横山さんの笑いの沸点はだいぶ低いと思う。
そして一度ツボに入って笑い出すとなかなかおさまらない。
おさまりかけては俺の顔を見て笑い、おさまりまけては俺の顔を見て笑いを数回繰り返して、そろそろちゃんとおさまるかなってところで、俺はあの………っておそるおそる切り出した。
「………松本さんは、大丈夫でしょうか」
松本さんは多分、雅紀が誕生日に俺のところに泊まるってだけでも結構なダメージだったと思う。
それに加えてキスじゃ。しかも雅紀本人からの暴露。
もちろん、言わなきゃいけないことだった。
松本さんは雅紀を『そういう意味』で好きで、俺もそうだし。そうなっちゃったし。
どこまでを言わなきゃいけない、は、アレだけど、誕生日の件は先に、俺が。
しかも松本さんの雅紀好き歴は長い。俺よりもはるかに。
………なのに。知っててさ。
「なんぼ頑張ってもあかんときはあかんねん」
笑いがおさまったからか、松本さんの話だからか。
横山さんの声のトーンがぐっと落ちて。
え、横山さん?って、横山さんの方を見たら、横山さんはすごく真面目な顔だった。
目を伏せながら、さっき頭から取ったタオルを、またいつも通り頭に巻いて、縛っていた。
「一生懸命水やりしても、芽が出んこともあんねん。一生懸命世話しても、枯れることかてあんねん。苦労して育てても、あとちょっとってとこで大雨や台風でやられることもあんねん。それはしゃあないねん」
「………でも」
「どうにもならん。どうにもできん。しゃあないねん。そんなこともあんねん。せやろ?」
「………はい」
どんなに頑張っても。どんなに一生懸命でも。
すべてが報われるわけじゃない。
それは横山さんが言っている農作物のことでも………俺が言っている、松本さんのことでも。
松本さんは、俺より全然カッコいいと思う。
目力ビームは少々こわいが、顔は芸能人バリだし、仕事だって相葉パパン社長の片腕と言われているほどだし、料理だってうまい。
いつも雅紀のことを第一に考えて、雅紀のために色々。
そんな人が毎日身近に居て、何でそんな人とどうにかならなかったのか。
………不思議だろ。
「一生懸命やっとんのにあかんことになったら、泣くんや。何でやねん。俺の何があかんかったんや。どないしたらよかったんやって。ちゃんとな。そしたらいつか、よっしゃ、また頑張ろってなんねん。作物とちごて、人間はそうなるようできとんねん」
「………横山さん」
横山さんが。
『あの』横山さんが。
『この』横山さんが。
俺を元気づけるためだろうか。
それとも、そういうものだと説明しているだけなのだろうか。
きっとそういうことが何回もな何回もあったんだろう。横山さんも。
一生懸命一生懸命世話した農作物が、どうにもならない、どうにもできないことになって。
だからだと思う。
ものすごく真面目な顔で、声で、話してくれて。
ああ、この人は伊達に雅紀の従兄弟をやってるんじゃないんだと。
風間さんもだけど。
伊達に雅紀の友だち………相棒だろうか。風間さんは。
伊達にやっているんじゃないんだと。
なるべくしてなっている人たちなんだと。
すごく、思った。
「松潤は大丈夫や。今日から俺が毎日泊まり込みでうまい酒飲ませまくったるで」
今日から。毎日。
それはきっとすごく賑やかで、すごく。
………迷惑、なのでは?
え、大丈夫?
大丈夫なの?毎日泊まり込みって。
「………横山さんて」
「何や」
「実は帰る家がないとか言います?」
「はあああああ⁉︎何でやねん‼︎家ぐらいあるわ‼︎しかもにいちゃんとこのマンションよりめちゃくちゃ立派なやつや‼︎」
「ええ、うちは大したところじゃないんで………。というか、そんな立派なら、是非一度見せて頂きたいです。みんなで一緒に」
「え、きみちゃんのマンション?行く行く、もちろん。おれも是非。まーくんと松本さんももちろん」
「はあああああ⁉︎お前らあほちゃう⁉︎誰が呼ぶか‼︎誰が見せたるか‼︎絶対見せへんからな‼︎」
「ってことはやっぱり家なき子………」
「誰が家なき子やねん‼︎あるっちゅうねん‼︎家ある子や‼︎しかもタワマンやで‼︎タワマン‼︎俺タワマン住んどんねん‼︎どや、すごいやろ‼︎」
「………タワマン?」
「………いや、きみちゃん。いくら何でもそんなすぐ分かるウソは………」
「ウソやないわ‼︎ほんまや‼︎何でウソやねん‼︎」
「だって………ねぇ?」
「誰も知らないですし………」
「お前らあああああっ‼︎」
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。
騒ぎに騒いでいたところに、え、何してるの?って、雅紀が戻ってきて。
「あ、おかえり。まーくん。いや、きみちゃんがタワマンに住んでるなんて言ってるからさ」
「タワマン?タワマンって何だっけ?」
「あー、高層マンションだね」
「香草?」
「うーん、多分だけど今雅紀が思い描いたコウソウと俺が言ったコウソウは違うと思う」
「高いマンションや高いマンション」
「家賃が?」
「何でやねん‼︎って高いけどもや‼︎」
「え、高いの?きみちゃんとこマンション」
「そうやで‼︎高さも家賃もバリ高や‼︎」
「そんなの、絶対ウソじゃん」
「ほら」
「ぶふっ………」
「だから何でやねん‼︎何でお前ら揃いも揃って俺をウソつき扱いすんねん‼︎」
「だって………ねぇ?」
「ねぇ?」
「ねぇって何やねぇって‼︎言いたいことあんねやったらはっきり言わんかい‼︎」
「きみちゃんにマンションはおもしろくないと思いまーす」
「………まーくん」
「きみちゃんには自作の小屋の方が似合うと思いまーす」
「………風間」
「え、小屋?穴の方がおもしろくない?」
「ああ、穴掘って?」
「そうそう。布団は落ち葉ね」
「それだと凍死しない?」
「大丈夫だよ。クマの毛皮もあるし」
「そっか。でもクマはどうやって狩る?」
「そんなの宇宙人くんにやれって言って終わりだよ」
「なるほどね。確かに。雨降ったらUFOに寝かせてもらえるしね」
「そうそう。今日はそこに寝かせろやーって、UFOごんごん叩く」
「だからきみちゃんは電話するとすぐ来るのか」
「そうそう。基本その辺の穴に居るから」
「ぶふっ………」
「………お前ら」
「ん?なあに?きみちゃん」
「どうかした?きみちゃん」
「お前ら俺を何や思っとんやあああああっ‼︎」
「え、宇宙人」
「宇宙人かな」
「んなわけあるか‼︎ぼけぇ‼︎」
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。
もはやツッコミどころも分からないし、手もつけられないほど賑やかなリーフシード事務所。
俺が言うのもおかしいけど、ここに松本さんがいないことが、何だかすごく。
寂しかった。
関西弁監修:プロデューサーK
さすがにたくさんだとお直し入ります