ろばのぱんやさんはいいぱんや~
スピーカの音量を最大限にベタな歌詞を軽快なリズムに乗せて、ロバのパン屋さんはやって来ました。(都内を回っている大学堂といい勝負です。)
カラフルに色を塗った(残念ながら色は覚えていない)小型トラックの荷台にショーケースを積んで、コッペパン、蒸しパン、あんパン、クリームパン、ジャムパンなど定番のパンを売り来ました。
私がまだ大阪の文化住宅に住んでいた頃なので、時は昭和43~45年頃、今とは違い当時はまだパン自体の種類がさほど多くはない時代です。
あっ、そうそう、今では当たり前のトレイとトングを持ってパンを選びレジで会計をする方式のパン屋さんが駅前のスーパーに現れたのもちょうどこの頃(昭和45年頃)でした。
私は母の手を引っ張り、いつもと同じ路地の角に車を止めたロバのパン屋さんに向かうとすでに近所の悪ガキどもが集まっています。
みんなの目当てはパンではなく実は1本10円のみたらし団子でした。
みたらし団子の人気は高く、初めから売り切れの時や出遅れたたためタッチの差で売り切れになることしばしばありました。
そんなある日のことです。
いつものようにロバのパン屋さんがやってきました。
私はいつものように母に「ロバのパン屋さん来たで!」と告げると、てっきり一緒に行ってくれるものと思い込んでいました。
その日、母は内職が忙しく50円玉を1枚私に握らせ「お母ちゃんの分とみたらし2本買(こ)うて来て!」言いました。
私は母と一緒ではない不安よりも食い気に頭を侵食されドキドキしながら、ロバのパン屋さんまで走っていくと近所の悪ガキはいません。
ほかの客はもうすでに帰った後でした。
私は勢いよく走ってきたことも手伝って、さっき以上にドキドキしながら「おっちゃん、みたらし2本ちょうだい!」と言いながら50円玉を差し出しました。
おっちゃんは「みたらしは売り切れや、蒸しパンあるで。蒸しパンでええか?」と優しく微笑んでくれました。
私は蒸しパンが何かも知らず(それまで食べたことがなかった)、きっとみたらし団子より美味しいものに違いないと思いながら「うん!」と返事をし、蒸しパンを入れた小さな紙袋とお釣りの25円を握りしめて母の待つ家に飛んで帰りました。
家に着くや否や母のもとに行き、息を弾ませながら「お母ちゃん、あんなぁ、みたらし団子売り切れやったわ!代わりに蒸しパン買うてきた!!」
と言い蒸しパンの包みとお釣りを差し出しました。
母は少し残念そうな様子で「そうか、ほな蒸しパン食べ!お母ちゃんは蒸しパンいらんから。」
私は母の内職を邪魔しないように奥の子供部屋に行き、紙袋から蒸しパンを取り出しました。
形は三角だったか四角だったか丸だったか覚えていません。
ぷっくりした柔らかそうな白い生地に紫がかった黒い小豆がちりばめられていました。
私は足を投げ出し、2段ベットの柵に背中をもたれながら手に取った蒸しパンをしばらく見つめていました。
次の瞬間、私は力一杯蒸しパンを壁に投げ付けました。
蒸しパンとはどんなものかを知らずに買ってはみたものの、あまりに自分のイメージと掛け離れた姿を見て、母がいらないと言った蒸しパンそのものとロバのパン屋のおっちゃんに勧められるがままに蒸しパンを買ってしまった自分に無性に腹が立ったのでした。
当時、私はカブトムシやクワガタはもとよりバッタ、セミ、トンボ、オケラなど昆虫が大好きでした。
父と銭湯に行った時も喜び勇んで蒸し風呂(今でいうミストサウナ)に入り「お父ちゃん、どこに虫がおんの!?」という始末。
そうです。
またやってしまったのです。
私は蒸しパンという言葉の響きに惑わされ、その柔らかな白い生地に負けないぐらい幻想を膨らませてしまっていたのです。
バカです。でも、悲しくて悔しくて涙が止まりません。
その様子を察知して母が子供部屋にやってきて「どうしたん?なんで泣いてんの?蒸しパンどうしたん?」と尋ねました。
私は「蒸しパン放(ほ)かした!」ととめどなく流れる涙にしゃくりあげながらやっとの思いで言葉にしました。
母は壁に投げ付けられ、形の崩れた蒸しパンを拾い上げると「何泣いてんねんな。泣いてんとお母ちゃんと一緒に蒸しパン食べよ!」
私は母に抱き起こされ、手を引かれながら居間のちゃぶ台の前に座りました。
母は蒸しパンについた汚れを手で払いながら「食べ物を投げたりしたらあかん!ほら食べぇ!」と蒸しパンをちぎって私に手渡しました。
私は蒸しパンを頬張るとふわふわした感触とやさしい甘さが口いっぱいに広がり、つい今しがたまで泣いていたことさえ忘れてしまいました。
「おいしいか?」と母は尋ねました。
私は「おいしい!」と答えました。
母は「みたらしとどっちがおいしい?」と聞きます。
私は「蒸しパン!」と答えました。
あっという間に蒸しパンを平らげると、母は「お母ちゃんも蒸しパン好きや!またロバのパン屋さん来たら蒸しパン買おな!」と言いました。
私は「うん!」と返事をしながらニッコリと微笑んでいました。
母も微笑んでいました。
私、40年経っていい歳のおっさんになった今でも変わりません。
勢いで突っ走って、いつもあとで後悔することしきり。
三つ子の魂、百までも…
よく言ったもんです。
あぁ~、はずかしいぃ~~!!