「………お前、本当に調子悪いの?」
「………え?」
いつもは雅紀が運転するため、助手席に座るリーフシードの社用車を、ふんふふんと運転して到着した、お久しぶりです。な、大学。
だん吉やトラジローだと、下山するだけでぐったりなのだが、今日はどうだ、見よこの余裕‼︎
これで証明されたに違いない。
俺は車の運転が下手なのではない。
クラッチとギアの連動が下手なだけである。
運転にギアチェンジという作業が入るのがダメなだけなのである。
運転技術そのものは決して。嗚呼、決して‼︎
久しぶりに来た我が母校、農業大学の畑は、午後の講義が始まっている時間ということもあり、人はまばら。
ちらちらと見えるカラフルなつなぎが、青空に映えていた。
その光景を横目にずんずん歩き、お久しぶり。な、研究室。
こんにちは、お疲れさまです、櫻井ですーって開けたドアの向こう。
ちょうど何かご用事があったのか?それとも俺を待ち伏せていたのか。
ドアすぐのところに白衣のヤ◯ザ………あ、いや。えと。
今日も素晴らしく目つきの悪い………いや、えと。
眼光鋭い森田さんがいらっしゃった。
そしてそれだ。
俺を見るなりそれだ。
『………お前、本当に調子悪いの?』だ。
え。
えーと。
一応これでもまだ二宮メンタルクリニックの二宮先生から、仕事復帰はもう少し後にしましょうと言われている身なのですが。
「おれたちより肌艶いいんじゃない?」
「………え?」
横からそう仰ったのは、眼光鋭いヤ◯ザな森田さんとは正反対、穏やかな目、柔和な笑顔でこっちを見ている仏の大野さんであった。
こ、このふたり。
このふたりが同じ研究室って、まじいまだに意味分かんないんだけど。
久しぶりに見たからか、余計にそう思った。
「………えーと………そ、それはおそらく規則正しい生活とストレスが減ったためだと思われます………」
なんて。
もちろんそんなのはウソである。
ていうか。
ウソではないのだろうけど、規則正しい生活は、正直今はできていない。
オレンジの木に絞めコロされる悪夢のせいで、ここ最近は少々不眠気味だ。
なのに今俺の肌艶がいいのだとしたら、それは。
それは………な?
それはやっぱり、昼食前の事務所deパオンのおかげだろう。せいだろう。
だってなあ………いやもうなあ………雅紀がなあ………ソファーでなあ………。
ふふ。
ふふふ。
ふふふふふふふ。
「………顔キモ」
「………ひどい。ひどすぎです。久しぶりなのに何でそんなひどいこと言うんですか、森田さん‼︎仮にも俺、メンタル理由で休職中なんですよ⁉︎」
「………それを堂々と俺に言うってことは、俺がそのメンタル理由じゃねぇってことだからいいんだよ」
「………うぐっ」
「かいよう病の菌は明後日ここに来るってよ。今日はねぇからな」
「………え」
白衣のポケットに手を突っ込み、重心を斜めに君臨し………いや、立っていた森田さんが、言うだけ言ってくるりと俺に背を向けた。
え。
明後日?
俺が今日頂きに参ったかいよう病の原因菌。
それが。
え?明後日?
まさかの今日じゃない?
………なら、何故その連絡をくださらなかったのでしょうか、この方は。
もし頂けていたら、今日じゃなく明後日来ることができたのに。
え。
完全に二度手間ですよね?
完全に俺、今日無駄足でしたよね?
え、イヤがらせ?
イヤがらせですか?森田さん。
………なんてことは、もちろん言えるわけもなく。
でも、気持ちはぐぬぬぬぬぬ‼︎で。
「顔が見たかったんだよ」
「………え?」
「あれでも心配してたから。ずっと。元気な姿が早く見たかったんだよ」
「………え」
「大野てめぇ、そこでコソコソ何言ってやがる」
え。
………え?
森田さんが?
心配?
俺のことを?
で、俺の顔が見たくて?早く?
なんだあ、そうならちゃんと分かりやすくそう言ってくれればいいのに。
まったく森田さんってばシャイなんだから。
「なあ、お前。櫻井」
「はい?」
「顔はアレだけど………大丈夫なの?お前」
「顔はアレって………。えと、はい。大丈夫と言えば大丈夫ですけど………何でですか?」
「殺気」
「さっき?………え?さっきって?」
「お前、やべぇよ。コロされるんじゃね?」
「は、はい?」
コ………コロされる?
誰が?
俺が?
………はい?
何かものすごく物騒な単語が聞こえたけど。
コロされる。
………え、じゃあ、さっきって………殺気?
殺気?
何。それはどういう。
森田さん。
どういうことか聞きたくて、一歩森田さんに近づいた足元に、どこからか。
ひらり
少し黒く、少し赤く変色したどこかトゲトゲしい、怒っているみたいなオレンジくんの葉っぱが。
………落ちた。