巡業 松竹大歌舞伎 西コース 南海浪切ホール | 五反島愚記

五反島愚記

日々の取るに足らない話や、歌舞伎や歴史ついても、備忘のために書いていきたいとおもいます。
私的な愚記ではありますが、読んでいただければ幸いです。

先日、歌舞伎の巡業公演をみに、岸和田にある南海浪切ホールまで行ってきた。


 

 

岸和田まで遠いだろうなと思ったが、意外と1時間ちょっとで着いた。

 

 

岸和田は車で行ったことはあるが、電車で行ったのは初めてで、岸和田駅にも初めて降りた。

 

お腹が減っていたので昼ご飯を食べることにした。

唯我独尊というカレー屋さんだった。

 

 

私以外に、お客さんもおらず貸切状態だった。

 

 

自家製ソーセージカレーというのを食べた。

これが結構美味しかった。

 

 

 

まだ公演までには時間があったので岸和田城にも寄った。

一度行ったことがあるが、あまり記憶に残っておらず、どんなお城が覚えてなかったが、とても良いお城だった。

 

 

お堀からの天守閣も素晴らしい。

城前には重森三玲作の庭園もある。

 

 

 

そして今回の会場で、初めて訪れることになる南海浪切ホールへと向かった。

遠くから見えてきたホールは、何か巨大な建物だった。

 

 

前部が大屋根で出来ており、迫力がある。

 

 

岸和田にこんなホールがあるとは今まで知らなかった。

 

 

 

エントランスには、坂田藤十郎の衣装とサインが飾られていた。

どうもこのホールは、鴈治郎時代の坂田藤十郎さんによる杮落としだったようだ。

 

 

 

 

 

中もとても良く、花道もちゃんと作れるホールだった。

 

 

 

最初の演目は、土屋主税

 

この演目は初めてみたが、玩辞楼十二曲の内で、内容は「松浦の太鼓」という演目によく似ていて、大高源吾という赤穂浪士の話である。

 

源吾は、俳句の師である其角を訪れ、仕官が決まったことを報告する。

其角は「年の瀬や水の流れも人の身も」という句を贈り、源吾は「あした待たるるその宝船」と付句する。

 

この場面は、大枠は松浦の太鼓と似ているが、両国橋で偶然出会う松浦の太鼓の方が、景色も雰囲気も風流で趣があるかもしれない。

 

 

次の場面は、吉良邸の隣家で土屋主税の奥座敷となる。

土屋主税は其角から源吾の付句を聞き、今日仇討ちすることを悟る。

そんな中、隣の吉良邸から陣太鼓の音が聞こえだす。

 

この場面は、松浦の太鼓では吉良邸の隣家は松浦公の屋敷となっている。

 

 

鴈治郎さん、亀鶴さん、橘三郎さん、折之助さん、翫政さん、吉太朗さんと、どの役者もそれぞれの役でしっかりと際立っていて、とても良かった。

 

 

去年の十二月、南座で仁左衛門さんの松浦の太鼓を観た。

そして今年の十一月、歌舞伎座で仁左衛門さんの松浦の太鼓が行われる。

十一月こそは歌舞伎座へ行かないと決めていたが、この土屋主税を観て、何か松浦の太鼓を観たくなってしまった。

 

 

そして、最後は汐汲

 

海女である吉弥さんの舞踊にすっかり見入ってしまった。

須磨の浜辺の情景が浮かんでくる、美しい踊りだった。

 

須磨での光君がふと思い浮かんだ。

 

今回の汐汲は少し変わった内容で、亀鶴さんによる此兵衛という人物が後半表れ、ちゃちゃを入れだす。

そして何故か二人での立廻りとなり、最後は見得をきって幕切れとなった。

 

 

幕間二十五分の休憩を含めて二時間ほどの短い公演で、時間的には物足りなさを感じたが、とても満足する内容で楽しむことができた。

 

またこの浪切ホールで歌舞伎をみてみたい。

 

 

筋書

 

 

帰り、むか新という店により、

むらしぐれと、こがしバターケーキというお菓子を買った。

 

 

 

むらしぐれは、泉州地域では有名で和菓子である。

母親が泉州の泉佐野出身であったため、子供の頃はよく食べた。

 

 

私の住んでいる地域ではこのお店はないので、駅から少し遠かったが、どうしても食べたかったので寄ることにした。

 

 

とても懐かしい味がした。