2021年6月11日(金)
札幌ドーム
ベイスターズ 4-0 ファイターズ
勝 濵口遥大 4勝4敗
負 金子弌大 0勝3敗

北の大地に左腕がうなる。

熱投138球。
9回を投げ抜いた左腕の元へ、キャッチャー伊藤光が駆け寄る。

横浜勝利の儀式「ヒカルのハグ」が、マウンドに輝いた。

今シーズンチーム初の完封劇は、彼自身にとって2年ぶり3回目。

2年前の2度の完封劇も、当時の投手コーチであった指揮官の助言によるもの。

この日の9回裏のピンチにも指揮官が川村コーチをマウンドへ送った。

「気合だ。根性で何とかしろ!」

理性派コーチの珍しい激に、背番号26は腹をくくる。

「自分のできることをやって、打たれたらごめんなさい、と割り切った」

一打同点のピンチを乗り越えたのは、この日冴え渡ったチェンジアップ。

ウイニングボールは、この日3得点のリードオフマン桑原将志が掴んだ。

「ホッとしています。何より中継ぎのみんなを休ませられたことが、自分としては一番うれしかった」

圧巻の完封劇にも、周囲への思いがにじむ。

その優しい性格が裏目に出てしまい、ここぞの勝負に勝ち切れていなかった。

悔しさにベンチで涙したこともあった。

「打線も中継ぎも頑張っているのに、この順位にいるのは先発陣が試合をつくっていないから」

開幕投手の彼自身が、大きくその責任を感じている。

だからこそ、この完封の価値は幾重にも重い。

「勝ち数だけを増やしていけるようなピッチングができるように」

真のエースへの道のりがはじまった。

頼れる左腕よ。
勝って、勝って、勝ちまくれ!


左腕がうなれば
狙いははずさない
ピンポイントの技
攻めて攻めろ ハルヒロ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号26。
濵口遥大。

BE HONEST, BE HUMBLE AND BE GREEDY.
素直に、謙虚に、貪欲に。

I☆YOKOHAMA
今こそ、横浜一心。

 

2021年6月6日(日)

横浜スタジアム

ベイスターズ 4×-3 マリーンズ

勝 三嶋一輝 1勝3敗10S

負 益田直也 0勝4敗14S


同点の9回裏。

2アウト2塁。

サヨナラのチャンス。


背番号9は内角の難しいボールを器用

にさばき、レフトへのサヨナラツーベース。


バットを投げ出し、人差し指を青空に突き上げた。


代走の田中俊太が手を叩きながら決勝のホームイン。


グラウンドに歓喜の輪が広がる。


タイラー・オースティンのハグ。


エドウィン・エスコバーは、彼を抱き上げてみせた。


そして、田代コーチの喜ぶ姿が何度も映し出された。


「『今日は決めてくれ!』と言われていました」


東京オリンピックの会場となる横浜スタジアム。

長期ロードを前に、最高の幕切れとなった。


交流戦に入り絶好調のベイスターズ。


その一つの要因に、あの男の「復活」があった。


田代富雄。

横浜大洋ホエールズの4番サード。


滞空時間の長い美しい放物線を描くホームランを、幾度となく川崎の、そして横浜の夜空に打ち込んだ。


いつも一生懸命なのに、どこか抜けたところが憎めない性格から、ついたあだ名は「オバQ」。


引退後は指導者として、ベイスターズをそして、球界を代表する強打者を何人も育て上げた。


多村仁志。

金城龍彦。

内川聖一。

村田修一。

吉村裕基。

下園辰哉。

梶谷隆幸。

筒香嘉智。


皆が、異口同音に語る。


「田代さんには、本当にお世話になった」


2009年シーズン途中には、低迷するチームの監督代行に就任。


その後二軍監督に配置転換後、フロント入りも打診された。

だが、あくまで現場にこだわった。


ジャイアンツやイーグルスなどでコーチを務めた後、2019年からベイスターズに復帰。


タイガースからFAでやってきた背番号9とのストーリーも始まった。


「お腹が空いたから、試合を決めてきてくれ」


オバQの魔法の一言で、2019年ハマスタでの交流戦の決着をつけたこともあった。


チームを知り尽くす名伯楽が、交流戦からベンチ入りしている。


「とにかく貪欲に勝ちに行きたい」


今シーズン初のサヨナラゲームに、士気は高まる。


恐怖の8番打者が、ベイスターズにはいる。


嵐は過ぎ去り、日が昇った。


横浜の季節が幕を開ける。


敵はすぐ目の前だ

大いなる闘志燃やせ

響け和の魂

輝ける未来へ


横浜DeNAベイスターズ。

背番号9。

大和。


BE THAKFUL

FOR EVERY NEW DAY.

野球ができる環境を作ってくれる

周りに感謝。


今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA





2021年6月5日(土)

横浜スタジアム

ベイスターズ 11-9 マリーンズ

勝 濵口遥大 3勝4敗

S 三嶋一輝 0勝3敗10S

負 美馬学 3勝3敗

 

栄冠掴むその日まで

恐れず飛び込めベースへ

 

1回裏、ハマの元気印・桑原将志が打席に向かう。

ハマスタにあの応援歌が流れる。

 

初代キャプテンからリードオフマンを引き継いだ背番号1は、痛烈な二塁打で先陣を切る。

 

2番キャッチャーに定着した伊藤光が、初球で送りバントを決める。

昨シーズンの最終戦後のセレモニーで、初代キャプテンのタオルを手に場内を一周したハマの司令塔は、きっちりと自分の役目を果たした。

 

「自分らしく。自分の言葉で思いを伝えることが大切だよ」


キャプテン就任時にかけられた言葉を胸にチームをけん引する佐野恵太が、鮮やかな先制打を放つ。

 

「入団した時からお世話になり、プライベートでもかわいがっていただいたので、感謝の思いを込めて登場曲を使わせてもらった」


ハマのホットコーナーを死守する宮﨑敏郎は、3回裏のチャンスでタイムリーヒット。

 

初代キャプテンのために、全員が一丸となって、勝利をもぎ取った。

 

スーツに身を包んだ初代キャプテンが、ハマスタに帰ってきた

 

1986年7月10日生まれ。

静岡県駿東郡出身の34歳。

2004年ドラフト6位で横浜高校から入団。

 

「黙々と努力をしていた。その姿にみんながついていった。本人がアピールするのでなく、まわりが認めていったんです。そういう選手はなかなかいないんです」(渡辺元智・横浜高校元監督)

 

「(同期入団で)僕が4歳年上なんですけど、彼に引っ張ってもらったんです」(藤田一也)

 

「放っておくとどこかへ行ってしまいそうな危うさがあった。それぐらい一生懸命だった。キャプテンを引き継げるような選手になってくれた」(村田修一)

 

走攻守三拍子そろった力を発揮し、レギュラーに定着していく。

 

だがチームは低迷が続いた。

ハマスタにも閑古鳥が鳴く。

 

「勝てない時期はつらかった。でもファンの皆さんに本当に申し訳なかったと思います」

 

2011年オフ、新球団横浜DeNAベイスターズが誕生。

彼は初代キャプテンに就任する。

 

情熱的な指揮官の中畑清と、闘志を内に秘めるタイプのキャプテンは、しばしば衝突していく。

 

「本気でぶつかったからハラが割れたんだ。野球に対する情熱は半端じゃなかった」

 

骨折を隠して、送りバントを決めたこともあった。

大量点差があっても、ヘッドスライディングでナインを鼓舞したこともあった。

 

そしてチームは力をつけていく。

クライマックスシリーズに、日本シリーズ。

反比例するように、出場機会が減っていく。

 

2019年4月29日。

東京ドーム。

10連敗中のチームを救う決勝ホームランを放ったのは、その日ファームから這い上がってきた彼だった。

 

「キャプテンとして自分で解決できないことは、すべて相談してました。本気で人のことを思える方です」(筒香嘉智)

 

2019年8月4日。

横浜スタジアム。

通算1000本安打は、ヘッドスライディングでもぎ取った三塁打。

 

試合後には、関内駅でスタッフが購入してきたコージーコーナーのケーキで記念撮影。

 

歓喜の笑顔が、横浜の夜空に輝いた。

 

背番号を42に変更した2020年シーズンは、一軍出場のチャンスがなかった。

そして、無念の戦力外通告となった。

 

「この横浜で優勝したかったです。でもその思いは、ここにいる素晴らしい選手たちがかなえてくれると信じています」

 

その熱き血潮は、確かに受け継がれた。

 

社会人フットボールリーグXリーグのノジマ相模原ライズに加入することが発表されている。

 

我らの永遠主将の、終わりなき旅「第二章」が始まった。

 

栄冠掴むその日まで

恐れず飛び込めベースへ

君の熱き血潮で

燃えろ 雄洋

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号52。

背番号7。

背番号42。

石川雄洋。

 

TAKE OFF,TAKAHIRO.

羽ばたけ、タケヒロ。

 

今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA

 

2021年6月3日(木)

横浜スタジアム

ベイスターズ 4-3 ホークス

勝 エドウィン・エスコバー 2勝0敗

S  三嶋一輝 0勝3敗9S

負 泉圭輔 1勝2敗


3日連続で、9回表のマウンドには背番号17が向かった。


4年連続日本一。

無敵艦隊の強打者たちを前に、右腕は仁王立ち。


圧巻のピッチングで9年ぶりのカード勝ち越しを決め、渾身のガッツポーズ。


キャッチャーの伊藤光が笑顔でマウンドに駆け寄る。


「ヒカルのハグ」が、マウンドに眩しく輝く。


1990年5月7日生まれ。

福岡県福岡市出身の31歳。


福岡工業高校から法政大学を経て、2012年ドラフト2位で入団。


東京六大学のエースに、横浜伝統の背番号17が与えられた。


1960年日本一の大エース、秋山登。


100勝100セーブ、ヒゲの斉藤明雄。


奇跡のリリーバー、盛田幸妃。


クワトロKの知性派サイドスロー、加藤武治。


東京湾を股にかけたエース、清水直行。


大きな期待に応え、先発ローテーションに定着。

オールスターゲームにも選出され、シーズンオフには日本代表にも選ばれた。


一気にエースへの階段を登るはずだった。


2年目は開幕投手に指名された。

舞台は明治神宮野球場。


学生時代の思い出のマウンドに、悪夢が待っていた。


2回9失点でノックアウト。

そして本来の調子が発揮できないまま、シーズンが終わってしまった。


その後も、チャンスは何度も与えられてきた。

ルーキーイヤーの輝きを知るファンは、彼の復活を信じ祈り待っていた。


2017年クライマックスシリーズファイナルステージ第5戦。

2回裏から緊急登板して、2イニング無失点。


チームはその後逆転し、19年ぶりの日本シリーズ進出。


2018年からは、リリーフに専念。


勝っていても。

負けていても。

大量の得点差があっても。


どんな場面でも右腕はマウンドに向かい、豪腕を振るってきた。


2020年シーズン。

前代未聞の無観客試合で幕を開けた直後、転機が来る。


横浜不動の守護神「小さな大魔神」山﨑康晃が絶不調に陥る。


背番号17にその重責が託された。


未曾有のコロナ禍のシーズンを、クローザーとして戦い抜いた。


2021年も、守護神は彼だった。

開幕戦で、いきなりのサヨナラ被弾。


チームも波に乗れず、苦しい戦いが続いた。


5月28日。

楽天生命パーク宮城。


一打サヨナラの大ピンチに、指揮官自らが初めてマウンドに向かう。


「おまえしかいない。おまえが締めてくれ!」


気合を入れ直した守護神はピンチを切り抜ける。


そしてハマスタに帰り、炎の3連投。

勝利の大花火が打ち上げられた。


本当の闘いは、これからだ。


横浜の9回には、背番号17がいる。



たたかうぞ

闘志みなぎらせて

勝利の海

行くぞベイスターズ


横浜DeNAベイスターズ。

背番号17。

三嶋一輝。


AUDACITY

どんな時も堂々と、自分らしく。


今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA




2021年6月1日(火)

横浜スタジアム

ベイスターズ 4-3 ホークス

 

勝 三上朋也 2勝1敗

S 三嶋一輝 0勝3敗8S

負 松本裕樹 1勝3敗

 

背番号2は勝負を2度決めて見せた。

 

8回裏1アウト満塁。

目の前でネフタリ・ソトが申告敬遠されていた。

 

「外野フライでいいや」と気楽な気持ちで打席に入っていた。

 

全力で振り抜いた打球は、右中間への大飛球。

 

彼はバットを左手に掲げてダイヤモンドを駆け抜ける。

 

二塁に達して、満面の笑みでガッツポーズを作った。

 

9回表2アウト1塁。

代走には侍ジャパンの韋駄天・周東佑京。

 

守護神・三嶋一輝の牽制球が後逸。

 

「絶対に三塁に走ると思ったので思い切り投げた」

 

矢のような送球で、27個目をアウトをもぎ取って見せた。

 

1998年4月21日生まれ。

長野県中野市出身の23歳。

 

松本第一高校から中央大学を経て、2020年ドラフト2位で入団。

 

大学日本代表四番の強打者に、背番号2が与えられた。

 

中塚政幸。

レオン・リー。

波留敏夫。

内川聖一。

渡辺直人。

 

そして、ホセ・ロペス。

 

チームの歴代看板選手が背負ってきた伝統の背番号。

 

オープン戦からその真価を発揮し、開幕スタメンを勝ち取る。

 

チームが波に乗れない中、走攻守にわたってチームを牽引してきた。

 

その彼にはもう一つ与えられたものがある。

 

あの強打者の応援歌だ。

 

村田修一。

2003年ルーキーイヤーからレギュラーで活躍し、本塁打王も獲得。

 

「ホームラン王と、日本代表の四番をつくるのが僕の夢だった。君はそれを叶えてくれた」

 

チームが最も苦しい時期に、監督として四番に起用し続けた大矢明彦。

栃木ゴールデンブレーブスでの引退試合で涙ながらに語った。

 

2011年オフにフリーエージェントでチームを去り、彼の応援歌は封印されてきた。

 

それが、この春解かれた。

 

「俺の応援歌を使ってるだってな。頑張れよ」

 

古巣で活躍する後輩に、かつての主砲が声をかけたという。

 

チャンスにめっぽう強い打撃。

堅実な守備。

そして、ベンチでは誰よりも明るいムードメーカー。

 

「本当は入ったと思ったんですけど…まあ、でも点が入ったので良かったです!」

 

そして物怖じしない強心臓ぶりに、熱き星たちの期待は高まる。

 

どん底からの逆襲を誓うチームの先頭を、彼は突き進む。

 

トンネルは抜けた。

闇の次に来るのは暁だ。

 

横浜の季節が始まる。

 

その主役は、背番号2だ。

 

 

鍛えた そのパワー

かっとばせ

勝利を さぁ目指せ

ホームラン

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号2。

牧秀悟。

 

ALWAYS BE GRATEFUL

感謝の心

 

今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA

 

2021年5月29日(土)

楽天生命パーク宮城

ベイスターズ 1-1 ゴールデンイーグルス

 

同点の9回裏。

ノーアウト満塁のチャンスを活かせなかった直後の嫌な流れ。

 

その厳しいマウンドに背番号19が向かった。

ランナーを一人出すも、無失点で切り抜ける。

 

「負けなかったのは選手たちがよく守って、緊急登板でも最少失点で投げてくれたから。勝てなかったのは監督の責任です」

指揮官は、選手を会見では責めなかった。

そして、その責任を背負い込んだ。

 

痺れる投手戦をドローに持ち込んだ「小さな大魔神」は、チームメイトと笑顔でハイタッチを交わした。

 

1992年10月2日生まれ。

東京都荒川区出身の28歳。

 

人情味溢れる庶民の町で彼は育った。

 

小学校3年生時に両親が離婚。

姉と共に母と暮らす事を選んだ。

 

だが週末になれば、少年野球のコーチだった父に会えた。

大好きな父とともに野球に没頭した少年時代だった。

 

「子供の頃、母と一緒にゆっくりご飯を食べた記憶はないですね」

 

朝から夜中まで不眠不休で働き、2人の子供を育てる母の背中に、少年は誓う。

 

「プロ野球選手になって、お母さんに恩返しする」

 

甲子園の常連、名門・帝京高校に進学。

 

2年生の時、強豪校の厳しい練習に、日々の学業との両立の壁にぶつかった彼は、母に告げる。

 

「お母さん、僕、野球辞める」

「何を言っているの! 自分で蒔いた種でしょ。自分で拾いなさい!」

 

どんなに辛くても涙一つ見せたことなどなかった母が、はじめて彼の前で泣いた。

タクシーに乗せこまれ高校へ。

校門には、監督とチームメイトが待ってくれていた。

 

「僕には、家族と野球しかない」

彼の腹が決まった。

 

甲子園に2度出場するも、ドラフト指名はならなかった。

 

「4年後に必ずドラフト1位でプロに行く」

更に強い決意で亜細亜大学に進学。

 

大学日本代表にも選ばれる活躍が評価され、2014年ドラフト1位でベイスターズに入団する。

 

開幕直前のファンミーティング。

 

「康晃、ストッパーやるか?!」

「はい、やります!」

 

中畑清監督の思いつきの大博打に見えた決断にも、裏付けがあった。

 

チームは彼を、大学時代から「ストッパー候補」としてマークしていたのだ。

 

「小さな大魔神になります!」

 

デビュー戦のヒーローインタビューで彼は満面の笑みで叫ぶ。

 

58試合。

防御率1.92。

2勝4敗37セーブ。

 

2000年の金城龍彦以来、チームとして15年振りの新人王に輝く。

 

「その人の思い出に残るように5秒間念じてサインをしています」

 

コロナ前には、スタッフに止められるまで彼の試合前のファンサービスは続けらていた。

 

セーブ王のタイトルも取った。

 

「大事な試合をいくつか落としてしまった。タイトルをとっても優勝しなければ意味がない」

 

回跨ぎが苦手。

同点では力を発揮できない。

夏場のスタミナ切れ。

 

多くの課題を抱えながらも、デビューした年から5年連続でストッパーを務めた。

プロ野球史上、こんな選手はかつて存在しなかった。

それが2020年に途絶えた。

 

デビュー以来初の本格的な挫折。

本来の投球ができず、ストッパー降格。

シーズン終盤には、デビュー以来初のファーム落ちも経験する。

 

2021年キャンプもファームスタート。

 

「良いボールは投げている。でも彼は山﨑康晃なんだ。山﨑康晃のボールが投げられるまで、一軍には推薦しない」

 

仁志敏久二軍監督は、厳しくも温かく彼を見守ってきた。

そして、シーズン開幕直前に一軍昇格を勝ち取る。

だがストッパーの座には、三嶋一輝がいた。

 

7回、8回を中心にセットアッパーとして活躍。

チームが勢いに乗れない中、安定した投球を重ねてきた。

 

横浜が、このまま終わる訳がない。

ベイスターズには、小さな大魔神がいる。

 

まだ本来の職場復帰ではない。

だが、どん底から帰ってきた不死鳥がチームを必ず上昇させる。

 

闘いは続いていく。

 

たたかうぞ

闘志みなぎらせて

勝利の海

行くぞベイスターズ

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号19。

山﨑康晃。

 

TAKE PRIDE IN YOUR WORK.

自分の仕事に誇りを持つ。

 

今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA

 

2021年5月28日(金)

楽天生命パーク宮城

ベイスターズ 7-6 ゴールデンイーグルス

勝 国吉佑樹 1勝0敗

S 三嶋一輝 0勝3敗7S

負 涌井秀章 5勝3敗

 

ウィニングボールを掴んだ背番号29は、渾身のガッツポーズ。

 

そして、満面の笑みで守護神三嶋一輝のもとへ駆け寄った。

 

連日の乱打戦を制しての快勝に、チームの士気は上がる。

 

暗闇の中に、少しづづではあるが光が灯っていく。

 

 

常勝チームに名捕手あり。

1998年日本一の正捕手は谷繁元信。

2001年オフにドラゴンズへ移籍すると、ベイスターズは一気に弱体化していった。

 

正捕手不在は、横浜の宿命的課題。

 

その横浜に、勝てる捕手がやってきた。

 

1989年4月23日生まれ。

愛知県岡崎市出身の32歳。

 

明徳義塾高校から、2007年高校生ドラフト3位でオリックスバファローズに入団。

度重なる怪我。そして分厚い選手層をかき分けて、レギュラーの座を獲得していく。

 

そして、優勝まであと一歩の所までこぎ着けていた。

 

2014年10月2日。

福岡ドーム。

ソフトバンクホークス戦。

 

勝った方が優勝の究極の最終決戦は、延長戦へ。

 

サヨナラでの幕切れに、彼はその場で人目はばからず号泣。

 

目の前で勝利の女神は逃げていってしまった。

 

その後は、チーム方針からスタメンを外れることもしばしば。

サードで出場した時期もあった。

 

そして、転機は突然訪れる。

 

2018年7月9日。

髙城俊人・白崎浩之との交換トレードで、赤間謙とともにベイスターズへの移籍が発表。

 

背番号は29。

突然のトレードに道具が間に合わず、バファローズのロゴを消して試合に出場した。

 

動画で横浜投手陣のピッチィングを研究。

コミュニケーションも積極的に取っていった。

 

2019年オフには、DeNAとしては最長の4年契約。

 

「ベイスターズに僕は救われました」

 

「いや、君にベイスターズが救われたんだよ」

 

開幕スタメンでスタートした昨シーズンは、なぜかファーム降格を命じられた。

 

ファームでの怪我の影響で、一軍の舞台に戻ってきたのは秋になってからだった。

 

今シーズンは怪我で開幕戦線に加われなかった。

 

チームは目を覆うような状況の中、彼は一軍復帰を果たす。

 

横浜に足りなかったピースが一つ埋まった。

 

交流戦に入り、2番キャッチャーに定着してからチームは上昇気流へ。

 

この試合でも、初回にはヒットで出塁し先制のホームを踏んだ。

 

9回裏のピンチではマウンドに駆け寄り、守護神三嶋一輝に声をかけていく。

 

投手との積極的なコミュニケーション。

勝負強い打撃。

相手を揺さぶる心理作戦。

 

「必要とされてきたことを意気に感じ、今はこのチームで全力を尽くしたいと思っています」

 

突然のトレード劇から、はや3年。

 

横浜の扇の要は、背番号29だ。

 

闘いは、続いていく。

 

歓喜の瞬間を

その手で創るため

高鳴る胸に秘められた

覚悟を示すとき

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号29。

伊藤光。

 

DO MY BEST AND WORK

HARD FOR MY DREAM.

小さい頃から大事にしている言葉。

夢に向かって全力を尽くす。

 

 

今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA


 

す2021年5月27日(木)

横浜スタジアム

ベイスターズ 11-8 バファローズ

勝 石田健大 1勝0敗

負 張奕  0勝1敗


荒れに荒れた交流戦最初の3連戦。


初回に逆転し、大量リードを奪ったのも束の間。試合を降り出しに戻されかけた。


猛牛打線の勢いを止めて見せたのは、背番号14だった。


1993年3月1日生まれ。

広島県広島市出身の28歳。


広島工業高校から法政大学を経て、2014年ドラフト2位で入団。


2年目のシーズンから、先発ローテーションの一員となる。


2016年5月には、ホエールズ時代も含めて球団初の左腕投手の月間MVPも獲得。


2年連続開幕投手も務めた。


だが、翌年はチーム事情から、中継ぎと先発にフル回転。


前代未聞のコロナ禍での昨シーズンは、50試合に登板し、25ホールド。

ブルペンの柱としてチームを支えた。


更なる決意で臨んだ今シーズンは、勝利の方程式の一角を担うはずだったが、開幕から失点する試合が続き配置転換。


大量点差の場面での登板が続いた。


そこから、本来のピッチングを取り戻していく。


全力で腕を振って、ゾーン内で勝負を挑む。


この日も、バファローズに行きかけた流れを見事に食い止めてみせた。


交流戦最初のカードの勝ち越しを決めた。

そして、彼自身の今季初勝利となった。


「どの場面でも、しっかり投げれるように準備して、安定したピッチングが出来るよう、これからも頑張ります」


昨年までの2年間選手会長を務めた、頼れる左腕が帰ってきた。


本領発揮の時は、これからだ。


左腕がうなれば

狙いははずさない

ピンポイントの技

攻めて攻めろ 健大


横浜DeNAベイスターズ。

背番号14。

石田健大。


GRATITUDE

ファン、家族、環境、すべてのものに感謝。


今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA




2021年5月21日(金)

明治神宮野球場

ベイスターズ 5-3 スワローズ


勝 山﨑康晃 3勝1敗

S  三嶋一輝 0勝3敗6S

負 石山泰稚 0勝3敗10S



今シーズン何度めかの長いトンネルを抜けた。


「野球は2アウトから」だった。


今宵もリードを守れず迎えた9回表。


マウンドにはスワローズ守護神・石山泰稚。


2アウトランナーなしから、ドラマは始まった。


関根大気と桑原将志が執念の連打で塁に出る。


チャンスで彼に打席が巡ってきた。


「4回にエラーをしてしまって、投手陣に迷惑をかけてしまっていた。みんなが繋いでくれたチャンスでもあったし、なんとしても打ちたかった」


1987年11月5日生まれ。

鹿児島県鹿屋市出身の33歳。


樟南高校から2005年高校生ドラフト4位でタイガースに入団。


堅実な守備を武器に頭角を現し、一軍に定着。


2014年には外野手としてゴールデングラブ賞を受賞。


2017年オフにフリーエージェント権を行使して、ベイスターズの一員となった。


球界屈指の守備職人の入団に、熱き星たちは歓喜に湧いた。


「FAで選手が去るだけでなく、良い選手が手を挙げてやって来るチームにならないといけない」


かつてFA権を行使して、悩みに悩んだ末に残留を決めたハマの番長。


その言葉をいち早く実現してくれたのが彼だった。


2018年3月30日。

横浜スタジアム。

スワローズ戦。


本拠地開幕戦のショートスタメンに背番号9は名を連ねた。


開幕投手の石田健大が投じた一球を、ミスター・トリプルスリーの山田哲人が打ち返す。


鋭い打球ではあったが、名手がまさかのエラー。


これが先制点の献上に繋がり、チームは敗れた。


雨の降りしきる悪条件とはいえ、彼は一切の言い訳をしなかった。


しかし、すぐさまその失敗を取り返していく。


華麗な、そして泥臭いプレーで、何度もチームの窮地を救った。


勝負強い打撃で、ヒーローインタビューの常連ともなっていく。


タイガースファンですら彼の活躍を喜ぶ遺恨なきFAも、彼の人柄と野球に対する真摯さの現れだろう。


彼は4回のエラーを反省していたが、6回のピンチでは、山田哲人の強烈な打球を見事に併殺に切って取っている。


マウンドには、苦楽をともにしてきた石田健大の姿があった。


「一つ勝つのがこんなに難しいのかと思っています。でも、目の前の試合を強い意識で戦って行きます」


越えられなかった壁を一つ乗り越えた。


戦いは続いていく。


敵はすぐ目の前だ

大いなる闘志燃やせ

響け和の魂

輝ける未来へ


横浜DeNAベイスターズ。

背番号9。

大和。


BE THAKFUL

FOR EVERY NEW DAY.

野球ができる環境を作ってくれる

周りに感謝。


今こそ、横浜一心。

I☆YOKOHAMA




2021年5月5日(水)

バンテリンドーム ナゴヤ

ベイスターズ 2-1 ドラゴンズ

勝 濵口遥大 2勝3敗

負 勝野昌慶 3勝2敗

 

痺れる投手戦が続いていた。

 

0-0の6回裏。

最後の打者を三振で仕留めた彼は、渾身のガッツポーズ。

 

「絶対打ったるからな」

直後のチャンスで、彼の代打で打席に立った桑原将志が試合を決める一打を放つ。

 

「嶺井さんが上手くリードしてくれたのでリズムよく投げることが抑えることができました。野手の方にも助けてもらい感謝しています」

 

5回裏には、キャプテン佐野恵太が1アウト1,3塁からのレフトフライをダブルプレーで仕留めるファインプレイ。

 

力投する左腕に応えていた。

 

満面のハマちゃんスマイルが弾ける。

青いマスク越しに笑顔の花が咲いた。

 

1995年3月16日生まれ。

佐賀県三養基(みやき)郡出身の26歳。

 

県立三養基高校から神奈川大学を経て、2016年ドラフト1位で入団。

 

ルーキーイヤーは開幕からローテーション入り。

10勝を記録する大活躍。

 

チームの2年連続クライマックスシリーズ。そして、19年ぶりの日本シリーズ進出の大原動力となった。

 

巨大戦力のホークス相手の日本シリーズ。

3連敗で後のなくなった第4戦に先発。

 

負ければ終わりの状況で、8回表1アウトまでノーヒットの大熱投。

 

シーズン後には新人特別賞も受賞した。

 

ここからが、苦難の始まりだった。

 

圧巻の投球をしたかと思えば、四死球の連発で自滅して短いイニングで降板することもしばしば。

 

本領発揮には至らないシーズンが続いていた。

 

だからこそ、今シーズンにかける思いは並々ならぬものがあった。

 

新指揮官に直訴し、開幕投手に。

だが、結果は残せなかった。

 

前回の登板で6試合目にして今季初勝利。

このあたりから、チームの歯車もかみ合いだしてきた。

 

「きょうの彼は手が付けられなかった」と、ドラゴンズOBの解説者ですら褒めちぎる快投で、9連戦の掉尾を飾った。

 

「自分のボールで勝負できた。この投球を続けていきたい」

 

君こそ、ハマの一番星。

ハマのハマちゃんの本領発揮の時はこれからだ。

 

横浜の熱い季節が始まった。

 

 

左腕がうなれば 狙いははずさない

ピンポイントの技 攻めて攻めろ ハルヒロ

 

横浜DeNAベイスターズ。

背番号26。

濵口遥大。

 

BE HONEST, BE HUMBLE AND BE GREEDY.

素直に、謙虚に、貪欲に。

 

I☆YOKOHAMA

今こそ、横浜一心。