◆クローズアップ現代「密着・舞台裏 村田諒太」 | ザ・外食記録 ~今日も閲覧ありがとう~

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いつしか食べ歩きがライフワークになってしまった今日この頃。
美味しかった店はもちろん、雰囲気の良かった店を紹介していきます。
2023年12月に外食記事 4000号を達成しました。
ちょこちょこ地域別索引も更新中。
現在、「いいね」返しが出来ません。

2012年、村田諒太選手はロンドン五輪で48年ぶりとなる金メダルを獲得し、一躍脚光を浴びた。
翌年プロデビューし、鉄壁のディフェンスと右ストレートを武器に王者にまで上り詰めた。

その裏で、ある苦悩を抱えていた。
“ボクシングに勝ちつつけても、心が弱くなっている”
金メダル・世界王者よりも、過去の体験にあった。
高校3年の時に全日本選手権に出て、強いという相手の評判に負けた。
北京五輪予選は、勝てないと言う心理が働いて、負けた。
相手に負けたのではなく、自分に負けた。

自分を認めてあげられるか。
あの時の同じ過ちを繰り返さない。
人間としての弱さを乗り越えてきた。
しかしそのための試合ができない日々が続いた。
コロナ禍で2年以上戦わない日々が続いた。

3月、公園に立ち寄った村田選手は桜の木の前で足を止めた。
目を向けたのは満開の桜ではなく、その幹だった。
試合は花。
練習で幹がつくられる。
注目されなくなった時に、この幹がしっかりしているか。
それがないと永遠にボクシングをしなければならない身体になってしまう。

ゲンナジー・ゴロフキン選手は、ミドル級の頂点に君臨するカザフスタンの英雄。
43戦41勝、19回連続世界王座防衛。
村田選手がデビュー以来憧れ続けた存在。

7年前、ゴロフキン選手の試合を観戦して、その真髄を目の当たりにした。
圧倒的な勝利を収めたゴロフキン選手。
ボクサーだけの強さだけではなかった。
試合後なのに控室に招いてくれた。

その後、ゴロフキン選手は合同練習の参加を受け入れてくれた。
誠実な人柄、人間としての強さを感じた。

ようやく実現した一戦。
日本ボクシング史上最高額となるファイトマネーの合計は推定約20億円のタイトルマッチ。
下馬評は圧倒的にゴロフキン選手が有利。

最強の相手との試合にどんな覚悟があったのか。
勝敗ではない何かを見据えているようだった。
最強の選手にぶつかっていければ、弱い自分を超えられると考えていた。

北京五輪の予選の時、本気でやってない自分を思い出した。
ゴロフキン相手じゃないと、ここまで思えなかった。

ゴロフキンを想定したスパーリングでは、自分のスタイルを通そうとしていた。
前へ前へと攻めるボクシングで、強烈なパンチを受けたとしてもひるまず、打ち合いたいと考えていた。

本音では、こわい、恐怖から解放されたい。
今回は恐怖と向き合おうとしていた。

試合当日。
序盤、村田選手は前へ前へと攻め続け、攻勢に出た。
ゴロフキン選手が後ろに下がり、リングを背にした、
3ラウンド間際まで、相手にペースを渡さなかった。
しかし甘いものではなかった。
キャリアの差、歴戦の雄があった。
中盤にゴロフキン選手が史上最強たる所以を見せた。
変幻自在に繰り出すパンチ。
多彩なコンビネーションで村田選手は追い詰められて行く。
それでも前に出る姿勢を失うことはなかった。

第9ラウンド
完全にゴロフキン選手は村田選手を見切ってギアを上げた。
開始早々、お互いの右が交差。
2分過ぎに右フックをもらって、村田選手はよろめいてキャンパスに倒れていた。
世紀の一戦は終わった。
26分11秒の激闘。
壮絶なKO負け。
セコンドがタオル投入。


しかし村田選手の表情はどこか穏やかだった。

激戦を戦い抜いた村田選手はNHKの単独インタビューに応じた。

朝起きた瞬間は、ゾッとした。
試合が終わったと言う感覚がなかった。
“負けたんだ君は”と、自分に言い聞かせながら、試合がないことを考えてほっとした。

ゴロフキンはゴロフキンしかない。
恐怖がなくなることはない。
当日は怖いけど進むんだ、そう言う気持ちになっていた。
立ち向かうことが、人間を作って行く。
ありがたい機会を得た。
勝てると思っている相手だったら、こんな気持ちにならなかった。

理想の自分に近づいたのか?
前よりかは近づいた。
世界一じゃないけど、強さをちゃんと追いかけた。
相手に勝つ事はなく、自分に負けない、でいい。
何事にも変えがたい勝利以上のものをもらえた気がする。
戦い終えた今は、今の僕としてはこの辺りがいい辞め時だとは思う。
でもすぐには答えは出せない。

堂々とした幹、力強い根、人間としてどうあるか。
根を張り、人生を歩む、これから大事でしょうね。

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ゴロフキン選手が試合後に取った紳士的行動(リング上で自身のガウンを村田に贈呈)は、海外からも称賛の声が上がったようだ。


"強いヤツと戦う"というのは、格闘家は皆あこがれるのだろうか。

アントニオ猪木さんはモハメド・アリと。
高田延彦さんはヒクソン・グレイシーと。
前田日明さんはアレクサンダー・カレリンと。
ジャンボ鶴田さんは急に亡くならなかったら、誰と戦いたいって言ったのか。

格闘技には疎い僕ですが、エメリヤ-エンコ・ヒョードルとブロック・レスナーがやることになったら、見てみたい。


「村田の相手のゴロフキンって誰だ」の記事はこちら(2021年11月13日)
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http://ameblo.jp/miyacar/entry-12709871671.html

「村田諒太・父と子でつかんだ世界王座」の記事はこちら(2017年10月29日)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://ameblo.jp/miyacar/entry-12323775995.html

では、明日。