その日の夜のことだった。
午後から風間さんがちょっと出かけて来ると不在ではあったのだが、いつもなら大体帰って来る時間になってもその日は何故か帰って来なかった。
さらに風間さんだけでなく、いつもなら夕飯どうするだ何だとわいわい集まって来る横山さんも松本さんも来なくて、しかも電話をしても繋がらない、メッセージを送っても既読にならないで、何かあったのかなと少々心配しつつも、雅紀とふたり、お腹もすいたことだし、夕飯はあるものを食べようと冷蔵庫、冷凍庫をがさごそしていると。
どたどたと複数人の足音と、騒がしい横山さんの声、風間さんのテンションが上がった声が聞こえて、帰って来たねって雅紀と顔を見合わせた。
時刻的には20時を過ぎたところ。
「おー、にいちゃん‼︎喜びぃ‼︎捕まえたで、嫌がらせの犯人‼︎」
リビングダイニングのドアが勢いよく開くと同時の報告に、え?って横山さんを見た。
横山さんは寒さか興奮か酔っ払っているのか?男で農作業をしているのにやたら白い頬を上気させて、とにかくめちゃくちゃ上機嫌だった。
にっこにこであった。
「これでもう心配あらへん‼︎手紙も電話も車も大丈夫や‼︎なあ?風間‼︎」
「はい。無事現行犯逮捕されて、今までの犯行も認めました。初犯なら執行猶予はつくでしょうけど、二度と櫻井さんに接触できないようにしてやるつもりなので、安心して下さい」
え。
ウソだろ。
本当に?
俺に、マンションに謎の手紙をよこし、スマホにイタ電をかけ、駐車場の車にイタズラをしていた犯人が。
………現行犯逮捕?
捕まった?
「結局誰だったの?犯人」
「あの人だよ、まーくん。櫻井さんの元上司」
「ああ、パワハラの。まあ、そうだろうと思ってたけどさー。動機は何だったの?」
「単純な逆恨み。くだらないことずっと言ってたよ」
「ほんまずーっとにいちゃんのこと言いよったな、あのおっさん。どんだけにいちゃんのこと好きやねん」
「めちゃくちゃ好きでしょ、あれ」
「めちゃくちゃ好きやな、あれ」
え。
す、好き?
今、あの元上司が俺のこと好きって聞こえた気がしたのですが………き、気のせい、ですよね?
俺、微塵もミジンコほどもあの人から好意なんて感じたことないけど………。
「………お前ら暴走しすぎ。まじ疲れた。まじで今度何か奢れよ」
「松潤も行ってたの?」
「ヨコが今日絶対捕まえるって言ってたから、心配でついてった。ヨコと俊介だけじゃ相手の命が危ない」
「さすがにそこまではせぇへんって。やっても半ゴロしぐらいや」
「そうですよ。それに、もしうっかりヤっちゃってもおれがちゃんともみ消すんで大丈夫ですって」
「………やめろ。まじやめろ。お前らならうっかりをやりかねないからやめろ」
リビングのソファーに座ってぐったりする、オールバックが乱れた松本さん。
床に足を投げ出して座って目を輝かせて状況説明をしてくれている横山さん。
リビングとダイニングの間に立って、横山さんの説明を補足する風間さん。
………捕まった。
捕まえてくれた。
やっていたのはやっぱりあのパワハラ上司で、何でそこまで俺が………って思うけど。
けどもう。
ズボンのポケットからスマホを出して、着信がないか確認したら、今日は本当に1回もかかってきていなくて。
「………ありがとうございます。ありがとうございます‼︎」
俺はお三人に向かって、深く深く、頭を下げた。
あんなことをするヤツだ。
話なんか通じないだろうし、暴れたりとかしなかったのだろうか。
「大丈夫でしたよ。きみちゃんの舎弟10人と、おれの知り合いの警察官連れてったんで」
ケガとかないですか?って聞いたらサクッと恐ろしいことを、笑顔で風間さんが仰った。
………横山さんの舎弟10人て。
ただのイメージだけど、その10人はきっと強面の人。
そんな人たちプラス、ボスの横山さん、あっちの世界にイっちゃってる目をさせたらピカイチでこわすぎる風間さん、プラス目ビーム松本さん、プラス警察官。
こわい。
想像だけでガクブルなんだけど。
どんな集団よ。それ。
俺、一緒に行かなくてまじ良かった。
「え、警察ってとーま?」
「うん。斗真。あいつたまたまだけど櫻井さんのマンション近くの交番勤務だから」
「へー。そうなんだ。知らなかった」
「だろうとは思ってたけど、ちょっとは知っといてあげようか、まーくん。一応同級生だよ?」
「顔と名前と職業が一致するんだからキセキだよ」
「そうやんなあ?めっちゃすごいでまーくん。俺今びっくりしたわ。まーくんが斗真の職業知っとったって」
「そうでしょー?」
「偉いで、まーくん」
「………いやいやいや」
何とも微笑ましいのか何なのか謎の会話であるが、うちの近くの交番の警察官で雅紀と風間さんの同級生?
前に相談しに行ったとき、そんな若い人いたかな?と思い出そうとしたが。
………正直、あの時は動揺しすぎてて覚えていない。
「そうや、にいちゃん。カラスのことヤスに言うたら、近々鷹匠連れて来てくれるて」
「………え?た、鷹匠?」
「鷹匠。鷹でカラス追い払えるんやて。2月ぐらいまでにやるとええ言うてたで。知り合いにおるから、何回かやってもらって、それでも逃げんかったやつはヤスが狩ったるって」
「………ほ、本格的ですね。ものすごく」
「結構数増えとるからなあ。一回ちゃんとやろかって」
確かに。
確かにこの山のカラスは多いと思う。
まじこわいもんな。声も身体もデカいし。
集団に囲まれたことを思い出し、背筋がぶるっとなった。
あれはもう勘弁願いたい。
「ヤスくんの友だちって本当バラエティ豊かだよね。マタギに鷹匠って」
「オレ鷹見たい」
「鷹な。見せてもらおな。俺も見たいし。この辺りを重点的にやって貰えばしばらく大丈夫やろ」
もう。
何て言ったらいいのか。
何から何まで。俺は、こんな風に助けてもらってばかりで。
「………ありがとうございます」
今度みなさんに何かご馳走しよう。俺のポケットマネーで。
雅紀に横山さんに風間さんに、ぐったりしていて微動だにしない松本さんにも。
みんなの好きなものを振る舞って、ありがとうございます会を開こう。
頭を下げながら、俺はそう、心に誓った。
翔さん、嫌がらせ犯人捕まってよかったねーって方は米ください🌾
鷹匠って………って方も米ください🌾