2月26日「釜飯」「お門違い」佳(kei)さんお題
「料理泥棒」
妻の凝り性はすでに芸術の域に達しようとしている。そして我が家の台所のあらゆる収納スペースも、それと同時に限界ギリギリの飽和状態に達しようとしている。ありとあらゆるーー高級なものから、100円で手に入るものまで、どこの家庭にもあるものから、超専門的なものまでーー調理器具が、これまた芸術的な間隔できれいにおとなしく並んでいる(ちなみに妻は収納の方でも超芸術的な凝り性なのだ)。
小型車一台分ぐらいの値段のする高性能ミキサーから、舶来ものの鍋、子供がすっぽり入りそうなほど大きな中華鍋に、サンダースほどのあらゆるかたちの「おたま」、おでんやの屋台が今すぐ開けるような立派なおでん鍋まである。そして妻は、毎日何かに挑むように新しい料理を作り続ける。結婚してからもうすぐ十年経つけれど、私は外食がだんだん苦痛になってきている。なぜならありとあらゆる食事が、妻の作るものに到底かなわないからだ。
妻が今挑んでいるのは「釜飯」だ。釜飯をどうやってつくるのだか私にはよくわからないけれど、とにかく釜飯ようの釜が、我が家の美しい博物館的収納庫に仲良く二つ追加された。妻はこの釜飯のために、有名な釜飯店でパートを始めた。それが妻のやり方だ。つまり何か料理を覚えたいと思ったら、その料理店で働き始めるのだ。もちろん調理士ではないので、皿洗いだとか皿運びだとかそういう雑用係のパートである。私の稼ぎだけで暮らすことはできるが、子供はいないし、昼間暇だということでパートに出ることを許したら、半年に一度点々としながら、あらゆる専門技術を文字通り横目で「盗んで」きた。高級フレンチから、自分で焼くピザ(うちには釜もある)、うどんを打ったこともあるし、たこ焼きの屋台で座ってたこともある。そして、作り方だけでなく仕入れ先からなにから全て暗記して帰ってくる。働いている期間はとにかく盗めるだけ盗み、その店の味を超えたときに、あっさりとやめる。調理器具は、すべて彼女のパート代で払われているのだから見上げた妻だ。
今彼女は釜飯に挑んでいる。台所(すでに或る種の研究室のようになっている)は立ち入り禁止だ。私はぼんやりとソファに沈んで時々犬と遊びながら、一流店の味を待つ。こんな風に最高にリラックスできる場所で、最高級レストラン以上の味が楽しめるのだからなんて幸福なのだろう。
なんどとなく、妻に言ったことがある。どのみちもう子供ができないのなら、この貯金で料理やをはじめないか。君の才能ならミシュランだって夢じゃないぜ、と。だけど彼女は、持ち前のしかめっつらで、無愛想に答えるだけだ。
「それは違うの。お門違いなの。私は、ただ、作りたいの。盗みたいの。盗みがしたいのよ。料理がつくりたいんじゃない」
その時の妻の鬼気迫る顔には、なにか近寄りがたい妖気を感じ私はひるんだ。なんだかみてはいけないものを見てしまったような居心地の悪い感じがした。
私はそれ以来、料理店を出す提案はしていなかった。しかし、その出来上がった釜飯を食べて、ほっぺたがおちるとはこのことか(本当においしいものをたべるとき、ほっぺたは本当にじんわりと痛くなる)、というほどおいしい釜飯を食べた時、私はつい行ってしまった。
「釜飯店を開こう!連日大行列だ」
妻は、それほどおいしい釜飯を自分が作ったことなどさして興味がないような顔で、半分犬にやりながら無愛想に言った。
「わたし、料理辞めるわ」
「なんで」
この世がいったん静止したような気がして私は顔を上げた。妻は、あの時のような異様な顔をしている。そう言えば、妻はもともと、私が付き合っていた女の子の親友だった。紹介された時にも、異様な気配を感じたものだった。その彫刻のような、静止した顔、心のすぐよこまで忍び込むような異様な気配。私は強く彼女に引かれ、そして女の子とは別れ、妻と結婚した。ひどいことをしたと思う。だけど、妻の言いようがない魅力には何も誰も太刀打ちできない。
「私、明日から、T大学の○○研究室で働くの」
それは、ある有名なバイオの最先端の研究室だった。
まさかーーと私は言おうとしてやめた。妻は、あさっての方を向いて恍惚としている。
盗みたいの。盗みがしたいのよ。
知識を。形のないものを。
*佳(kei)さん、めっちゃくちゃ難しかったです。
今までで一番。なんのイメージも浮かばなくて
無理矢理感あふれる作品となりましたが受け取って下さい。
またお題下さいね!
2月25日「白い部屋」「絵の具」
白い部屋の夢を見た後はきまってうまく起きられなかった。目覚まし時計が何度せかしても、私は甘い余韻の残った布団にくるまりその幸福な印象を胸いっぱいに吸い込んで、何度も何度も、夢の印象が薄れて消えて現実の朝にとってかわるまで、寝返りをうつのだった。
白い部屋にはいつもいっぱいに光が差し込んでいる。いつだって五月のお休みの日の午後のような優しくて眠たくて少しだけ憂鬱な感じのする光だ。白いレースのカーテン。窓の外には青い空だけ。きっと高いビルの上の方にある部屋なのだろう。部屋には、大きくてつるつるとしたベッドと、くすんだ赤の、大きくてどっしりとしたベルベッドのアンティークソファ、同じぐらいくすんだふるいグリーンの丸いカーペット、そしてその上にそろえられた柔らかい皮の白いスリッパ、シンプルな銀色のシャンデリア、それ以外には何もない。風はゆっくりと足音を潜めて部屋を通り過ぎる。光と埃と時間がゆっくりとその周りをまわっている。まるで古い時間の幸せなパーティーの記憶みたいに。大昔の幸福な家族写真のように。音はないけれど、やさしくてそして遠い。
大きなベッドにはつるつるとした肌触りのよいシーツが引いてあって、私と「彼」はそれにくるまって小さな子供のように寝息を立てている。私も「彼」もほんの小さな子供で、なかよく昼寝をしているみたいに。私は時々手をのばして、「彼がそこにいる」ことを確かめる。夢の中でも、彼はしっかりとした温度と存在感をもってそこにおり、私を安心させる。夢の中だと、すごくいろんなことがわかる。彼がどこにもいかないことも、彼がどれくらい私をいとおしく思っているのかも、この白い時間が永遠に続いて、夜なんて絶対にこないことも。そしてとても幸福になる。完全に満たされる。月の光に照らされた清潔な水に体中をひたひたと浸されたような、それはもう完璧な幸福感だ。
だから目をさましたとき、それが私の頭の中の世界にすぎず、白い部屋もベッドも光も彼もなにもいないのが本当だという現実を見つめるのはいつもとても辛かった。私は相変わらず欠落した存在だし、彼はもうとっくに私のことなど忘れているだろう。二人の為に時間が永遠になるような場所なんて、絶対にこの世にはないのだから。だけど私はいつも、夢の幸福感だけは本当だと思っていた。あんなに完璧な気持ちになることができないのなら、この世に存在するあらゆるものは、犬のうんこじゃないかとさえ思えた。
白い夢は、突然に舞い戻って来た。見たいときに見られるようなものじゃない。私がささやかな日常にささやかな満足を覚え、すっかり彼を忘れたような気分になったような日に限り、その夢はふっと現れた。かわいそうな猿の頭についた輪っかみたいに、わすれるな、と言われているな気がした。ばかばかしい片思いのその記憶を、忘れさせないために夢はもどってくるのだ。そしてその効果は絶大で、夢の後三日間は、私は昔聞いた音楽を聴き、ひたすらにその時間に舞い戻ろうとした。彼と彼のいた時間を。
彼は街角の画家だった。美大生かなんかだったんだとおもう。そしてささやかな材料を買ったり、家賃をはらうために、私の働いていたパン屋で週に4日、レジ打、雑用をやっていた。田舎町で私は高校生で、その山の上にある美術大学の学生は私たちにとって外から来る珍しい風だった。彼にはじめて会った時に、なんだか珍しいものをみたように、私は何度もその顔を確認してしまった。どこかで見たような、すごく懐かしい感じがしたのだ。今までの人生で会った誰かに似ているとか、芸能人とか、飼ってた犬とかぬいぐるみとか、マンガやアニメかもしれないと思っていろいろ考えてみたが、そのデジャビュの正体を解き明かしてくれそうなものは思い出せなかった。私は彼に会うたびに、その顔に潜んだなつかしさのスイッチを探すようになった。やがて彼の顔をみるのが楽しみになり、そしてとうとう好きなんだと気がついたときには彼に会って三ヶ月が経っていて、私は進学のために東京へ出ることが決まっていた。
仲良くなりたいと、いつも思っていたのに叶わなかった。いつも、仕事場の同僚以上の会話をすることもなく、ふたりきりになったことさえあまりない。会話の相性は良かったような気もするけど、人当たりのよい彼はだれにでもそんな風だったと思う。
いままで何人かの人を好きになっていたけれど、それは顔が好みだからだとか、素敵な手紙をもらったからだとか、話しているうちに好きになってしまっただとか、そんな当たり前のことで、恋とはそういう、きらきらした海の上の波のようなものだと思っていた。だけど彼のことを、誰からも悟られず密かに好きだった時、私はいつも、とても深い場所で重要な変化がおこっていることを自覚していた。そしてそのとても深い場所で、私たちはつながっているようなきがした。遠い、白い、懐かしい部屋で。私の聖域のような場所でその恋は発生したんのだ。誰からも悟られず。だからこんなにも無条件に好きなのだ。
結局気持ちを伝えないで私はパン屋の仕事を辞めて上京した。彼には恋人がいたし、あたりまえの告白や、それに続く恋人としてのあらゆる通過儀礼がばかばかしく思えたからだった。私はそういうことを望んでいる訳じゃないのだ。一緒にいたいわけでもない。だけど辛いほどに彼に恋したままだった。それはきっと、その白い部屋の存在に気づいているのが私のほうだけで、彼は私と深い場所でつながっていることに気づきもしないからだ。
あれから十年が経とうとしていた。私は結婚をのぞんでくれる男性とゆっくり家探しをしていた。時々夢の中で幸福な気持ちになるぐらい、浮気にも入らぬと思っていた。
式をあげない書類上の結婚なので、家さえ見つかればもうそこで一緒になろうと決めていたのに、なかなか条件に会う家が見つからずに数ヶ月が経った。私たちがその部屋を見つけたのはしずかな六月の晴れた日曜日のことだった。
不動産やさんにつれられてその部屋に入ったとたん、私はがーんとしためまいに襲われた。石神井公園から徒歩で十二分ほどあるいた静かな場所にある、五階建てのマンションの最上階だった。そこは私が夢で見て来たのと同じ部屋だった。シャンデリアとソファとカーペットと、もちろんベッドがないだけだ。白い光が差し込む窓にも、レースのカーテンはかかっていない。私はぐらぐらと揺れている気がした。婚約者はそこを気に入り、条件もばっちりそろっていた。私はぐらぐらと揺れたまま、その部屋に住むことに合意し、二人は夫婦となった。
私は、その夢の部屋が、「石神井公園のちかく、地上五階のマンション」という現実的な要素を与えられたことにとまどっていた。そして、私が無情の幸福感を味わった場所で、これから過ごすのに、その相手が夫であることに、まるで寝室で浮気しているような居心地の悪さを感じていた。
その部屋に引っ越す前の日、私は白い部屋の夢を見た。当然いつか来るだろうと思っていたので、私は冷静に夢を受け入れた。
夢の中で、彼も私も眠っていなかった。彼も私も、着心地のよい白いコットンのパジャマを着ていた。そしてベッドの上で並んで体育座りをしていた。
「そろそろはじめようか」
彼は言った。
「ええ」
と私も答えた。何を?と聞こうとする前に、私はするべきことを知っていた。私たちはベッドの脇に置かれた缶に入った絵の具をつかみ、めいめいに部屋中の壁にぶちまけた。部屋はすぐに色とりどりに染められた。カーテンも、ベッドも、ソファも、何もかも。彼は筆を動かした。すぐにその壁のもようは広い花畑のある草原になった。私は黄色い絵の具でその草原をまっすぐによこぎる綺麗な小道を造った。
白い光が射している。私たちは手をつなぎ、その小道に向かって歩き出した。
*よくもわるくも一番「私らしい」作風です
だからなんか恥ずかしいなんでだろ?
こうやってブログの形で見ると、私の書きたいことってとことん伝わりにくい
わけのわからないなんかですね。
白い部屋の夢を見た後はきまってうまく起きられなかった。目覚まし時計が何度せかしても、私は甘い余韻の残った布団にくるまりその幸福な印象を胸いっぱいに吸い込んで、何度も何度も、夢の印象が薄れて消えて現実の朝にとってかわるまで、寝返りをうつのだった。
白い部屋にはいつもいっぱいに光が差し込んでいる。いつだって五月のお休みの日の午後のような優しくて眠たくて少しだけ憂鬱な感じのする光だ。白いレースのカーテン。窓の外には青い空だけ。きっと高いビルの上の方にある部屋なのだろう。部屋には、大きくてつるつるとしたベッドと、くすんだ赤の、大きくてどっしりとしたベルベッドのアンティークソファ、同じぐらいくすんだふるいグリーンの丸いカーペット、そしてその上にそろえられた柔らかい皮の白いスリッパ、シンプルな銀色のシャンデリア、それ以外には何もない。風はゆっくりと足音を潜めて部屋を通り過ぎる。光と埃と時間がゆっくりとその周りをまわっている。まるで古い時間の幸せなパーティーの記憶みたいに。大昔の幸福な家族写真のように。音はないけれど、やさしくてそして遠い。
大きなベッドにはつるつるとした肌触りのよいシーツが引いてあって、私と「彼」はそれにくるまって小さな子供のように寝息を立てている。私も「彼」もほんの小さな子供で、なかよく昼寝をしているみたいに。私は時々手をのばして、「彼がそこにいる」ことを確かめる。夢の中でも、彼はしっかりとした温度と存在感をもってそこにおり、私を安心させる。夢の中だと、すごくいろんなことがわかる。彼がどこにもいかないことも、彼がどれくらい私をいとおしく思っているのかも、この白い時間が永遠に続いて、夜なんて絶対にこないことも。そしてとても幸福になる。完全に満たされる。月の光に照らされた清潔な水に体中をひたひたと浸されたような、それはもう完璧な幸福感だ。
だから目をさましたとき、それが私の頭の中の世界にすぎず、白い部屋もベッドも光も彼もなにもいないのが本当だという現実を見つめるのはいつもとても辛かった。私は相変わらず欠落した存在だし、彼はもうとっくに私のことなど忘れているだろう。二人の為に時間が永遠になるような場所なんて、絶対にこの世にはないのだから。だけど私はいつも、夢の幸福感だけは本当だと思っていた。あんなに完璧な気持ちになることができないのなら、この世に存在するあらゆるものは、犬のうんこじゃないかとさえ思えた。
白い夢は、突然に舞い戻って来た。見たいときに見られるようなものじゃない。私がささやかな日常にささやかな満足を覚え、すっかり彼を忘れたような気分になったような日に限り、その夢はふっと現れた。かわいそうな猿の頭についた輪っかみたいに、わすれるな、と言われているな気がした。ばかばかしい片思いのその記憶を、忘れさせないために夢はもどってくるのだ。そしてその効果は絶大で、夢の後三日間は、私は昔聞いた音楽を聴き、ひたすらにその時間に舞い戻ろうとした。彼と彼のいた時間を。
彼は街角の画家だった。美大生かなんかだったんだとおもう。そしてささやかな材料を買ったり、家賃をはらうために、私の働いていたパン屋で週に4日、レジ打、雑用をやっていた。田舎町で私は高校生で、その山の上にある美術大学の学生は私たちにとって外から来る珍しい風だった。彼にはじめて会った時に、なんだか珍しいものをみたように、私は何度もその顔を確認してしまった。どこかで見たような、すごく懐かしい感じがしたのだ。今までの人生で会った誰かに似ているとか、芸能人とか、飼ってた犬とかぬいぐるみとか、マンガやアニメかもしれないと思っていろいろ考えてみたが、そのデジャビュの正体を解き明かしてくれそうなものは思い出せなかった。私は彼に会うたびに、その顔に潜んだなつかしさのスイッチを探すようになった。やがて彼の顔をみるのが楽しみになり、そしてとうとう好きなんだと気がついたときには彼に会って三ヶ月が経っていて、私は進学のために東京へ出ることが決まっていた。
仲良くなりたいと、いつも思っていたのに叶わなかった。いつも、仕事場の同僚以上の会話をすることもなく、ふたりきりになったことさえあまりない。会話の相性は良かったような気もするけど、人当たりのよい彼はだれにでもそんな風だったと思う。
いままで何人かの人を好きになっていたけれど、それは顔が好みだからだとか、素敵な手紙をもらったからだとか、話しているうちに好きになってしまっただとか、そんな当たり前のことで、恋とはそういう、きらきらした海の上の波のようなものだと思っていた。だけど彼のことを、誰からも悟られず密かに好きだった時、私はいつも、とても深い場所で重要な変化がおこっていることを自覚していた。そしてそのとても深い場所で、私たちはつながっているようなきがした。遠い、白い、懐かしい部屋で。私の聖域のような場所でその恋は発生したんのだ。誰からも悟られず。だからこんなにも無条件に好きなのだ。
結局気持ちを伝えないで私はパン屋の仕事を辞めて上京した。彼には恋人がいたし、あたりまえの告白や、それに続く恋人としてのあらゆる通過儀礼がばかばかしく思えたからだった。私はそういうことを望んでいる訳じゃないのだ。一緒にいたいわけでもない。だけど辛いほどに彼に恋したままだった。それはきっと、その白い部屋の存在に気づいているのが私のほうだけで、彼は私と深い場所でつながっていることに気づきもしないからだ。
あれから十年が経とうとしていた。私は結婚をのぞんでくれる男性とゆっくり家探しをしていた。時々夢の中で幸福な気持ちになるぐらい、浮気にも入らぬと思っていた。
式をあげない書類上の結婚なので、家さえ見つかればもうそこで一緒になろうと決めていたのに、なかなか条件に会う家が見つからずに数ヶ月が経った。私たちがその部屋を見つけたのはしずかな六月の晴れた日曜日のことだった。
不動産やさんにつれられてその部屋に入ったとたん、私はがーんとしためまいに襲われた。石神井公園から徒歩で十二分ほどあるいた静かな場所にある、五階建てのマンションの最上階だった。そこは私が夢で見て来たのと同じ部屋だった。シャンデリアとソファとカーペットと、もちろんベッドがないだけだ。白い光が差し込む窓にも、レースのカーテンはかかっていない。私はぐらぐらと揺れている気がした。婚約者はそこを気に入り、条件もばっちりそろっていた。私はぐらぐらと揺れたまま、その部屋に住むことに合意し、二人は夫婦となった。
私は、その夢の部屋が、「石神井公園のちかく、地上五階のマンション」という現実的な要素を与えられたことにとまどっていた。そして、私が無情の幸福感を味わった場所で、これから過ごすのに、その相手が夫であることに、まるで寝室で浮気しているような居心地の悪さを感じていた。
その部屋に引っ越す前の日、私は白い部屋の夢を見た。当然いつか来るだろうと思っていたので、私は冷静に夢を受け入れた。
夢の中で、彼も私も眠っていなかった。彼も私も、着心地のよい白いコットンのパジャマを着ていた。そしてベッドの上で並んで体育座りをしていた。
「そろそろはじめようか」
彼は言った。
「ええ」
と私も答えた。何を?と聞こうとする前に、私はするべきことを知っていた。私たちはベッドの脇に置かれた缶に入った絵の具をつかみ、めいめいに部屋中の壁にぶちまけた。部屋はすぐに色とりどりに染められた。カーテンも、ベッドも、ソファも、何もかも。彼は筆を動かした。すぐにその壁のもようは広い花畑のある草原になった。私は黄色い絵の具でその草原をまっすぐによこぎる綺麗な小道を造った。
白い光が射している。私たちは手をつなぎ、その小道に向かって歩き出した。
*よくもわるくも一番「私らしい」作風です
だからなんか恥ずかしいなんでだろ?
こうやってブログの形で見ると、私の書きたいことってとことん伝わりにくい
わけのわからないなんかですね。
2月20日「かぼちゃ」「遅刻」
頭が燃えるように痛かった。さっきまで見ていたやけにリアルな夢のせいだ。夢の中ではありとあらゆるものが燃えていた。試験会場も面接官も、他の生徒もみんな。ひどく大きな声で叫んでも誰にも伝わらずにみんな燃えていた。そして目が覚めたら完全に遅刻な時間になっていた。今日は高校入試の二次試験、大事な面接があるというのに。母親は仕事に行っていていなかった。テーブルの上におかれた弁当をひっつかみ、その脇の紙ー「面接官なんてみんなかぼちゃだと思って、頑張りなさい!」ーをちらりと見てから家を文字通り飛び出した。高校までは坂を下ってからまた昇るだけの超至近距離だが、試験開始を告げるチャイムが盆地状の街にしずかにおごそかにそして有無を言わさぬ厳格さで鳴り響いた。いくら面接官がカボチャでも、遅刻する生徒を許しはしないだろう。どうしよう。今までの苦労が、なにもかも燃えてしまう。頭が、燃えるように痛い。
高校の門は開いていて、門番も受付も誰もいなかった。ただ、墨で書かれた試験会場という表示と矢印の案内図があちこちに貼ってあるだけだ。人の気配がまったくしない。きっとみんな恐ろしく集中している時間なのだろう。しかし門が開いていることをいいことに俺は校内にしのびこんでみた。案外、間に合うかもしれない。
しかしすぐにおかしいと思った。受験番号と照合しながら「控え室」になっている教室のとびらをあけると、そこにはたくさんのカボチャがおいてあったのだ。
打ったような静けさのなかに、礼儀正しく一つの机に一つのカボチャ。俺の受験番号が書かれた机だけ、かぼちゃがおかれていなかった。まるで他の生徒がみんなカボチャになってしまったみたいだ。俺の席は丁度真ん中あたりで、席に着くといいようのない居心地の悪さを感じた。
カボチャたちは、そこら辺のスーパーで売っている普通のまるごとのカボチャだった。おかしいところはなにもない。俺はためしに隣の机においてある少し黒っぽいヤツをつつこうとしたのだけど、なんとなく居心地悪くてやめた。
教室の後ろにはストーブが焚かれていて、そこにも一つカボチャが置かれていた。
悪い夢よりもっとわるい。何もかもが燃える夢でも、そこには人間というものがいたもの。そういえば今日は朝起きてから人間に会っていない。俺はあわてて席を立って教室の外に出た。世界は静かすぎる。まさか、俺が眠っている間にすべてのものがカボチャに変わってしまったのか?母親も?何もかも?
どうすればいいんだ?世界にただ一人で。
その時廊下の曲がり角から、セーラー服の美少女が歩いて来た。見たことのない子だったけど、本当に可愛い子だった。黒い髪を一つに束ねて後ろに結び、とまどった表情でこちらに向かって歩いてくる。俺をみて少しほっとした顔をした。俺はかなしばりにみたいに動けなくなった。カボチャしか見ていなかったので、その子はまるで地上に降り立った天使のようだった。
「あのう」彼女は言った。鈴みたいに可愛い声だった。「今日は試験の日ですよね?」
「・・で・・・」喉の粘膜がねばねばして、まともに声が出てこなかった。彼女はそんな俺の不器用ないろいろを無視して、廊下をみまわした。
「どうしてカボチャしかないんだろう」
俺ははっと気がついた。これは、誰もが一度は妄想したことのある「アレ」だ!好きな子と俺以外全部消えてしまえ!ってやつ。なんて素敵なんだろう。この子と俺以外すべてカボチャになってたら?
「いいじゃないか」俺は言った。「カボチャしかないんだもん。試験は中止だよ。それよりーー」
「そんなわけないだろ!ぼけ!」
急に美少女がおばさんみたいなすごみのある声で怒鳴った。びっくりして飛び上がるとそこは俺の部屋で、目覚ましがけたたましく鳴り響き、母親がすごい剣幕でこちらをにらんでいた。
「なにがカボチャしかないから、だよ、はやくおきなさい!」
時計を見ると、まだ試験には十分間に合う時間だった。緊張のあまり悪夢を見ていたのだ。
朝食のカボチャサラダをなんだか食べる気にならなかったのは察して欲しい。
俺は正常な頭痛と正常な気持ちで冷静に制服に着替え、受験票を確認し、弁当を持って家を出た。
「面接官なんて、カボチャだと思いなさい!」と母親が言った。
高校までつづく坂の途中で、無数の学生服の中に、俺は夢の中で見たセーラー服の後ろ姿を見つけた。
頭が燃えるように痛かった。さっきまで見ていたやけにリアルな夢のせいだ。夢の中ではありとあらゆるものが燃えていた。試験会場も面接官も、他の生徒もみんな。ひどく大きな声で叫んでも誰にも伝わらずにみんな燃えていた。そして目が覚めたら完全に遅刻な時間になっていた。今日は高校入試の二次試験、大事な面接があるというのに。母親は仕事に行っていていなかった。テーブルの上におかれた弁当をひっつかみ、その脇の紙ー「面接官なんてみんなかぼちゃだと思って、頑張りなさい!」ーをちらりと見てから家を文字通り飛び出した。高校までは坂を下ってからまた昇るだけの超至近距離だが、試験開始を告げるチャイムが盆地状の街にしずかにおごそかにそして有無を言わさぬ厳格さで鳴り響いた。いくら面接官がカボチャでも、遅刻する生徒を許しはしないだろう。どうしよう。今までの苦労が、なにもかも燃えてしまう。頭が、燃えるように痛い。
高校の門は開いていて、門番も受付も誰もいなかった。ただ、墨で書かれた試験会場という表示と矢印の案内図があちこちに貼ってあるだけだ。人の気配がまったくしない。きっとみんな恐ろしく集中している時間なのだろう。しかし門が開いていることをいいことに俺は校内にしのびこんでみた。案外、間に合うかもしれない。
しかしすぐにおかしいと思った。受験番号と照合しながら「控え室」になっている教室のとびらをあけると、そこにはたくさんのカボチャがおいてあったのだ。
打ったような静けさのなかに、礼儀正しく一つの机に一つのカボチャ。俺の受験番号が書かれた机だけ、かぼちゃがおかれていなかった。まるで他の生徒がみんなカボチャになってしまったみたいだ。俺の席は丁度真ん中あたりで、席に着くといいようのない居心地の悪さを感じた。
カボチャたちは、そこら辺のスーパーで売っている普通のまるごとのカボチャだった。おかしいところはなにもない。俺はためしに隣の机においてある少し黒っぽいヤツをつつこうとしたのだけど、なんとなく居心地悪くてやめた。
教室の後ろにはストーブが焚かれていて、そこにも一つカボチャが置かれていた。
悪い夢よりもっとわるい。何もかもが燃える夢でも、そこには人間というものがいたもの。そういえば今日は朝起きてから人間に会っていない。俺はあわてて席を立って教室の外に出た。世界は静かすぎる。まさか、俺が眠っている間にすべてのものがカボチャに変わってしまったのか?母親も?何もかも?
どうすればいいんだ?世界にただ一人で。
その時廊下の曲がり角から、セーラー服の美少女が歩いて来た。見たことのない子だったけど、本当に可愛い子だった。黒い髪を一つに束ねて後ろに結び、とまどった表情でこちらに向かって歩いてくる。俺をみて少しほっとした顔をした。俺はかなしばりにみたいに動けなくなった。カボチャしか見ていなかったので、その子はまるで地上に降り立った天使のようだった。
「あのう」彼女は言った。鈴みたいに可愛い声だった。「今日は試験の日ですよね?」
「・・で・・・」喉の粘膜がねばねばして、まともに声が出てこなかった。彼女はそんな俺の不器用ないろいろを無視して、廊下をみまわした。
「どうしてカボチャしかないんだろう」
俺ははっと気がついた。これは、誰もが一度は妄想したことのある「アレ」だ!好きな子と俺以外全部消えてしまえ!ってやつ。なんて素敵なんだろう。この子と俺以外すべてカボチャになってたら?
「いいじゃないか」俺は言った。「カボチャしかないんだもん。試験は中止だよ。それよりーー」
「そんなわけないだろ!ぼけ!」
急に美少女がおばさんみたいなすごみのある声で怒鳴った。びっくりして飛び上がるとそこは俺の部屋で、目覚ましがけたたましく鳴り響き、母親がすごい剣幕でこちらをにらんでいた。
「なにがカボチャしかないから、だよ、はやくおきなさい!」
時計を見ると、まだ試験には十分間に合う時間だった。緊張のあまり悪夢を見ていたのだ。
朝食のカボチャサラダをなんだか食べる気にならなかったのは察して欲しい。
俺は正常な頭痛と正常な気持ちで冷静に制服に着替え、受験票を確認し、弁当を持って家を出た。
「面接官なんて、カボチャだと思いなさい!」と母親が言った。
高校までつづく坂の途中で、無数の学生服の中に、俺は夢の中で見たセーラー服の後ろ姿を見つけた。