心の病い! | 覚醒のひかり

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縄文時代にゆるゆる瞑想をしていた、シャンタンこと宮井陸郎(1940.3.13-2022.3.17)のブログ
【地球は国境のない、一つのうつくしい平和な星です】
【いまここをトータルに生きる】
いろんな人の言の葉を、分かち合いたいと思いまあああああああす!
(貫井笑店)

【もし、師自身があなたの選択になったら、彼が障害物になってしまう】




真実を見たいと願うなら
いいとか、駄目だとかの意見を
持たぬことだ。
好きと嫌いの葛藤、
これが心の病いだ。

これこそがマインドの病いだ。
何が好きで何が嫌い、
賛成と反対、
なぜマインドは
分割されるのだろうか。
どうして一体ではいられないのか。
あなた達はそうでありたいと望む、
一体でありたいと願う。

だが、
あなた達は、その分割に、
選り好みに、好き嫌いに、
水をやり続ける。

つい先日も
ある女性が来て、
「祝福して下さい。
あなたの祝福がいただきたいのです」
と、言った。

が、私には
彼女が不安そうで、
心配しているのが分かったので、
「どうしたのかね?」
と、尋ねた。
するとその女性は、
「実は私は、
既に他の方の得度を
受けているものですから」と言う。

葛藤があるのだ…
本人は私の祝福を望んでいる。
だがマインドは、
この人は自分の師ではない、
と言っていたのだ。
自分には師がいる。
どうすればいいか、
と言うわけだ。

私は彼女に、
両方とも捨てなさい、
と、言った。

もし、私が、
「前の導師は捨てて、
私を選びなさい」と言えば、
その方が楽だったかも知れない。
その方が楽だったろう。
それなら、
マインドが機能し続ける
ことができるからだ。

だが、
問題は同じままだったろう。
病いの名前は
変わったかも知れないが、
病いそのものは
同じだったろう。
また、どこかで、
同じ疑いが、
同じ動揺が、
持ち上がったに違いない。

だが私は、
「両方とも捨てなさい」と言う。
なぜなら、
師に到達できる唯一の道は、
自分の側にどんな選り好みも、
あの道かこの道かの
選択もないということだからだ。

あなたはただ来る…
空っぽで。

あなたはただ来る…
どんな意見も持たずに。

あなたはただ来る…
空っぽの受容器となって。

その時初めて、
人は師の元に来ることができる。

他に道はない。

そしてもしその師が
真理への扉になるようなら、
それはそうなる。
なぜなら、
それこそが準備、
それこそが得度だからだ。

師はあなたが
意見なしに、
無心になるのを
助けるためにいる。

もし、
師自身があなたの選択になったら、
彼が障害物になってしまう。

それでは、
あなたはまたもや
選択したことになる。

またもやマインドが
使われてしまった。
マインドは使えば使うほど、
強化され、強くなる。

【Oshoの言葉「信心銘」】



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