現在を救い給え
真の文明は山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし
田中正造
1841年12月15日 〜 1913年9月4日
当ブログを現在更新させていただいている貫井笑店の、み亭と申します。
2015年、シャンタンさんとご一緒させていただいた、私にとって最初の祈りのフィールドワークは渡瀬遊水池でした。
足尾鉱毒事件
日本最初の公害事件。
足尾銅山から鉱毒ガス、鉱毒水が川に流れ、魚が死に、農業が出来なくなりました。
渡良瀬遊水地建設で土地を追われた谷中村の皆さんは、その後も大変な苦労をなさいました。
以下、下野新聞より抜粋引用
移住を余儀なくされた村民たち。
近隣町村や県北、遠くは北海道へ新天地を求めたが、移住先によっては過酷な環境が待ち受けた。
「谷中上がり」と特別な目で見られることもあった。
命が尽きるまで粘り強く交渉を続けた田中正造さん。
正造さんの生前最後の言葉は
現在を救い給え
すべてはめいめいにつながり合っていて、たどっていくと自分は関係ないとは言えません。
その昔、散々、「私には関係ないもん」って言い続けた私が何を偉そうに、、、ではありますが、、、つながり合いに気づくのにずいぶんと遠回りしてしまいました
もっと早くに気づけたなら、、、
後悔をバネに今を動かします
毎日たくさんのゴミを出し続けている人間。
人間以外の存在は、すべて土に還り、死んだら他の生き物の役に立ちます。
私たちの身体は焼かれた後、金歯や銀歯などの成分を買い取る業者があるそうですが、その後の灰は一体どこに行くのだろう、、、。
全国各地の山々・海にあるゴミの最終処分場。
自治体で最終処分場を持っているところもありますが、平均23.5年で満タンになります。
山間地帯で最終処分場を運営している民間企業があります。
私たちが、いつかどこかで出したゴミは、巡り巡って山や海に捨てられています。
建設残土を受け入れる産廃業者が山を買って処分地にしようとしています。
メガソーラーも建設されています。
災害の度に、たくさんの廃棄物が生み出されます。
林業が衰退して、山の値段が下がっています。
水源地の今後が危ぶまれています。
田中正造さんが亡くなってから現在まで
110年以上の時が過ぎました。
あの頃よりも相当荒れ果てたこの日本。
美味しいお水は山から生まれ、川を流れ、海へと注いでいます。
水が美味しく、自然が豊かな日本と言われているけれど、果たして100年後に同じ景色を見ることが出来るでしょうか。
一人一人が自分自身の生き方と、地球の行く末を考えて、今出来ることを小さなことでもいいから行動に移さなければ。
自然と調和した暮らし
に戻すことで自分自身が整います。
自然のリズムと調和しましょう。
地球は日々、刻々と営みを続けています。
地球の細胞の一部としての自分と、さまざまな命とのつながり合いを瞑想しましょう。
叔父がしばらくの間入院することになったので、家の片付けに福島県郡山市に行ってきました。
空調が壊れていて格安価格で泊まれた磐梯熱海温泉。
ロビーにあった本を見て、南相馬の海辺に立ち並ぶメガソーラーに衝撃を受けました。
さらには、温泉の歴史の要、大峯不動滝、大峯不動尊でも衝撃を受けました。
川上に採石場と土の産廃屋が出来ていて静かな環境の中、ひっきりなしにダンプカーが通るのです。
荷台には土が乗っていますが、どこから運ばれてきた土でしょうか、、、。
滝で祈りを捧げていると目に入ってくるのが、大雨で流れ着いた流木の中に混じったたくさんのペットボトルやプラスチック類のゴミ。
ここは水道水がたいへん美味しく飲める土地です。
温泉もとてもすばらしく、アルカリ性のお湯は天然のクレンジングと言われています。
この環境がものすごい勢いで壊されているように感じました。
変わりゆく環境に、いろんなことを考えさせられています。
昔の私が同じ景色を見たら、ものすごく動揺してしまって、なかなか立ち直れなかったでしょう。
まだまだですが、心が丹田にだいぶ鎮まっているおかげで、冷静に、目の前の現実を受け止めることが出来ました。
2015年から、ずっとやりたくなかった瞑想を半ば強制的にする流れになったおかげです。
振り返れば、大いなるお導きの元、高校生の頃、部活でゴミ問題を研究したり、父が産廃業者に転職したり。
しかしながら、、、
大いなる存在からのメッセージを自ら深く掘り下げることなく、忙しい毎日の中、消費に追われながら生きてきました。
そんな生活が強制終了となり、3.11を境に少しずつ変化してきました。
これまでしてきたことへの強い自責の念が今の私を動かしています。
生まれてから今日まで、自然に支えられてばかりなのに、一方では自然に負担をかけ続けながら生きてきました。
死ぬまでゴミを出し続けるし、子供のいない私が死んだらすべてがゴミになる。
生きているうちに、自然に恩返しをしてから、天に帰りたいです。
昔の家を見てください。
揃っていて壮観です。
自然に土に還っていく。
海に流れても負担がない。
昔の人たちの所作の美しいこと。
家事の難易度高いです。
火加減の調節が上手で、儀式のようで感激します。
狭い村の人間関係、全てが手作り、現代人の私たちからするとめんどくさくて大変に見えるけれど、情報がないこの時代の方々にとっては、ここでの暮らしがすべてだったのではないでしょうか。
高度経済成長がはじまり、東京や関東近郊、都会に出て暮らす人が増えて、地域の過疎化がはじまりました。
会社組織で働く人たちが圧倒的に増えました。
自然との隔たりが大きくなって長いことたった今、自分の中の自然(じねん)を呼び覚ますことが出来るでしょうか?
長い記事をお読みくださりありがとうございました。
貫井投稿