人に頼るっていうのにも能力が要るのよ・・・・ | 発達障害家族の記録

発達障害家族の記録

発達障害について、当事者として、
当事者の家族の立場としての両面から書いてます。

事件のニュースで、加害者に発達障碍があった、などと報道されることがある。同時に誰もが気になるその加害者の生育環境も事件背景として報道される。

 

私は、そんなニュースの発達障碍というキーワードに食いつき、自分との相違点を探ろうとしてしまう。

何かが一歩違えば自分もそっち側にいくかもしれない・・と思うからだ。

 

同じような理由で発達障碍あり?と思われる成功している人、というのも気になる存在。

 

ADHDありで成功してる人、というと私が日本人で真っ先に浮かぶのが、ホリエモンこと堀江貴文氏と元2chの管理人ひろゆきこと西村博之氏。(以下呼び捨て)

 

彼らの書籍をいくつか読んだけど、彼らの考え方って発達障碍(特にADHD)のような性質に凹凸のある人に共感されやすい内容だと感じた。

 

私は、彼らのような考え方を意識していた訳ではないけど、結果的にその考え方に沿ったような生き方をしていたので、自分はこれで良いんだ、とある種肯定してもらったような気になってしまう(笑)

 

しかし、成功者とたまたま共通した部分があるというだけで安心するのは危険・・・(^_^;)

 

 

ひろゆきもホリエモンも、微妙に意味合いは違うと思うが、共通していることがいつくかあって、なかでも私が気になったのが

 

①はじめはハッタリでもOK

(後に実現化すれば良い)

 

②人に頼るべし

 (お金に困ったら友達にご飯を奢って貰えば良い)

 

といった内容の部分


 

まず思ったのが、彼らは元々頭が良いということ。

 

彼らは高学歴だけど、学力のことではなく、

元々の頭が良い=考えることが出来る人、だと思う。

これは大きい。

 

元々考える力のある頭の良い人と考える力の無い人に共通部分があろうと、それは似て非なるもの・・・

 

同じくADHDありでも元の頭がよろしくない側の私の見解として

 

①のハッタリ

今すぐできなくても、頑張ればできそうなことならば、その場ではハッタリかましても良いと思う。後で実現できれば、それは嘘にはならない。

 

けれど、考えるのが苦手な人のハッタリはただのハッタリだったりする(笑)

嘘つきとして信用を無くすだけだと思う。


ウチの家族はその場しのぎの嘘をついたり、現実とかけ離れた理想論を語るが、結局なんにもできてない。

 

ていうか、ウチの家族のハッタリは、考える力のない人の単なる逃げ道でしかない。

ホリエモンやひろゆきの言うような物事を成し遂げるための手段ではない。

 

 

②の人に頼ることだけど、人を頼ることは確かに悪いことじゃないと思う。

 

真面目な日本人は人に頼ることを遠慮しがちで、つい自分だけで抱え込んでしまいがちな人は多い。

 

日本は毎年2万人以上の自殺者を出してるけど、こういう人達は他人に頼ることが苦手な人達だと思う。そこまで自分を追い詰めるくらいなら、人に甘えてしまったほうが良い。

 

自殺まではいかなくても、心の病になる可能性も高い。

人に甘えられないことで、返って周囲を不幸にしてしまうこともあるから、

ホリエモンやひろゆきが、あえてこの考え方を主張する裏には彼らの善良さがあるようにも思える。

 

でもこれはあくまで、人に気を使い過ぎる人向けだと思う。

 

そもそも考える力のない人は、

自分が出来ないことを分かってなくて、結果的に周囲が助けざるを得ない状況になる。


自分が潰れる前に助けてもらおう!って発想からのアクションなら良いと思うけど、そもそも助けられたことにすら気付いていない!(笑)

 

ホリエモンやひろゆきは、ある程度の知能の人を基準に書いていたんだと思うが

考える力がない人もそれぞれで、認知能力の問題もあれば、非認知能力の問題もあったりする。

 

自分でも能力不足はすぐわかるものだけど、それを受け入れられる人と受け入れられない人がいる。

 

うちの家族は、能力値低いのにプライドだけは高いタイプ。

こういうタイプは自分を守るために自分の能力値って正確に知りたくない・・・。

知りたくないのだから、考えることをするわけがない。

 

私は前の記事で、先延ばしはしない・・みたいなことを書いたけど、良く考えたら自分の能力値を知ることは長年先延ばしにしてきたわ(笑)(ノ´∀`*) あはは

 


いざとなったら、誰かに助けてもらおう♪って考えられることで、心のお守りとなるかもしれないが


私は、誰にも助けてもらえない状況を経験して良かったと思っている。

そこで、はじめて考えるということが出来るようになったから。

 

↑こういうことを書くと、時代遅れの努力至上主義精神論みたいに思われるかもしれないけど、


そもそも考えることが苦手な人程、安易に他人に頼る。


助けてくれる人がいる、というのは安心感に繋がるけど、気をつけないとますます考えるってことをしなくなる。なんとかなるんなら、考える必要がないから。


次第にそれは依存になって、やがてその依存を正当化し始めるから厄介。


でも考えることが出来ない人はそれに気付かない。だって考えてないのだから(笑)


だから、助けてあげるほうの側の見極めが重要だと思う。


メシ奢って~っみたいに頼ってくる考えることが出来ない人に奢っていたら、搾取されるだけだと思う。

そこは見極め重要だと思う。注意