんがり)となって引き揚げました。軍が敗走する時、敗軍の最後の集団は、迫ってくる敵と戦いつつ時間をかせいで、味方を早く逃げさせ、かつ自分たちも逃走する事になります。この集団が殿軍(しんがりぐん)です。よほどの力量がないと殿軍の長は務まりません。彼は見事にこれを勤め上げ、しかもその功を誇りませんでした。

「伐」は誇る。「奔」は戦いに敗れて退くこと。「殿」はしんがり。敗軍に当たって一番後ろで敵の追撃から味方を守る役割。「策」は鞭を加えること。

「子曰わく、孟之反、伐らず」・・・孟之反(魯の大夫)は自ら功をほこらない人だ。「奔りて殿す」・・・戦に負けて逃げ帰った時、味方を守ってしんがりをつとめました。「将に門に入らんとして、其の馬に策ちて曰わく」・・・安全な陣地にたどり着き、いよいよ門に入ろうとして馬にむち打って言いました。「敢えて後るるに非ざるなり。馬進まざるなり」・・・わざわざ後へ下がり、殿を務めようとしたわけではありません。ただ私の馬がひ弱で、馬が進まなかっただけだ。と、馬を鞭でたたいて見せたのです。

手柄を誇り、目立ちたがる人間が多いなかで、孟之反は異色の人ですね。

この章は、孔子が自分の功績を誇らない謙虚な人物であることを、称賛した章です。自分の功労を誇らないという章句です。逆に言えば自分の功労を誇る人間の多さ、そこに疑問を持たないことに孔子がひと言忠言した章句だと思います。

孔子の生きた春秋時代は常に戦が身近にあったことを考えると、特に戦で功績を立てそれを皆に周知することは生活のためには当然のことだったと思います。しかし政治や学びの場において自分の功績を声高に誇る行為が孔子の目に余ったのでしょう。

孟之反の人物評価でもなく、誰か特定の人物に対して伝えたのではないこの章句は、常に安寧として仁の中に身を置くことを君子の条件としていた孔子にとって、特に弟子たちを諌める逸話として、度々紹介されていたのかも知れませんね。

渋沢栄一は次のような文章を残しています。

兎角常人は、軍の進む時には殿となって成るべく後れたがり、又軍の退く時には成るべく前鋒となって早く逃れんとしたがるもので、退軍に当って殿となり、進軍に当って先鋒たるは常人の難しとする処である。されば兵法では、引揚げ方の上手な人を名将として居るが、魯の大夫孟之反は哀公の十一年に斉と戦って魯軍が大敗し、引揚げて逃げ還らんとするに際し、自ら其の殿となり、能く追撃軍を捍ぎ、全軍を衛って無事に退却するを得せしめたのであるから、非凡の名将と称して差支無いのである。然るに、この人は元来非常な謙遜家であつたので、毫も自分の才能功績を誇ろうとはせず、魯都の城門に入らんとするに当り、俄に馬の尻に鞭を当て「私が強ひて後れて殿をしたのでは無い。馬が疲労して進まなかつたので遅れたのだ」と、殊更に申したといふ事を孔夫子が聞き伝へられて、孟之反の斯く沈勇に富んだ謙遜の態度を称讃せられたのが茲に掲げた章句である。

兵法に於いて引揚を上手にやる大将が名将で、真の勇者であるとせられる如く、事業界に於いても亦、損勘定を精細に取り賄って、後始末をチヤンと付け得られるやうな人で無いと、真の事業家であるとは謂へず、又斯る人で無いと決して事業に成功するものでも無いのである。私は平素常に這的意見を以て事業に当り、及ばずながら事業界に於いては奔りて殿をする底の心懸けを以て、今日に至った積りである。

総じて事業を起すに当つては、最初が大切なもので、拙速を尊ぶ事は宜しく無い。甚だ危険なものだ。仮令、着手が少しばかり遅れても関はぬから、充分綿密に調査もしたり、稽へもしたりした上でこれなら間違いは無かろうという処で漸く着手し、丹精して事に当りさえすれば大抵の事業は成し遂げ得られ、大過無きに庶幾きを得るものだ。然し、それでも世の中には不時の出来事といふものがあって、最初には思いも附かなかつた意外な故障を突発し、事業の進捗に障害を与へたり、又当事者の方にも不行届の点などがあって、事業が予定通り旨く進行せず、損失を招くに至る場合が無いでも無い。斯る際に奔りて殿し、損勘定を精細にして始末を旨く付け得られる人が真の事業家といふもので、斯る人は仮令その事業で失敗しても、結局、成功者に成り得られるものである。

と。

 

つづく

                                                                                           宮 武 清 寛

                                                                                             論語普及会 

論語普及会 TOPこんにちは、論語普及会です。

論語は、生きるヒントの宝箱です。

rongo-fukyukai.jp

会員募集中です。