何者かにならない、確信的自分 | 漫画家みやの【才能を爆発させる】秘密の発火装置

漫画家みやの【才能を爆発させる】秘密の発火装置

「表現する」「人に伝える」を考えるスペシャルコース
例えば絵は、雄弁に語る。
それは言葉とは違う声。
絵には人を動かすパワーがある。

人間も熱い心を持っちゃったりすると、命がけって感じになってしまうよね。

例えば私なら、

 

絵を描けないなら死んだ方がマシ

絵を描けないんだったら生きてる意味が無い

絵を描けない私は、私じゃない

 

みたいな。

 

 

いや、もうどう考えたって、描かなくても生きてるし。

全然死なない。

 

でも命と引き換えにできるような気分になる時はある。

人間だもの(笑)

 

じゃあ、絵を描かなくなった私は、私らしくないのか?

私じゃなくなってしまうのか?

 

というと、やっぱりなかなか私でなくなってしまうことも難しい。

ただ、今とはものすごく変わってしまうということはあるかもしれない。

 

もしも。

絵を描けない状況になってしまったら。

画材の一切がなくなったら?

砂に描く、水で描く、ケチャップで描く、まあ、代用品を探す。

 

手を使えなくなったら、足ででも口ででも描く。

目が見えなくなっても、たぶんそれでも何か描く。

 

でも。

絵を描いても、描かなくても、変わらない私の部分というものは存在しているような気がする。

色んなこと、たくさんのことが変わってしまうだろうけど、変わらないコアなところ、芯の部分が残っている。

 

描かなくても変わらない部分。

手が無くても、足が無くても、見えなくても、聞こえなくても、体が動かなくなっても、変わらない部分。

たくさん変わってしまうだろうけど、何があっても変わらないちっちゃいところ。

 

それが本当の “私” なのかもしれない。

そんな風に時々考えてしまう。

人間だもの(笑)