「………何だ?それ」
足元に落ちたオレンジくんの葉っぱを見て、森田さんがかたい声で言った。
俺に聞くためのそれなのか。
単純に、急に落ちてきたものが何か分からず思わず出た呟きなのか。
「これは、雅紀が………いえ、リーフシードの相葉社長が手がけている果実の葉です」
「葉っぱ?これが?」
「葉っぱですよ。これが」
森田さんが言った殺気とかコロされるとかはもちろん気になるし、どういうことですか⁉︎って何なら胸ぐらつかんでゆっさゆっさして聞きたい。
………いや、ウソ。聞きたくない。
心臓がうるさい。心臓が全力で脈打っている。
動揺。そして、まだ何のことかも聞いていないのに、俺の中で点滅する危険信号。鳴り響く警報。
ダメだ。ダメだダメだダメだダメだ。聞いたらダメだ。
聞いたらもう戻れなくなる。
『戻れなくなる』ぞ。俺。
何か分からないのに、何故かそんな言葉がぐるぐるしている。
分からない?
本当に俺は分かっていないのか。分からないフリをしているだけではないのか。
本当は分かっているのではないか。
分かっていながら俺は。
「触んな‼︎」
「………っ」
オレンジくんの葉っぱを拾おうとして、それを森田さんに止められた。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
心臓がうるさい。
心臓が痛い。
研究室が、一瞬にしてキンって張り詰めた空気になった。
森田さんは、あたりを少しキョロキョロすると、森田さんの机の上にあった何かの用紙を手にして、その用紙にオレンジくんの葉っぱを、直接触らないよう器用に乗せた。
それは、俺がよく黒くてツヤツヤしているこの世で一番苦手なGという生物のご遺体を処理する時にやる方法だった。
そして森田さんはそのまま研究室を出て行き、少ししてから戻って来た。
戻って来たそこには、森田さんが手にしていた用紙には、もう何もなかった。
もしかして、トイレに流した?とか?
「………森田さん?」
「お前らが何やってんのか分かんねぇけど、今すぐやめろ。処分しろ」
「ちょ………ちょっと待って下さい、森田さん。それは、一体どういう………」
「じゃないとシぬぞ。お前」
「………え?」
「コロされる。アレはヤバい」
「………な、何を言ってるんですか、森田さんは………」
「信じる信じねぇはどうでもいい。けど、分かるんだよ。俺には。アレはヤバいって」
「ヤバいって、あれは葉っぱですよ⁉︎」
「葉っぱじゃねぇよ」
「………え」
「葉っぱじゃねぇ。まじで相当、ヤバいもんだ」
「………」
いやいや。
いやいやいやいや。
何を言っているんだ。
そんな、今まで見たことないような真面目な顔で。
オレンジくんの葉っぱなら、毎日絶対落ちているから、毎日絶対触ってるし。
触っても別に何ともないし。ならないし。
やだなあ、もう。今日はエイプリルフールじゃないですよ。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
思っていることと、身体の反応が真逆で。
「………明後日また来ます」
俺はまるで逃げるかのように、研究室を後にした。