ご近所様 | 彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム
 大坂万博が終わって公害で川が汚れていると嘆く話が届いて、みんなは野球じゃん拳とかテレビがカラーになるとか、ドーナツ屋さんが近くに出来たり、
カップヌードル、ポテトチップが出回りはじめた頃、

時の総理は佐藤栄作総理から、田中角栄総理に代わり、日中正常国交化が新聞に出た。

1970年ぐらいとすると、
そこから48年。

中国に残った日本人の受け入れをテレビや新聞が映していた。そこから、しばらく街の景色は同じ。

飛行機の発達に乗せて
少しづつ街は色を変え始める。

上野動物園にリンリンカンカンのパンダが来た。パンダブームが始まる。
その歩みは中国から、たくさんの物が日本に溢れた。また、中国に日本が行きやすいようになり、商売を始めた。

古代時代にさかのぼると日本にやって来た人は大陸の人が住み着いたとか。
人とはもともと流動的。
日本に生まれたとしてもアメリカ人になる人がいるし。

古代からグローバルな地球と思う。

来たり行ったり、楽しい思い出がお互いが最終的に出来ることがいい。

好きすぎて押し掛けていって、ストーカー気味に嫌気ということもあるだろうし、そこでは約束はどちらも守れない状態。
慣れないうちは相手の事情を越していいはるのだろうし。我慢があるし。

自分たちが過剰に押し掛けるのに、
来るのは失礼なんてけんか。

気がついて
少し押し掛けるのを控えめに相手の気持ちになるのも相手に迷惑かけられないことかな?

相手の事情が解るまで待てばとなりの人。

何が困るのか察しないといけない。 

言えば頭にくると怒るなら、
看板や張り紙を貼るのも有効だ思う。

地上絵、ブイなどで看板を作る。
何度でも嫌が解るまで何年でも待つ。

お腹がすいているなら、何か食べたらいいとアドバイスで声かけて、その想いにありがとうとかえってくる関係が嬉しいですね。

となりの家の人、となりの県 となりの国、となりの星で。

いつか解り会えるといいな。
自分の家のとなりの人のように。