今日の一言 「 最期の質問 」
おはようございます。
今日は、教育者、学校法人ノートルダム清心学園の理事長
渡辺和子の一言。
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【今日の一言 2013年5月28日】
「人生の終わりに問われるのは、生きている間に伐った
樹の数でも、種類でもない。
切り続けた斧そのものである」
(渡辺和子 教育者、ノートルダム清心学園の理事長)
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死に当たって閻魔大王から「人生でどれ程成功をしたか?」、
「どれほど出世したか?」、「どんな成果を上げたか?」と
いうことを問われるのではないんですよということですね。
「私たちは、『ただ老いる』だけの日々を送りたくないもの
です。『ただ働く』だけの日々でもなく、生活の随所に愛を
こめ、意味を見出し、自分しか作ることのできない『財産』
としての毎日を過ごしたいと願っています」(渡辺和子)
ということですから、与えられた条件、環境の中で、如何に
愛をこめて行動でき、苦しいことも恩恵として活用し、自分
の魂というかけがえのない宝を如何に磨いて一生を終えるこ
とができたかということが問われますよということなので
しょうね。
渡辺和子は、9歳のとき2・26事件で陸軍教育総監だった
父親錠太郎が43発も銃撃を受け射殺される瞬間を目撃して
います。想像を絶する悲しみだと思います。怖かったと思い
ます。父親を殺した将校を恨んでも恨んでも恨みきれないで
しょう。でも、渡辺和子は、悲しい出来事を怨念にして生きる
のではなく、恨みは忘れ
「父と過ごした9年、その短い間に一生涯分の愛情を受けた」
「愛情の深さと歳月は比例しない。たとえどんなに短くても
ほんものの愛は、心を充分に満たしてくれる」と感謝の斧に
して生き、若い人の教育に身を捧げています。
斧を磨き続けましょう!
今日の一言 「 癒すもの 」
おはようございます。
今日も、医師・聖路加国際病院理事長日野原重明
の一言。
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【今日の一言 2013年5月27日】
「外科手術や化学療法の発達した今日でもなお、最も大切な
治療法の一つは、キリストの時代のごとく、『言葉による
癒し』なのである」
(日野原重明 医師・聖路加国際病院理事長)
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われわれは、褒められれば元気になるし、叱られるとシュンと
沈むものですね。
人から意欲をかきたてられるような言葉をもらえば、頑張ろうと
いう気力も出てくるものです。
すると、良い結果に結び付く確率も高くなります。
病気のとき、お医者さんの「大丈夫、すぐ治る」という一言は、
薬以上に効くのかもしれませんね。
また「この命以上に大切なもの」への道しるべとなる言葉は、
最期まで明るく元気に生き抜く力を与えてくれるのかも知れ
ませんね。
「がん患者は、世の中の夢物語と、自分の直面している
現実とのギャップに、『満たされない感じ』を抱くこと
が多いようです。そうして、『がん難民』が生まれ、多く
の患者さんが、不幸を嘆きながら最期を迎えています。
治療は人生の一部にすぎません。治療に限界があっても、
人生には無限の可能性があると、私は思っています。
治療の恩恵を最大限引き出す努力をしつつ、その限界も
わきまえながら、患者さん一人ひとりの人生を支えて
いきたい、というのが、腫瘍内科医としての私の想いです」
(高野 利実(としみ))
今日の一言 「 何に? 」
おはようございます。
昨日の一言で思いつきました。
今日は、医師・聖路加国際病院理事長日野原重明
の一言。
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【今日の一言 2013年5月24日】
「多くの人々は自分の財産や名声や地位を得るために
全力投球している。
それなのに、財産やお金よりも大切な、自分の命の
ために全力投球している人は少ない。
なぜ、その大切な命のために、時間と財産を提供
しないのか、そうして安全に確保された命を思い
きり有効に使おうとしないのか。
自分の命を自分で格調高く保つための勉強を、めい
めいがもっとしなければならない」
(日野原重明 医師・聖路加国際病院理事長)
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「人間の夢見る幸福というのは、往々にして、貧乏するとか、
仕事に失敗するとかあるいは病気にかかるということに
よって、一瞬にして不幸に変わってしまうような、儚いもの
である。病のなかにも心の幸福を得るためには、どうしたら
よいかということを、考えなくてはならない」(日野原重明)
病になっても、貧乏になっても仕事に失敗しても、継続する
幸福とは何なのか?これを追求することが大切なのでしょうね。
こういう追求が「自分の命を自分で格調高く保つための勉強」
ということにつながるのだと思います。
自分の命という時間をどれだけ他の命が輝く手助けのために
捧げることができたのか、このことの中にどれほどの自らの
喜びを見いだせたか、こういうことを追求すると元気に、幸せ
に過ごせるのかもしれません。
自分の命を格調高く輝かせるために全力投球してみましょう!
「命を自由に奪い取れる死神でも、奪えぬものがある。
俺の心意気だ」(シラノ・ド・ベルジュラック)


