明日で投薬から2週間がたちますニコニコ
発熱して注射を打ってもらって、翌々日には元気になりました♪
お祭りも楽しんで、プールで泳ぐこともできました~かお
てか、咳き込む以外は元気なんです。
これから次の投薬まで回復にむかうので、この1クール目は、最初の一週間が具合悪かったことになります。
なるほど、これが自分の副作用のリズムになるのかもしれない。

さっきお風呂に入って、髪の毛を洗っていたら指に5~6本からみついてきました。
おぉっビックリマークついにきたか!?
それからタオルドライや、ブラッシングでいつもより多めに落ちて散らばっていました。
今日は木曜日。あと何日頑張って地毛でいられるのかなはてなマーク
でも、この週末でウィッグに切り替えることにしよう。
白血球の中には好中球が半分くらい存在しているらしく、それが減ると抵抗力が下がり、感染症になりやすい。
私の白血球は3000だった。
かなり少ないらしい。
そういえば、妊娠中にも白血球が少ないので風邪などに注意するように言われたことがある。
その時は気にしてなかったけど、今になって重要なことだと実感した。
普段から身体は丈夫なほうだと、勝手に自負していたのだ。

白血球が投薬により一時的に下がることの説明を受けていた。投与後、7~14日目に最も低くなり、その後2週間後に正常にもどる。
一回目の点滴をうけて、吐き気もなく、これなら楽勝と思っていた。
それがだんだん倦怠感が忍びより、一週間目で風邪をひき、昨日はとうとう熱がでてしまった。
7.5℃以上熱がでた場合は連絡するよういわれていたので、仕事場から電話をすると、すぐに来るよう言われた。

仕方なく会社を早退して、だんだん悪化する体調を引きずりながら病院へ向かった。
発熱性好中球減少症というらしい。
まず採血をして数値をみてからG-CSFという好中球を増やして、働きを強める効果のある注射を打ってくれた。
明日はゆっくり休んでくださいと帰された。

そのまま保育園に息子のまるちゃんを迎えに行くと嬉しそうな笑顔。
可愛くて癒される。
がしかし、よりによってその日はリクエストがあった。「おそばがたべたいな♪焼きそばじやなくてぇー、くぅろいやつ!」
蕎麦屋に行って、冷しオクラとろろ蕎麦に温玉を注文した。ところが、二口ほど食べると、もういらないと言い出した。
怒りを抑えながら、なんとか子供用茶碗の3分の2ほど食べてもらって、家で軽くおにぎりなどをたべさせた。
家では元気をよそおって、やっと23時布団に入った。
母親は休みなしである。
今日はお祭りがあって、まるちゃんのはんてん姿と、喜ぶ顔が見たくて一日中動き回るり無理をしてしまった。
頭痛と微熱が収まらす、正直キツかった。
明日は元気になりますように。







健診から10日後ほどして、区の健診結果が「要精密検査」で届いた。

事前に再検査であることを知っていたので、再検査の予約や画像の入手など済ませていた。


実はなんでもなかった…なんてことを期待しながら、気になる箇所はさっさと摘出してもらおう…とも、思いながら近所のクリニックに再検査に行った。

その場で針生検も出来るところ。

細い針で、麻酔なしで取ってもらった。

経緯をお話しして結果はB病院主治医の先生へ連絡が行くようにしました。

1週間後結果を聞きに行くと、「よくわからなかった」という回答…。

B病院の先生にお話ししてあるので、プレパラートと紹介状書をもって、近々主治医のところへ診察に行ってください。という結果になった。


B病院へ行き、再びエコーと、太い針を使って針生検してもらった。

前回は、マンモトームを使ったので、針生検は今回初めて。

太い針生検はホチキスのように、バチーンと音がしてちょっと怖かった。

それを3回やって終了。

「結果は1週間後に来てください。」


そしてその1週間後。

私「こんにちはー。」

先生「こんにちは。…アウトでした。」

私「あ…そうですか。…再発ということですか?」

先生「いいえ、これは前回と違うタイプの乳がんだから、治療法もちがいます。」

先生「このタイプは抗がん剤を必ずやらないといけないけど、腫瘍を取った後にやる?先にやる?」

その違いを聞いてみた。

抗がん剤でその腫瘍に効くかどうか見ることができるんだけど、取った後だとそれはわからないそうな。

どちらでも予後は一緒。

腫瘍をさっさととってしまいたい気もしたが、ほぼ速攻で「では、先にお願いします!」と答えていました。

私「あの…グレードとか、ステージとかは…?」

先生「もうごくごく初期です。」

あれよあれよという間に、MRIの予定や、投薬の日程が組まれて、看護師の説明を聞くことになりました。

何か釈然としない…自分がどんな状態なのかさっぱりわからなかった。

看護師の前では、もはや術前療法を希望した勢いもなくなり、自分の乳がんについて余り聞けなかったこと。ちょっと考えたいことを告げて帰った。


前回再建をお願いしたC病院で摘出のほうはしてもらおうと思い始めた。

私が通院していた病院は大きいので、おそらく摘出の時は入院になるだろうから、それでは困ると思ったから。

そうなると、今のうちに状況を伝えておかなければ…と思いC病院に予約を入れた。

C病院に行くために資料を用意しなければならなかったので、B病院に連絡し、薬物療法をB病院でこのまま治療していただき、C病院で切除してもらいたい旨を話した。

至急で資料を用意してもらえたものの、「薬物療法もC病院でやってもらってください。」と言われてしまった。

たしかにその通り、2か所で治療するより、可能なばら1ヶ所で見てもらった方が普通に考えても最善であったが、何か突き放されたようで少し悲しくなった。


B病院の先生はくまさんみたいで優しくてお気に入りだった。

お会いする用事が見つからない・・・。残念である。


後にC病院へ行くことによって、自分のがんについて細かく知ることができたし、納得して治療ができるので選択して良かったと思っている。

自分の病気に関して知る権利がある一方で、お医者様に任せるのではなく、自分でつっこんでいかないといけないと思った。

お医者様は多くを語らないのかもしれない…もしも、おしゃべりなお医者様だったら…かなり引く。