「正しさ」よりも「優しさ」を | みやみや珈琲日記

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今日もブログに来ていただき、

ありがとうございます😊

 

こんにちは、みやです。

 

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昨日、姉から

珍しくLINEビデオ電話が

かかってきました。


出てみると、

グループホームにいる

母の姿が。


姉が母に会いに行ってくれて、

私にビデオ電話をしてくれました。


ちょうど息子も家にいたので

一緒にビデオ電話で話をすることに。


元気そうな母。


姉が来てくれたこともあり、

お出かけしたそうな母。


グループホームに入居して

1ヶ月経った母。


父が亡くなって

2ヶ月経った母。


「お父さんは

 今日は飲みに行ってるみたいでね。」と母。


「あ、そうなんや。」と私。


アルツハイマー型の認知症だからか、

短期記憶がもたない。


父が亡くなったことは理解している。


でも瞬間、瞬間で

忘れてしまっていることがよくある。


四十九日の法要の時も

グループホームに迎えに行った時は

「お父さん、

 いつ迎えに来てくれるかなぁ。」と言っていて。


でも実家に戻って

仏壇のそばに飾られている父の遺影を見ると

父が亡くなったことを

やっぱり思い出していたようで。


法要中も目を閉じて

じっとお経を聞いていて。


「お父さんは

 今日は飲みに行ってるみたいでね。」と言う母に

父が亡くなったことを伝えるのは

事実を伝えるのは

やはり酷なような気がして。


母の言うことを

「違うよ。」と否定して

正しいことを伝えるのは

やはり違うような気がして。


だから私は

「あ、そうなんや。」と

話を合わすことしかできなくて。


「お父さん、今日は帰りが遅いかもねー。」


「うん、遅いと思うわー。」


「お母さん、先に寝といたら?」


「うん、そうする。」


父が亡くなったことを忘れられる母が

どこか羨ましくもあり、

いつか父が会いに来てくれると

健気に信じて待っている母を

切なく思ってしまったり。


母が穏やかに過ごせるなら

もはやそこには

「正しさ」は要らなくて。


「正しさ」よりも「優しさ」を

大切にしていきたい。


相手の思う「正しさ」に

耳を傾けられる「優しさ」が

そこにあるだろうか?


常に自分に

問うていこうと思います。


きっと私も

周りの人から

たくさんの「優しさ」を

もらってきたはずだから。



年末に買ったストック。買ってから母の好きな色だなって気づきました。