数年来YouTubeで聴いていたご住職・大愚和尚の仏教講座、大愚道場。ずっと参加したいと折を見ておりましたが、ようやく諸々整い、念願叶って本日受講してまいりました。


今回は特別講座で、前半は大愚道場、後半はYouTubeで発信している一問一答です。



仏の教えは宗教というより、実践的な物事の考え方や捉え方でありますが、一般には宗教と認識されるので、一人静かに学びに行くつもりでした。

しかし一人分の料金で同伴者一人参加可能とのこと、友人知人に声掛けするのは憚られるので(やはり宗教であるので!)、息子を伴っていくことといたしました。





生きることに難しさを感じ、数年前から出家を本気で考えることもあった私ですが、病を得て叶わなくなりました。

医療の発達した現代でなければ、現世の数多の辛苦に加え、身体の苦しみに耐えかねて仏の救済を求め出家をしたのであろうと思い巡らせますが、今の私はプレドニンという頼りになる薬物が病をある程度抑えてくれる代わりに、少しの自由を失いました。


ですがそれは、今まで気付かなかった人々の静かな日常や思いに気付くきっかけともなり、音楽家として、人が自然発生的に音楽を求め奏でてきた音の本質を深く感じることともなりました。


これから音楽もさらに深く勉強したいと同時に、図らずも2年前から共生することとなった自己免疫疾患との付き合いを良好にすることが喫緊の課題です。

免疫の暴走は、思考の癖も関係するのではないかと感じていますが、この2年以上、自分ではどうすることも出来ず再燃を繰り返しました。


食事を変えたりサプリを試したり、漢方に鍼灸、朝晩のストレッチや瞑想、水素ガス&バス等、どれもそれなりに効果はあるように感じますが、睡眠障害に悩まされるほど一点集中し過ぎる脳の癖はカバーしきれません。


つまりは執着との付き合い方が下手ということなので、自己と向き合い心穏やかに、自分はもちろんのこと、他者とも、起こり得る事象とも、清き水の如く付き合えたら身体も楽になるのではと、釈尊の教えを学ぶ場所として大愚道場を一度体験するべく、今回の参加となりました。






道場は、途中昼食と短い休憩を挟み、11時から18時までの長丁場でした。


道場の内容をここに記すことは出来ませんが、参加してみて、大愚道場は心穏やかに幸せに生きるための実践的な学びの場であることがわかり、私の思考の癖も訓練で改善出来るように思いました。

来年の目標は、体調を整え出来る限り道場に通い、学びを深めることと決定しました真顔



一番の決め手は、特に私が歌う時、教える時に大切にしていることと同じことを大愚和尚が大切にして教えてくださるとわかり、全ての基本は等しく繋がっていると得心したことです。


私たちは身体に引っ張られているので、頭の学びだけではなく同時に身体の学びも必要であること。

頭でわかることと出来ることは違うこと。出来て初めて「わかった」と言えること。


言葉が大切なこと。


本質は全て同じ。


同行した息子がどう思ったかはわかりませんが、大愚和尚のパッションは十分に伝わっていたと思います。


一問一答では、親である人は皆泣きました。

良き時間をありがとうございました。


合掌。







仏教で

相手に寄り添う穏やかな言葉を

「愛語」と呼ぶそうです。

本日道場に来た人のために、大愚和尚が見返しに直筆でサインしてくださった書籍。

気付いたら購入しておりましたにやり