彩希 ユキノの花舟@微笑℃ルーム
Amebaでブログを始めよう!
 
 年金は、
昭和の時に
潤って厚生年金会館など
たくさん街の施設で胸をはっていたと思う。

 あるとき企業年金解散の憂き目になって悲しい話、支給年齢が伸び、年金破産、再就職を目指すも3分の1の収入、もしくは、5 60代の再就職はすべての人には優しくないものだった。

収入のさ迷い人になった。

でも核家族で一世帯独立で生活は、
前の生活とかわりない。

家賃もローンも公共料金、食費、生活費は、収入により減額にはならないのだ。

変わったのは5分の収入減額でなく、3分の1で 6から7割の減額。

不満も言えない反対の立札を
立てたくとも「は」も言えないメンタルに押さえつけられる。
ぐうの音も発することのできない重圧なのだ。

いくら、国の話の不具合を聞いてあげようと受け入れざる負えなかったとしてもいきなり、70パーセントの収入減を誰が考えた?か。


国の不具合が0、5で立ち直るまで我慢してほしいなら、協力もしよう。


でも破産まで追いこんで過ぎていく、
そのままの
社会保障とは受け入れがたい。



一度私たちは国の不具合の大きなものを飲み込んだ。


今度、国がみんなが子供手当てのように救済を考えていくべきだと思う。



不具合は新しい年金施行の年齢開始について。

新しい二十歳ぐらいからの新規加入が決まった人から、新制度移行が優しいと思う。

修復を含め
準備ができる。




すでにほとんど積み立てが終わりになる
人の計算は旧制度で保障しなければならかった義務はあった方がスムーズではなかったか?

切りすてではなかったか?

55才定年安心年金退職、空いたポストに若者が仕事につく。スムーズではないか?



企業年金解散のときにはちゃんと整理金は約束された話はもらえていたのはありがたい話だった。


でも前の年金の
そのスタンスで旅行、家を買いも出来る計画で生活が老後生活が成立したのも世の中だった。


切り抜けが未熟という能力のなさは情けないのだろう。
この時の修正がどうだというのは今少し考えて勉強しないといけない。



保険の期日金額保障支払いの約束破りになる。



事故の保障しますとお金集めていざ事故にあったら未払いって信用って何か。



一人の基本的人権は必ず守ってあげたい。
若い人も国の政治、今のままの年金は不信の種だと思う。

突然の災害には災害給金が認定され、保証となる。


激しい年金制度災害も認定され、新しい入会の人以外は 補正する予算で生活守ります。と政策予算が降りていたら、いのちをなくす人や泣いた人離婚、夫婦けんかがなく、還暦をそこらじゅうで御祝いの笑顔が咲いたかもしれない。

新しい入会の人の支給までに修復を努力する。


だから、
制度改正前に入会した人たちには、
その分の支払いを補修安定に返して欲しいし、

年金破産も取り消しで補償に動くべきだ。生活していけないからだ。


正しい年金保障に向かって
元に直す努力はやらないといけないと思う。

より進化してほしい。


不具合不具合と言わず、押し付けず、
今は我慢だけど

脱線事故は修理に走れば電車はもとのように国民の笑顔をのせて走れるはず。


不具合放置はありえない。

少しの修理の間、耐えられる中にしてもらって、泣かないゆとりの老後が必要である。


誰もが泣かずにゆとりの働けない体になったときの年金保障があると本当に助かる。


短時間で雇われて、時給が上がってても
物価がその分あがり、袋の中の中身はグラム数が減り、消費税が高くなれば貧乏だ。


街は痩せた人が増え、葬式屋の競合で悲しい人が増えないか?街はどうなる?
望みたくないと思う。



私は、贅沢予算を節約し、資金繰りリスクを克服の年金補償予算を組む必要がある。


何より、赤字でも優先的にやらないと路頭に迷う悲しい人が増えるのではないか?


働けない。年金もわずか。生活保護がとれれば良いが、幸せですか?

ちゃんと年金満額めても生活保護って何でしょう。受け入れがたいものではないですか?


みんながゆとりの国民生活を笑顔で送れること。


そのための勉強は忘れない。


今、本当に赤字なのか?


みんなで自分のすむこの国と生きている人を無視しないでベストな助けあいをしてほしいという赤字要求なのか。

みんなで助け合ってみんなで笑顔で暮らす日になったら、黒字と言いたいのでしょうか?


これまでもたくさん懸命に年金に向き合って頂いた方に本当にご苦労さまだと思います。


また1歩進んで
ゆとりの生活を考えてくれる国会議員をみんなで応援して国の代表になって欲しいとおもう。


貧索、放置をしないように。豊かな暮らし目指して。


ちゃんと働いて暮らした実績のある市民たちなのに
年金破産で貯金を使い果たすことになる。
生活保護まで落とすまでやるのは、放置。




申請すれば、
資産貯金も守り、
当たり前の市民年金生活まで

年金手当で
救済、旧加入者の補償を始めないといけないのではないでしょうか?


そして
新しい年金制度は新しい加入から、を
忘れないでほしい。



これは、人間的約束ごとだと思う。
やぶれば、傷付く人が街に何人出ているのだろう。



改制前の加入者すべてなのかと思う。


完璧を求めないが だんだん、資金繰り、減額巾のかなりの大きさに気づき、縮小へ、ゆとりの年金まで戻らないいけない。



買い物できない悲しい栄養失調、貧民を救う。


大学経済学部も豊かな国民生活のために明るい収入、消費を練り、みんなで笑顔で暮らせるように研究してほしい。
私たち一人一人もアイディアを送りましょう。


消費税さえ、いきなり70パーセント引き揚げなんてやらないのに

どうして年金やシニアの賃
金だけ、0、01だけ我慢してほしい、修理するでなく、平気なのか、それを見て 放置されるだけで数年経っていく。



絶対反対で受け入れがたいもの。


はやく脱線に修理、年金補償に入ってほしい。私たちは旧年金制度に入って暮らしを建ててきた。


だから、55才定年で暮らしていける分を支給を決めて欲しい。

これが入ったときの年金と私たちとの約束ごと。



明るい世の中の時間空間を夢見て。
がんばれ。みんな✨
 
 ずっと ナゴヤドームとドラゴンズの
記事をいのちの花で書いていた。

なんとなく元気になってきて良かった。

数年前に母を亡くし、父も家をたたむという。

歩けないわけでないけれど
杖が楽しい。

杖が心の友だちで母でもあり、父でもある。
今のところ、杖は私に悲しみをくれない。杖ついて心が楽になる。


今の年金は年金の少ない人をいじめる。
速く救済措置を急ぐべきだ。

明るいゆとりの老後、働けない人を助けないといけない。

人に暖かい年金になりますように。
消費税上がり、オリンピック、事業費より、ゆとりの一人一人にあった老後年金を待つ。


小さな頃、ナゴヤでヒヨコ売りがいて、鶏まで育てるのがあった。最近ナゴヤにきた人に教えてあげよう。

チェッリシュのうわさ、満載の小学生高学年のころかな?
 
 無風で雨が降っている今日です。

2000年を越した頃の小学校の話で
週休2日でゆとり教育が始まる動きで
先生も1クラスに二人になる頃。

あらゆる小中学校のガラスが割れるという事がたくさん起きた。

そして、校門には鍵をかけられ、緊張があった。

時の文部省大臣より、じきじきにプリント文章が小学校保護者宛てに指導が1枚1枚配られた。

なぜ、校長や地域の教育委員会を飛び越えて、大臣から、という手紙をみんなで受け止めた。

なぜ、ガラスが割られていく意味は未だに解らないこと。

ゆとりがゆとり世代でない上の世代の余力エネルギーになったのかと勝手に空想はするが解らない謎なのである。

その辺りから、心配な父母やマスコミに対して打開策としてすぐ教育特区で国で政策をたて対策実行を始めたと新聞にあったと思う。

国は、日本に住む人の子供の安心な教育の政策に着手して答えたのだと思っていた。

その通り成功して今も機能しているとニュースは伝えている。

私は教育特区とはそのように不安な保護者に対して国が政策救済をすぐ実行したものと記憶している。

その中のひとつの政策が
後の今にずいぶんな失策と評価される批判する複雑な反組織の意味が解らない。

国民のためと地方を抜いて国が直轄に至った話だった。国のひとり相撲が見え、地方の理解回りの理解を欠いて国民一人一人、びっくりした事でしょうか?
みんなの周知、合意、国の意志の記憶がちゃんとあったとしたら、今は混乱してないように思える。

知らない人も多いと思う。小学校の地震補強対策、トイレの洋式問題はみんなの周知があった。教育特区は私が触れていいことかが解らないような事であるが
今、とても大事な事に思う。

その批判する人はちゃんとその時の新聞を読んでいた、いない、どちらでしょうか?国の身近な部署の周知合意がどうだったのか?

少なくも私は私たちの子供の教育に尽力されたと私は覚えている。

ただ学校より国からの直接の手紙には、
有りがたいのだろうが初めてでびっくりした。回りを気をつけるようにしないと注意喚起だったのか。

今、ガラスが割られる話を聞かない。
学校の校門は閉まっているが一時のようなうわさは聞かなくなった。


小さな頃に春日一幸という政治家の「人を飢えさせてはいかんのだ」という言葉
だと思うが頭に響く。
飽食までに守られたような気がする。
小さな頃だから、思い違いもあるかも。そのくらい政治家と地域の信頼はつながっていた時代がなかったとは言わない。
 日本のA首相が憲法を見直すと聞こえてきたあの頃

スーパーで9条改正反対の旗を二人であげて立っている人を見かけた。

私は、憲法を子供が読んでも分かりやすくすることと思っていた。




時間が立つにつれ、話が違う方向に進みだして難しくなったような気がする。

知らない世界で記述として昭和16年冬
真珠湾攻撃とある。
つまり、昭和天皇即位16年目42歳頃。
終戦は46歳頃。
天皇は日本の象徴となる。



近所で満州帰りの話、祝祭日に国旗を飾っていた。いつごろから小学生後半の頃から、無くなった。

それでもラジオやテレビから、しか、
関係しないその姿にみんなは涙きわまるほど尊敬していたと思う。

最古に日本を見てきた直系の御人家族なのでしょう。
まさか、原始時代から日本を見てきたとは考えにくい、卑弥呼から?
今もみんなのために活動していただける。嬉しいと思う。

色いろな国の人が住む今の円滑なグローバルな日本、助け合える国をのぞみたい。

困難もあるでしょう。

未来の日本がおだやかなら、いい。

また日本で生まれた人がアメリカ、北欧、ロシア、好きな国に住むことができる。世界都日本東京。言葉で世界という住所が円滑に息づく日が来ることを望む。

日本の恵も地球の恵、一国の鎖国をさけ、外交を強く戦後は押し出した記述をたくさん読んだ。

となりの人を知る。挨拶する。となりの国を知る。挨拶する。
いきなりの怪獣や鬼は怖いが挨拶した、となりの人なら、情も通じるし、笑顔も嬉しい。全く知らない仲でないこと。
いい関係が望ましい。

みんなが武器を棄てれば、無用の道具。
私は武器は持ってない。包丁はネギを刻んでいる。


一時的な昭和の破壊のファシズム。
災害に負けやすい環境と鉄砲 鉄道 飛行機 レーダーの発達、化学の発達、の
効き目を誇示したい集団が明治からの上の人にいた?のでしょうか?

マンモスを石鎚でやって狩りをし、食料にしていた人類の方でしょうか?


稲をうえ、農耕を始めた人類は少ないと思うのですが。

世界中の人の飢えをなくす機関が重要になると思う。
みんなが世界の人が包丁でネギを刻みうどんに入れて笑顔でいてほしい。

すべての人が農耕民族でなく、狩りによって欲望を満たしてきた人は歴史の本には山と世界中にある。
ここ近年は農耕民族が仲良く生きている話を聞いておだやかである。

現在の食物生産量、交通網からは、飢餓からの立ち直りは遅くないと思う。

戦争放棄はいつまででも紙上のしるし
であってほしい。

隣の県人は攻めては来ないし、県境はフリーでパスポートはいらないのである。
長い時間で関所や通行手形は無くなった。


また、小学生に解るようにするには
どうしたら、いいのか?

地球のお話をたくさん聞きましょう。地球に住む人と
いい思い出作りいい関係を作りましょう。
あいさつをしよう。
助け合いましょう。
相手の気持ちになりましょう。
食べ物を大切にしよう。

戦争という過去の出来事を繰り返さない。

でしょうか?


自衛隊はボランティア隊に変わるのが
理想。かな?
困っている人、町 市、県、国、州
世界を求めて、援助を主体に活動してほしい。と個人的に思う。


日本で暮らす約束ごとが解りやすいなる
事が嬉しいですね。
 赤字がつらいという。
 それはつらいよね、
 私も辛い。

 じゃぁ、どうする?
 今すぐはなにも見つからない。


 みんなで元気になる
 方法が見つかるまで


 そばにいるよ
 何か見つかるさ、
 
 何年目でも


 叩いたり、暴れたりはしない。

 本当に心が痛いね。解る。


 たくさんの災害に
 必死でやっているよ。

 ハリケーンや竜巻被害には
 大変。

 アメリカにボランティアが
 いるなら、派遣をかんがえては
 どうか?

 協力を考える


 落ち着くまで募金を募る。
 折鶴、おくろう。
 歌をうたってあげる。
 ハンバーガー食べてるよ。
 アメリカンドーナツにコーヒー☕も

 バック トウ ザ フィーチャー
 映画見たし、
 ミッキーマウスもがんばっているよ
 

 元気になりますように


 太古は地続き、おとなりの国