「あ、あの、潤、これはだな………」
しどろもどろな翔さんと、何を思ったのかリビングの方に戻っていった相葉くん。
そんなふたりを視界の端に入れつつも俺は、環の目からパラパラ落ちる涙の粒をてのひらで受け止めた。
これ。
俺、一回拾ったことがある。
確か大野さんの店。相葉くんがバイトをしていた店で、だ。カウンターに転がってるやつを。
真珠のような、月のようなやつを。
拾ってキレイだからってツレにピアスにしてもらってつけたら、信じられないぐらいつきまくって、ラッキーで、何かびっくりするぐらい疲れなくて身軽で。
でもすぐなくしたやつ。
もし、環のこれがあの時拾ったやつと同じものだとしたら、あれはもしかして。
もしかして、相葉くんの涙だった?
ちらって、しどろもどろな翔さんを見た。
あの頃のこの人は、ヘタレ100%で相葉くんへの気持ちも認めてなかったもんな。
影できっと相葉くんは、泣いていた。
その相葉くんがこっちに戻ってきて、松本さんって。
小さな瓶。を。
渡された。
入れろってこと?てのひらに受け止めてる、どんどん増えていくこの環の涙の粒を。
「環の涙が初めて粒になった記念に、もらってあげてくれる?」
「………分かった」
何で涙が粒になるんだとか、あの時拾ったものと果たして同じなのかとか、そんなのはもう、どうでも良かった。
言われた通り俺は、その瓶にてのひらに受け止めた涙の粒を入れた。
丸、ではない、歪な形。
ひとつひとつ全部違う形。
真珠のような、月のような色。
瓶は、いっぱいになった。
それでもまだ、パラパラパラパラ音を立てて落ちてた。
瓶の蓋を閉めて、俺は環の小さな頭に手を乗せた。
またなって。
そのまま。そうしたくて。
俺は環の小さな頭に、キスをした。
お邪魔しました。
翔さんに怒られる前に出た外。
玄関が閉まった瞬間、環の泣き声が大きくなって。
瓶を握り締めたまま、しばらく俺は動けなかった。
「おはようございます」
「………おう」
「すげぇ顔ですね、翔さん」
「………おう」
次の日。
いつもより少し遅めに出勤して来た翔さんは、絵に描いたような寝不足顔をしていた。
環が泣き止まなくてなって。
「何か………ごめん」
「いや、こっちこそ。せっかくの休みに環がべったりで悪かったな」
「それは………全然。楽しかったよ。可愛かったし」
「そりゃお前、俺と雅紀の子どもだから当然」
「………」
その最後の一言は要らないだろって思いを込めて翔さんをじろって見たら、ああ、いやそのって、翔さんは笑って誤魔化した。
でも環。
泣いてたのか。俺が帰った後も。
本当、俺の何がそんなに気に入ったのか。
「また来いよ、うち。環に会いに」
「………え、いいの?」
「いいの?って何だよ。いいの?って。いいよ。っていうか来い。絶対来い。潤に来るよう言うから、また連れて来るから、だから頼むから機嫌直せって昨夜説得したんだよ」
「どんな説得の仕方だよ。それ」
「そうでもしないと環の涙でうちの中が………あ」
やべぇ。
翔さんがそんな顔をした。
そうでもしないと環の涙でうちの中が。
つまりそれは、俺がもらった涙の粒で家の中が………って、こと?
環って。
環がそうなら、双子である雅月もか。
兼ねてから神秘的ではあると思っていたけど。
あの双子って。っていうかそもそもその生みの親である雌雄同体の相葉くんって。
「ねぇ、翔さん」
「な、何だっ」
「相葉くんって、ナニモノなの?」
聞いた俺に。
そこを聞かれると思ってなかったのか、翔さんは少し驚いたように目を見張った。そして。
ニヤって、笑った。
そこで、そのタイミングでピットからニノを含むサービスの奴らがぞろぞろ入って来たから、そのまま話はうやむやになった。
と、思ったら。
かぐや姫だよ。
え?
すぐに朝礼の並びになったから、その翔さんの言葉が聞き間違いかどうか、確かめることは、できなかった。
できなかったし、しなくてもいい。
だって相葉くんは翔さんに愛されてめちゃくちゃ幸せそうだったし、双子はかわいい。
「そういえば今日、赤い髪の超絶美人に愛の告白される夢見たな、俺」
「………赤い髪の超絶美人?」
「そう、赤い髪の超絶美人。潤、大好きって」
「………ちょっと松本くん。あとでゆっくり話をしようか」
「やだよ」
「やだよじゃねぇ‼︎詳しく教えろ‼︎超絶美人ってどんな美人だっ」
もう朝礼が始まるっていうのに、ずいずい迫ってくる翔さんに逃げながら、思った。
今日見た夢の赤い髪の超絶美人。
それはいつかの、未来の環で。
それは今の、環の気持ち。
環。今度会ったら、いっぱい抱っこしてやるな。
いつかお前にぴったりの王子さまがあらわれるよう、心から、心から、願いながら。
おしまいv
最終話なのでコメ公開です。
潤くんのお誕生日にと言いつつ、お誕生日とは全然関係のないお話でごめんなさい(笑)