耳を塞いでもイヤってどんなに言っても、声は私に聞こえ続けた。
耳にじゃない。頭に。頭の中に直接。
高くもなく、低くもない、抑揚もなくあたたかみもない、声が。
ここは、やりたいことをやる人が住める世界でね、プラスの、陽のエネルギーを循環させないといけない世界なんだ。
なのにあなたにはその才能はない。まったくのゼロ。ゼロっていうかマイナス?
でもね、大丈夫。あなたには逆の、やりたくないことをやる才能がある。すごくある。才能の塊。歩く才能。
だから僕がその才能を最大限生かせるところに連れて行ってあげる。スカウターだからね。あなたのその才能をスカウトするよ。
だってあなたは、やりたくないことがやりたいんでしょ?知ってるよ?いつもそうだもんね。
あなたは自ら率先してやりたくないことをやってる。
その結果発生するエネルギーは膨大だよ。すごい量なんだよ。なのにこの世界では垂れ流しなんだ。そんなのもったいないと思わない?
あるよ。あるんだよ。その溢れる才能を遺憾なく発揮できるぴったりな場所が。
そう、そこはやりたくないことを24時間365日、1日どころか1分1秒も休むことなくできるところ。そこから発生したエネルギーを最大限使ってくれるところ。
あなたのそのエネルギーが。
エネルギーが、ね?やりたくないことをやり続けるそれが。ここでは無駄でしかないそれが。
にぃい。
にいいいぃぃ。
無駄どころか生産性につながる場所が。
ある。
あるのさ。
ガシャン。
「………っ⁉︎」
倒れた。
自転車が。
音がした。
え?って。
なって。一瞬。
「大丈夫ですか?」
目の前に居た若い、20代後半ぐらいの男の人が、倒れた私の自転車を起こしてくれた。
フードのついた長めのスプリングコート、シャツに細身のパンツはブルー系で統一されてて、オシャレな恰好の、ごく普通の男の人、が。
え?
「あ、ありがとうございます」
いえ、って。
ぺこって頭を下げて、その人は自転に乗って行った。
ずきんって、おでこの真ん中あたりが痛かった。