枕元でスマホが鳴って、誰だよってカバーを開いた。
今日は定休日。つまり休み。
昨日も俺は休みの日だった。つまり連休。
でも。
その前の日も俺は休んでる。
何でかって。
何でかって、それは。
『どうだ?』
「しんでる」
電話の相手は翔さん。
会社の先輩。
挨拶ももしもしもないままの言葉に、俺も挨拶ももしもしもないまま答えた。
しんでる。まじしんでる。
まさかの風邪。まさかの熱。
定休日含む連休でよかった。
一昨日も商談や納車はなかった。だから休めた。ついてる。
いや、こんな本格的な風邪が久々だから、全然ついてはないんだけど。それでも不幸中の幸い。
ただ、明日は決まりそうな商談が一件入ってる。だからどうしても今日中にどうにかしたい。なのに症状は変わらず。維持維持維持で3日目。
『今から行くわ。トイレ行くついでにでも鍵開けとけ』
「うつるからいいよ」
『うつんねぇから開けとけ』
それだけ言ってぷつって切れた通話の後ろで、『じゅーっ。じゅー?』って聞こえたのは気のせいか。
スポーツドリンクはもうない。
冷蔵庫もからっぽ。洗濯物は山。
頭は痛いし熱も下がらない喉も痛い。
本気でしにそうだっただけに、本気でありがたかった。
………今のうちに鍵開けとこう。
ここで寝たらインターホンが鳴っても気づかない気がする。
よろよろしながら俺は、ベッドから起き上がった。
「じゅー?」
「………ん?」
ぺちぺち。
冷たい小さな手が俺の顔に触れた気がして、目を開けた。
そしたら。
「じゅー」
「………え、環?」
横向きで寝てた俺の前に、超アップの口が尖った環。
会うのはあの、俺が翔さんちにお邪魔したとき以来。だから、2ヶ月ぶりぐらい?
赤みがかった薄い茶色の髪がちょっと伸びてて結んであって、前より女の子っぽさがアップしてた。
「悪い、潤。環も行くって聞かなくて」
スーパーの袋をふたつと、でかい手提げをひとつぶら下げながら、翔さんがドアのとこ。
勝手に冷蔵庫開けるぞーって。
「ちょっと、翔さん。環にうつるって」
うつったら最悪だろ。俺も嫌だし、環も嫌だろ。ダメだろ。
俺は掛け布団を鼻の位置まで上げて、環から隠れた。
窓もずっと閉めっぱなしだから、絶対風邪菌いっぱいだって、この部屋。
「うつんねぇから大丈夫」
「何を根拠にそんな」
「雅紀は基本病気しない。その血を引いてる双子も病気しない。ついでに俺も何故か病気しない。だから大丈夫。環、じゅーはお熱だから、大人しくしとけよ」
「あい」
「台所借りる。寝とけ」
「え?ちょっ………。ちょっと翔さん」
病気しない、病気しないって。
え?相葉くん1回寝込んでたけど。看病するためにうちに呼んだけど。
あれはノーカン?あれはまぐれの1回?
「じゅー、おねつ?」
「だからじゅんだって」
「じゅー」
「じゅ、ん」
「じゅー」
今日もコントか。
口。
全力で尖った口に、今日も笑える。
環がよいしょって感じに俺が寝てるベッドによじのぼって座るから、おい落ちるってって慌てて後ろを支えた。
相葉くんを思い出すヒマもない。
翔さん何持ってきてくれたのって聞くヒマも。
環はそのまま、俺の額にその小さな手を当てた。ぴとって。
「いたいいたい、てけてけー」
「え?」
「てけてけー」
「てけてけ?」
「てけてけー」
環が何を言ってるのかは、俺には分からない。幼児語。環語とでも言うべきか。さっぱり。
ただ、熱い身体に、自分が熱いから冷たくひんやり感じるのか、環の手が気持ちよかった。
そして俺の額に手を置いたり離して上にあげたりのそれが、謎の行動が、これまた全力すぎて笑えた。
笑うと振動で頭が痛いのに笑えた。
「じゅーん。それ、痛いの痛いの飛んでいけだからなー」
台所の方から、環解説員の解説。
「雅紀と雅月と留守番してろって言ったのに、それやりに潤とこ行くってギャン泣きするから連れてきた」
………環。
「てけてけー」
痛いの痛いの飛んでいけ。って。
それやりにうち来るって。
それは、思いがけない解説、で。
てけてけねって最後言って、ぽふって俺の上に乗っかった小さな小さな環を。
思わず。
ベッドから落ちないよう支えるために出してた手で、俺は。
ぎゅって、抱きしめた。
次の日。っていうか、その日の夜。
俺の熱は見事に下がって、次の日の商談は成立。
更に飛び込みで来たお客さんにも売れて。車。
偶然なのか何なのか。
環のてけてけ効果ってすげぇ。
あったかくなった胸のあたりを、ぎゅって、握った。
おしまいv
昨夜、求愛王子なじゃぽ潤が好きな葉担さくらばーさんからメールが来て、じゃぽ潤らぶって熱く熱く言ってたので書いてみました(笑)
環ちゃんも何気に人気だったし。
あ、話数稼ぎでもありますけどね( ̄▽ ̄)v