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幸運の秘訣 「 自分を残念に思わない 」

(6/30)

おはようございます。

1905の今日、6月30日に

アルベルト・アインシュタインが特殊相対

性理論の最初の論文を物理雑誌に提出して

います。

今日は、理論物理学者

アルベルト・アインシュタインの一言。

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 【今日の一言 2022年6月30日】

「蝶はモグラではない。

でも、そのことを残念がる蝶はいない

だろう」

(アルベルト・アインシュタイン

1879 - 1955年 理論物理学者)

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自分は、猫として生まれたのに「ライオン

は、堂々として格好いいなあ。ライオンに

なりたいなあ」とか「チーターは、足がす

ごく速くていいなあ、チーターみたいに速

くなりたいなあ」と思っても、無理な相談、

願っている時間の無駄です。

猫の環境を受け入れて、猫は猫なりに、善

くなることを考え努力すべきなのです。

江戸時代の禅僧、良寛は、「花 無心にして

蝶を招き 蝶 無心にして 花を訪ぬ 花

開くとき 蝶来たり、 蝶 来たるとき 

花開く 吾もまた 人を知らず 人もまた

吾を知らず。知らずして 帝則に従う

(花は、蝶を招こうとして咲いているので

はなく。蝶に、花を訪ねようという心が

あるのでもない。花が咲くと、蝶が飛んで

きて、蝶が飛んでくる時に花が咲いている。

自分も、他の人々のことは知らないが、

他の人々も自分のことを知らない。互い

に知らないながら、意志を超えたところ

で助け合うという天地の道理に従って

生きている)」と説いています。

自分では、役に立っていないと思っても、

与えられた命を大切に懸命に生きていれば

どこかで、誰かの役に立っているのです。

今朝、ミミズが道路で干からびていました。

暗い土の中が嫌で、明るい世界に憧れて

土の環境から離れたのはいいんだけれど、

道路の上で生きていくように体ができて

いない。あっという間に力尽きてしまうの

です。

ミミズと同じような過ちを犯していません

か?

ミミズは、ミミズとして土を耕し豊かにす

ることで、世の中の役に立っているのです。

 

「過去から学び、今日のために生き、未来

に対して希望をもつ」(アインシュタイン)

「挫折を経験したことが無い者は、何も新し

い事に挑戦したことが無いということだ」

(アインシュタイン)

「成功という理想は、そろそろ奉仕という

理想に取って替わられてしかるべき時だ」

(アインシュタイン)

(yoishokuba.o-!  2889)

幸運の秘訣 「 背負える重荷があることを楽しむ 」

(6/29)

おはようございます。

1935の今日、6月29日に

戦後初の三冠王を獲得した野村克也が

うまれています。

今日は、南海、ヤクルト、阪神、楽天の

監督を歴任した名将

野村克也 の一言。

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 【今日の一言 2022年6月29日】

「重荷があるからこそ、人は努力するので

 ある。

 重荷があるからこそ、大地にしっかりと

 足をつけて歩いていける」

(野村克也 1935 ‐ 2020年

 プロ野球選手(捕手)・監督、野球解説者

 ・野球評論家)..

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野村は、入団当時、肩が弱かったため、一

塁手へのコンバートを言い渡されています。

野村は、砂を詰めた一升瓶や鉄アレイなど

を使って筋力を鍛え、遠投で肩の強化に努

めました。

また、「遠投は体全体で投げること」という

先輩の言葉を「体全体を鍛えればいい」と

解釈し、当時はまだタブー視されていた

ウエイトトレーニングを始めています。

まっすぐ投げることができていない原因が

ろくにボールの握り方も知らないことで

あったことから、考えることの重要性を

知ったといいます。

まさに、重荷があるからこそ、努力し、工

夫を重ね、考え、道を開いたのです。

 

「楽を求めたら、苦しみしか待っていな

い」(野村克也)

「特に若い人には『夢を持て、夢を持って

生きろ』、この一点だけでいいと思う。…

『俺は大人になったらこうなる』という

明確な夢があると、本当に楽しい。俺の

経験からいうとそうだ」(野村克也)

幸運の秘訣 「 短くても命の瞬間を輝かせる 」

(6/28)

おはようございます。

1951の今日、6月28日に小説家

林芙美子 が亡くなっています。

今日は、林芙美子の一言+α。

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 【今日の一言 2022年6月28日】

「花の命は短くて苦しきことのみ多かりれど

風も吹くなり、雲も光るなり」

(林芙美子 1903 - 1951年 小説家)

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6月28日の出来事、生まれた人、亡く

なった人を調べていて、カナダの国民的

英雄であるテリー・フォックスが6月28

日に亡くなったとありました。

私にとっては、初めて聞く名前。

興味を感じて調べてみると、以下のような

伝記が出てきました。

テリー・フォックス (1958年7月28日

- 1981年6月28日)

1958年7月28日にカナダのマニトバ

州ウェニペグで生まれ、バンクーバー育ち。

バスケットボール部に所属して活躍してい

ましたが18歳の時、練習中に右ひざに痛

みが走り、検査の結果、骨のガンと言われ

る「骨肉腫」という病に侵されていること

が判明し右足の膝から下を切断。

希望を失いどん底にいた入院中に自分と同

じくガンに侵されながらも、真摯に病と向

き合っている人たちと出会います。

その中には幼い子どもたちもいました。

健気にガンと闘いながらも次々と亡くなっ

ていく子どもたち。

その時、彼は思いました。

「自分は生きている。生きているのなら、

彼らのためにきっと何かができるはず!」

彼はある挑戦をする決意をしました。

それは「カナダ横断マラソン」。

目的は自身の完走とガン研究資金の募金

集め。

総距離、8000km以上を7カ月以内

で走破するというチャレンジです。

計算では毎日フルマラソンの距離を走る

ことになります。

彼はこのチャレンジを

「Marathon of Hope (希望のマラソン)」

と名付けました。

右足切断から3年後の1980年4月

12日にスタート。

彼はこのマラソンで少なくとも100万

ドルの募金を集めたいと思っていました。

100万ドルとは当時のカナダに住んで

いる人々から1ドルを募金してもらって

達成できる額です。

「たった1ドルだけでいい」「みんなの

小さな小さな善意が大きなプロジェクト

を動かしていく」「それは他のガン患者に

勇気を与え、なによりそれは彼らを助ける

資金にもなる」

最初は誰も彼のことを知りませんでした。

しかし、次第にメディアにも取り上げられ、

徐々にカナダ中の人たちに知られるように

なりました。

そして、カナダ中の人々が一斉に彼を応援

し始めました。

「がんばれ、テリー!」

彼が走り抜ける町の人たちは彼を温かい声

援で迎えます。

スタートしてから4ヶ月、5372km

を走破し、軌道に乗ったかに思えた彼の

マラソンですが、1980年9月1日。

彼の肉体が悲鳴を上げます。

ガンが肺にまで転移していたのです。

彼はこれ以上走ることを断念。

彼にとってそれはとてつもなくつらい決断

でした。彼はそのまま入院。

目標額の100万ドルに達していなかった

ことを入院中、彼はずっと気にしていた

ようです。

しかし、彼のことが大々的に報道されて

から一気に募金が集まりました。

彼の偉大な勇気ある行動は、カナダの人々

の心を揺れ動かしたのです。

そして、募金された額は1000万ドル

以上!

このお金はほぼ全てガン研究のために使わ

れました。

そして、入院してから約1年後の1981

年6月28日。22歳という若さで彼は

この世を去りました。

もし自分がガン宣告を受けて、余命何年と

告知されたら、残りの人生をどう過ごすで

しょうか?

若干18歳で運命を受け入れ、残りの人生

を自分のためではなく、人のために捧げた

テリー・フォックス。

花の命は短くて苦しきことのみ多かりれど

散りゆきながらも芳風を起こせ、光輝け…

です。

 

「泣くだけ泣かなきゃいい人間になれません

よ」(林芙美子)

「自分の人生に絶望を持たないで生きてきた

人間は一人もない」(林芙美子)