人間も熱い心を持っちゃったりすると、命がけって感じになってしまうよね。
例えば私なら、
絵を描けないなら死んだ方がマシ
絵を描けないんだったら生きてる意味が無い
絵を描けない私は、私じゃない
みたいな。
いや、もうどう考えたって、描かなくても生きてるし。
全然死なない。
でも命と引き換えにできるような気分になる時はある。
人間だもの(笑)
じゃあ、絵を描かなくなった私は、私らしくないのか?
私じゃなくなってしまうのか?
というと、やっぱりなかなか私でなくなってしまうことも難しい。
ただ、今とはものすごく変わってしまうということはあるかもしれない。
もしも。
絵を描けない状況になってしまったら。
画材の一切がなくなったら?
砂に描く、水で描く、ケチャップで描く、まあ、代用品を探す。
手を使えなくなったら、足ででも口ででも描く。
目が見えなくなっても、たぶんそれでも何か描く。
でも。
絵を描いても、描かなくても、変わらない私の部分というものは存在しているような気がする。
色んなこと、たくさんのことが変わってしまうだろうけど、変わらないコアなところ、芯の部分が残っている。
描かなくても変わらない部分。
手が無くても、足が無くても、見えなくても、聞こえなくても、体が動かなくなっても、変わらない部分。
たくさん変わってしまうだろうけど、何があっても変わらないちっちゃいところ。
それが本当の “私” なのかもしれない。
そんな風に時々考えてしまう。
人間だもの(笑)
