インドを流れる悠久なるガンジス川。

その河原に手のひらを下に向けて突き刺す。

抜き取った手の爪の上に残る砂。

広大な河原の砂の数が全ての生命だとしたら、人間に生まれてくる確率は爪の上の砂程度なのだと。


プロ野球戦力外通告の報道に接する度に、この巧みなる比喩を思い出す。

才能を開花させ、スカウトの目に留まり、プロの選手になれたこと自体が凄いことなのだと。


2018年3月27日。
横浜DeNAベイスターズ総合練習場。
ファーム公式戦終了後に、コーチとマンツーマンでバッティングに取り組む彼の姿があった。

春3月とはいえ、観客は皆コートを着込んで観戦。

軍艦の汽笛が響き、春風が海の匂いを運んでくる。

青年は一心不乱にバットを降り続けていく。

横浜の未来がここにあると、その時は思った。

2桁の背番号を背負った彼の勇姿を見ることが出来るのだと。


1997年10月3日生まれ。
千葉県市原市出身の21歳。

千葉英和高校から、2015年ドラフトで育成1位で入団。

育成選手ながら、未来の主軸候補として大きな期待をされた。

端正な顔立ち。
真剣な練習姿勢。
誠実な振る舞い。


捕手として入団はしたが、チャンスを掴むために内野手にも挑戦した。


だが、一軍の公式戦の舞台に立つ夢は叶わなかった。

しかし、若き日にプロの世界に真剣勝負の舞台に身を置き戦ったことは、今後の人生の大きな財産であることは間違いない。



いざ戦え 網谷!
幾多の試練を乗り越えて
いざ進め 網谷!
その手で舵をとれ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号100。
網谷圭将。

I BELIEVE ACTIONS MAKE MY MOTIVATION STRONGER AND LEAD ME TO A VICTORY.

行動が動機を強化して成果とする。

新たな道に進んでも、君は永遠にベイスターズの一員だ。

人生の次の舞台に幸あれ!

VICTORY is within US.




2017/06/17  横浜スタジアム
B14-5Bs
勝  久保
負  松葉

取って取られてのシーソーゲームから、終盤の猛打で大勝。

交流戦の5割以上が決定。
バファローズ戦は昨年から5連勝となった。

お立ち台には、満塁弾を放ち連日のヒーローインタビューとなった正捕手・戸柱恭孝と共に、この男がいた。

2011年の甲子園に、島根県開星高校のエースとして春夏連続出場。

身長185cmの堂々たる体格。
その豪快でふてぶてしい風貌から、人は彼を「山陰のジャイアン」と呼んだ。

ドラフトでは、ホークスが内野手として4位指名。豪快な打撃を期待して、背番号55を与える。

しかし、怪我に泣かされ苦労が続く。
巨大戦力のホークスでは、2軍と3軍を行き来する日々。

育成選手となっていた2015年オフ。
敢えてトライアウトに挑戦し、ベイスターズとの契約を勝ち取った。

入団会見では、あの豪快な風貌は影を潜め、引き締まり苦労がにじみ出る表情に、これがあの「ジャイアン」なのかと驚かされた。

高校の5年先輩には梶谷隆幸がいる。
「いずれは梶谷さんとクリーンアップを打てる選手になりたい」と頼もしい豊富を凛々しく語った。

ファンの潜在的な大きな期待を受けながら、ファームで結果を出してきた彼は、遂に一軍昇格のチャンスを掴んだ。

プロ6年目にして、初ヒットがホームラン!
彼の苦労を知る28000人の大観衆が、大きな声援と拍手と万歳で、その歓喜の瞬間に立ち会った。

「これでプロとしての第一歩が記せた」と謙虚に語った彼の顔には、既に明日への決意があった。

その手で横浜の未来を切り拓け!

港男は誰も  みんな
答えが出せるさ
Go Go Let's Go!

ここで一発  白根!
ここで一発  白根!
ライトへ
レフトへ
ホームラン
それゆけ  それゆけ
それゆけ  白根!

横浜DeNAベイスターズ。
背番号60。
白根尚貴。

BE HAPPY!
BE BRIGHT!
BE YOU!
明るく幸せに、はつらつとプレイする。

あの日の笑顔を忘れない。
あの日の涙を忘れない。

さらば! ハマのジャイアン。

ベイスターズの一員であったことを誇りに、人生の次のステージも全力疾走で!

VICTORY is within US.



2018/10/03(水)  明治神宮野球場
B1-2S
勝  カラシティー
負  京山
S  石山


出番は突然やって来た。

指揮官は、先発の京山将弥に1回で見切りをつけて、一軍にデビューしたての彼をマウンドに送った。

2イニングで打者9人。
36球で2奪三振で無失点。

荒れかけた試合を今一度作り直した。

打席では8球粘り、見事なレフト前ヒット。プロ初打席初安打を記録した。

これで一軍登録後、2戦目の登板。

前回は、旭川西高校時代たどり着けなかった甲子園球場。

今回は、早稲田大学時代に足を踏み入れことすら出来なかった神宮球場。

シーズン最終盤の痺れる展開の中、力強い速球を投げ込み、見事に役割を果たし切った。


大学に通いながら、独立リーグ信濃グランローゼスで頭角を現した彼は、遂に本当の意味でのスタートを切った。

若き苦労人の熱と力が、沈みかけたチームを再浮上させる。

戦いは勝つと決めたものが勝つ。

諦めたらそこで終わりだ。

戦うぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
ゆくぞ ベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号94。
笠井崇正。

STEADY PROGRESS.
毎日の練習の中でひとつでも得るものがあるように。

VICTORY is WITHIN US.


2018/05/04(金)  横浜スタジアム
B0-0G
(延長12回引き分け)

勝てなかった。
だが、負けなかった。

ベイスターズ 石田健大。
ジャイアンツ 菅野智之。

両開幕投手の気迫の投手戦。
両チームとも勝ちパターンのブルペン陣を総動員した熱闘。

決着は翌日に持ち越された。

延長12回裏。
決勝のホームを踏むことは出来なかったが、満を持してこの日一軍に昇格してきたベテランが気迫のバッティングでチャンスを作った。

2004年ドラフト自由獲得枠で早稲田大学からスワローズに入団。

宮本慎也との鉄壁の二遊間で一時代を築く。

だが一人の男の登場が、彼の野球人生を
変えてしまう。

2年連続トリプルスリー。
山田哲人。

球団は彼にコーチの職を用意した。
彼は現役にこだわった。

監督として彼を見てきた高田繁GM。
チームメイトとして戦ったアレックス・ラミレス監督。
2人が彼に声をかける。

ベイスターズでの背番号は67。
スワローズ時代の7と、尊敬する宮本慎也の6。

献身的な活躍で、チームの19年振りの日本シリーズ進出に大きく貢献した。

今シーズンはファームスタート。
横須賀では誰よりも声を出し、笑顔で若い選手達を引っ張ってきた。

「情熱的な街、熱いチーム、熱狂的なファンに出会えたことが大きな財産になりました。野球への情熱が年々増して、今が最高潮です」

既にレギュラーではないかもしれない。
だが、野球人としての素晴らしいその在り方こそ、チームの再浮上に、20年振りの優勝に必要なのだ。

苦労人の汗と笑顔がチームを勝利に導く。


強気でどんな球も
しぶとく打ち返せ
さあ行こう 横浜で
輝けよ 浩康

横浜DeNAベイスターズ。
背番号67。
田中浩康。

WITH YOKOHAMA.
横浜での新たなチャレンジ。横浜とともに夢を追う。

去って去らず。
その功績は永遠に続く。

VICTORY is WITHIN US.


2018/07/17(火)  横浜スタジアム
B0-6S
勝 ブキャナン
負 濱口

敗色濃厚の9回表。
聞き慣れたテーマ曲がハマスタに流れる。

ドラマ「弱くても勝てます」の主題歌。嵐の“GUTS!”

神奈川県内の超進学校に赴任した青年教師が、へっぽこ野球部の監督に就任する。

超弱小チームを知恵をめぐらせ体当たりで指揮していく奮闘ぶりを描いて大ヒットした。

我らのチームにもどこか会い通じるものがあるではないか。

「悔しさを今年にぶつけたい。復活して、いっぱい(登場曲の)“GUTS!”を横浜スタジアムで流したい」

頼れるブルペン陣のリーダーが、ハマスタのマウンドに帰ってきた。

敗戦処理とはいえ、ゲッツーを含んで三者凡退。

クレバーで闘志あふれるピッチングは健在だ。

1986年7月31日生まれ。
茨城県石岡市出身の31歳。
土浦湖北高校、早稲田大学、JFE東日本を経て、2010年ドラフト1位で入団。

彼のブレイクが2016年シーズン。

痺れる大ピンチを何度も何度も凌ぎ切り、チーム初のクライマックスシリーズ進出の原動力になった。

だが、昨シーズンは絶不調。
開幕3戦目の神宮球場でサヨナラ逆転満塁ホームランを喰らうなど、苦しく辛いピッチングが続いた。

自主トレでは「JFE東日本の練習に参加し走りまくりました」と下半身を中心に鍛えた。

今シーズンも、二軍スタート。

勝ち抜けないチームの窮地に、横須賀から再び這い上がってきた。

彼はこのまま終わる男ではない。
チームもこのままズルズル行くわけには行かない。

諦めたらそれで終わり。
ここからが本当の勝負だ。

光の無い 荒野を独り いざ行け
握り締めた手の中には 君の言葉
雨に打たれ 風に吹かれ 僕らは叫ぶ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号20。
須田幸太。

I GOT TO DO THIS.
与えられた場面で、やるべきことをやらなきゃいけない。

去って去らず。
その功績は永遠に輝く。

VICTORY is WITHIN US.



2017/05/06(土)  横浜スタジアム
B6x-5S(延長11回)
勝  砂田
負  秋吉

先発の今永昇太が、初回またもやホームランをくらう。

7回表、左右の中継ぎの柱、須田幸太と田中健二朗が打ち込まれ、0-5。

嫌な流れのまま、8回裏の攻撃に入る。

しかし、一つのプレーがスタジアムの雰囲気をガラリと変える。

荒波翔の全力疾走が相手のエラーを誘い、ノーアウトのランナーが出る。

倉本寿彦のセンターへの一打も、相手のグラブにあたって、記録はヒットとなる。

満塁のチャンスに、梶谷隆幸のグラウンドスラム。

天敵ライアンを遂にノックアウト。

執念の継投で延長を凌ぎ、途中守備から入った柴田竜拓のプロ入り初サヨナラ打で、熱戦に終止符。

相手のエースとクローザーを打ち崩して遂に念願の5割。

今日のヒーローたちの共通項は「ドラフト3位」。

荒波翔      2010年ドラフト3位。
倉本寿彦  2014年ドラフト3位。
梶谷隆幸  2006年高校生ドラフト3位。
柴田竜拓  2015年ドラフト3位。

鳴り物入りではないが、スカウトたちが一年中、地元神奈川そして日本中をまわり、指名に漕ぎ着けた精鋭たち。ドラフトで他球団との駆け引きの中で入団してきた。

己の実力のみが頼りのプロの世界。
激しいレギュラー争いの中、結果を出してきのし上がってきた男達。

彼らの活躍で、年に何回あるかという逆転劇で、大事な試合をものに出来た。

ここから、ドラマが始まった。
チームは19年ぶりの日本シリーズ進出を果たす。

そして、時は流れた。

2018年10月3日。
球団は「2019年シーズンの契約を結ばない通知」を発表。

彼の名前がそこにはあった。


1986年1月25生まれ。
横浜市瀬谷区出身の32歳。

横浜高校、東海大学、トヨタ自動車を経て、2010年ドラフト3位で入団。

走攻守の三拍子が揃ったスピードスター。

DeNA新球団の創成期を支えた地元出身のスターだった。


煌めくフィールド
荒波SHOW!
見せてくれ
歓声浴びて翔け
さぁ 疾風の如く


横浜DeNAベイスターズ。
背番号4。
荒波翔。

CHERISH EACH DAY.
一日一日を大切にしたい。


去って去らず。
その功績は永遠に輝く。

VICTORY IS WITHIN US.


2018/10/02(火)  明治神宮野球場
B2-3S
勝  高橋
負  平良
S  砂田


今シーズン苦杯を舐め続けさせられたスワローズの前に、またもや一敗地に塗れた。

この日の敗戦で、スワローズの2位が確定。

クライマックスシリーズ1stステージは神宮球場での開催が決定した。

「12球団で唯一クライマックスシリーズを本拠地で開催していない」という汚名の返上は、今シーズンも果たせなかった。


最低限の目標であるAクラス確保に向けて、今日も痺れるピンチで、鉄の左腕がマウンドに向かい、見事な火消しの役割を果たした。

チームトップの67試合登板。
投球回数51回2/3。
0勝2敗23ホールド。

勝っても、負けても、大量点差でも。

ポーカーフェイスに心の内を隠して、彼はマウンドに立ち続けている。

まだまだ痺れる戦いが続く、ベイスターズ秋の陣。

彼は左腕を振り続けていく。

栄光の凱歌を信じて。

今日も全力投球。
明日も全力投球。
それが我らの使命。


左腕がうなれば
狙いは外さない
ピンポイントの技
攻めろ 攻めろ 毅樹

横浜DeNAベイスターズ。
背番号47。
砂田毅樹。

BE SINCERITY AND HUNGRY FOR BASEBALL.
野球に対して誠実に、貪欲に。

VICTORY is WITHIN US.


2018/10/01(月)  阪神甲子園球場
B10-0T
勝  濵口
負  岩貞


雨天中止の振替試合。

つい先日まで超満員だった甲子園球場に閑古鳥が鳴く。

ただそれは、レフトスタンドの一角を除いての話。

数は決して多くはない。

だが、蒼き応援団の声援はどこよりも熱い。
そして、力強い。

今シーズン散々な目に遭わされてきたタイガース相手に2桁得点。

投げては3投手のリレーで、1安打完封。


先発左腕の濵口遥大の豪腕が唸る。

2番手石田健大の速球が冴え渡る。

そして9回裏のマウンドには、プロ初登板の青年が向かった。

1994年8月7日生まれ。
北海道旭川市出身の24歳。

道立旭川西高校から早稲田大学スポーツ科学部へ進学。

一般入試で合格し、硬式野球部に入部するが、2日で退部してしまう。

体育会的体質に馴染めなかったのだ。

ただ野球への情熱が覚めたわけではなかった。

学問に励み、アルバイトに勤しみ、トレーニングを続けた。

そして、一つの出会いが彼の人生を開く事になる。

谷沢健一。
中日ドラゴンズの名球会選手は、客員教授として彼の講義を担当。

「独立リーグでも受けてみたらどうだ?」

何気ない一言をきっかけに、在学しながら、独立リーグの信濃グランセローズ入団。

大学生と独立リーガーの2足のわらじを履く生活が始まった。

元近鉄、楽天でリリーフとして活躍した有銘兼久コーチらの指導を受けて、その才能が開花。

2016年10月20日。
ドラフト会議でベイスターズから育成1位の指名を受ける。

そして早稲田大学も卒業。
卒業論文のテーマは「クイック投法について」。

文武両道の青春を勝ち抜いたのだ。

今シーズンのキャンプ前には支配下登録。

そしてこの日、学生時代には縁のなかった甲子園のマウンドに、プロとしての第一歩を刻んだ。

タイガース打線を三者凡退に抑え、監督、コーチチームメイトのハイタッチ。

そのウイニングボールは生涯の宝になろう。

10月の戦いの陣列に、新たな若武者がまた一人。

横浜の秋はどこよりも熱い。


戦うぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
ゆくぞ ベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号94。
笠井崇正。

SPEEDY PROGRESS.
毎日の練習の中で、ひとつでも得るものがあるように。

VICTORY is WITHIN US.


2018/09/28(金)  東京ドーム
B0-1xG
勝  菅野
負  砂田


東京ドームでの最終戦。

砂田毅樹が長野久義にサヨナラホームランを浴び、悔しい悔しいサヨナラ負け。

ここまで65試合登板の鉄腕を誰が責められようか。

歓喜に沸くビッグエッグを見ながら、ふと思い出す。

この光景は、あの日と同じだと。

2011年10月22日。
東京ドーム。
ジャイアンツ戦。

9年所属した、愛するベイスターズでの最終戦。

彼はサードの守備に入る前に、帽子を取って一礼する。

何かの覚悟を決めたかのように。

彼の2本のホームランで2-0で迎えた9回裏。

石川雄洋のエラーから、調子を崩したストッパー山口俊は、長野久義に逆転サヨナラ満塁ホームランを浴びてしまう。

これが、「横浜ベイスターズ」の19年間のラストゲームとなってしまった。

ベイスターズは、この後球団売却を発表する。

前年にもリクシルグループへの身売り交渉が寸前まで行って、破綻していたベイスターズ。

旧スポンサーがこだわったのが、横浜スタジアム。

「横浜に野球を残す。静岡や新潟とか無理なことを言ってきたから。そこだけは譲れなかった」

まさに死に体の1年間。

譲渡先は、新興IT企業のDeNA。

3年後にCS。
5年後に優勝を目指すと、目標を掲げる。

彼は、新首脳陣に問いただす。

「俺は、来年優勝したいんです。代打の切り札になってからでは遅い」

新球団も必死の残留交渉。

だが、彼はFA移籍を決断する。

大好きだった横浜に、あえての美学で、「ジャイアンツは憧れでした」と言って、退路を絶った。

ベイスターズファンは、絶望と無力感に苛まれた。

ジャイアンツでは、リーグ優勝、日本一を経験。

その中でもたげるのが、古巣への思い。

だが、生まれ変わった新球団に彼の居場所はなかった。

2017年オフ。ジャイアンツから自由契約。

2018年は独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスに移籍。

NPBへの復帰が叶わぬまま、現役引退を発表した。

栃木の引退セレモニーでは、3人の息子さんたちが、ベイスターズ、ジャイアンツ、ゴールデンブレーブスの25番のユニフォームで父に花束を贈る。

この日の東京ドームでは、同じく3チームのユニフォームを身に着けた3兄弟を、石川雄洋と筒香嘉智が、温かく抱擁する。

青いスーツに、オレンジのネクタイ。

両軍の応援歌が流れる中、グラウンドを一周。
両軍ナインに胴上げされて、男村田はバットを置いた。


あんなに愛した。
あんなに憎んだ。
だから、最後は涙、涙。
泣いて泣いて、最後は笑顔。

16年間、本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。


横浜ベイスターズ。
背番号25。

読売ジャイアンツ。
背番号25。

栃木ゴールデンブレーブス。
背番号25。

村田修一。

去って去らず。

長年の疲れを癒して、しばし休んで、その功績を愛する野球界のために。

第二の人生も幸多かれ!

VICTORY is WITHIN US.


2018/09/27(木)  阪神甲子園球場
B4-3T
勝  今永
負  桑原
S  山﨑


あの日、将軍は赤鬼になった。

9月14日。
横浜スタジアム。
ジャイアンツ戦。

8回表。
スイングにいった岡本和真の手元に、彼の投球が当たってしまう。

打ちにいってるのに、デットボールとは何事か!

温厚な紳士が激昴。
顔を真っ赤にして審判に詰め寄った彼は、退場処分。

真剣勝負だから本気で怒る。
その怒りが力になる。
この日から、彼のギアが上がっていく。

以来、ほぼ完璧なリリーフで、チームの躍進の原動力となった。

豪速球が冴え渡る。

相手打者のバットが空を切る。

そして、バトンは小さな大魔神 山﨑康晃に繋がれていく。

気がつけば、チームは単独3位。

この日も、今シーズン散々苦杯を舐めたタイガース相手に競り勝った。

リードを奪った8回裏。
甲子園のマウンドには仁王立ちの彼の勇姿。

「ブルペンの仕事はヤスにボールを届けること」

フォア・ザ・チームの姿勢に全くブレはない。

君はハマの将軍。
チームを愛する心優しきセットアッパー。

誰も見た事のないドラマは、続いていく。


星空に響け 激しく
魂がうねる音
闘えWarriors
俺たちは生きる
勝利の女神 抱くため
情熱の火よ
我が道を照らせ
Wow wow wow BAYSTARS
勇者の遺伝子


横浜DeNAベイスターズ。
背番号53。
スペンサー・パットン。

YOUR ATTITUDE WILL ALWAYS DETERMINE YOUR ALTITUDE.
物事に臨む姿勢によって結果は変わる。

VICTORY is WITHIN US.