「僕はスカウター」
聞いても頼んでもいないのに、彼は自分から話し出した。
ぱちり。
瞬きした目は瞬きした瞬間に、黒ではなく不思議な色になった。
色だけじゃない。黒目部分全体が不思議に。
不思議っていうか。
気持ち、悪い。見たことのない目。人間じゃないような。
青に見えた。でも青だけじゃなかった。
緑がある。白もある。
そうだ。これはよく知ってる。テレビで見たことがある。これ。この目。眼球。
彼の。
この人の目は。
地球、だった。
コンタクト?
ううん、そんなことはどうでもいい。彼が言ったスカウターってものが何だっていい。夢なら早く覚めて。夢じゃないなら。
夢じゃないなら。
何だって、言うの?
「スカウトしてるんだよ。色んな人を。働いてくれないかなあって」
「………間に合ってます」
「まあまあ、そう言わずに。僕の話を聞いてよ。あなたはとても才能があるんだ。力があるって言うのかな?とにかくすごい」
才能。力。
おかしい。あやしい。気持ち悪い。
そう思うのに、その言葉にどきんってなる私が私の中に確かに居た。
専業主婦になって5年。
過去の経歴は過去に流れた。私はただの、夫の妻。夫の家の嫁。娘の母。
職も呼ばれる名前さえ持たない。消えた。どこかへ行った。私は月に三千円しか貰えない、女でもない生き物。妻で嫁で母。
私は。
「ほら、分かる?そのみなぎるパワー。エネルギー」
「………」
すごいよ。本当にすごい。溢れ出てる。
彼は興奮気味にそう言った。地球の目を輝かせた。
意味が、分からなかった。
「今はとにかく慢性的な人手不足、エネルギー不足だからね、あなたのような人が必要なんだ。だからさっき印をつけた。才能があるよって、そこに」
そこ。
彼は自分のおでこに人差し指を向けて、私のおでこにその人差し指を向けた。
さっき、突かれたところ。
咄嗟におさえた。おでこを。印?何かついてるの?つけたの?
「大丈夫。普通の人には見えない」
こわい。
この人、こわい。
絶対に普通じゃない。
でも、どうしたらいいの。私どうしちゃったの。何でこんなことに。
「あなたの才能、それは………やりたいことをやらずにやりたくないことを自らやり続け、不平不満を口にすること」
「………っ⁉︎」
「そこから出る負の、陰のエネルギーっていうのがね。必要なんだよ。この地球(ほし)には」
やりたいことをやらずに。
やりたくないことを。
不平不満。
イヤ。
耳をおさえた。
イヤだ。この人イヤだ。こわい。おかしい。おかしいよ、この人。初対面の私にそんなこと。
何が分かるの?私の何がこの人に。
頭を振った。横に振った。一歩下がった。
イヤ。
イヤイヤイヤイヤ。
耳を塞ぐために手を離した自転車が、ガシャンって大きな音を立てて倒れた。