この日、
どういういきさつで二人が僕の部屋に来たのかは知らないけど、
二人とも結構長い時間、かれこれ3時間くらいはいたと思う。
映りの悪いテレビを観ながらヒロが
「この番組。面白くて観てるん?」
全然面白くないけどここしか映らへんのや、と笑いながら話したのは覚えている。
相変わらずメグミは口数が少なかったけど、前よりは親しく話せてるってのは何となく感じた。
「まっく、何か書くもんない?メモ帳でもチラシでも」
ヒロがそう言いだしたので何するつもりだろうと思ってると、
この日、メグミは看護学校の寮の電話番号を教えてくれた。
ついでにって感じでヒロも同時に教えてくれた、二人ともわざわざ手書きで。
「もし(部屋に)いなかったらもう一人の娘に伝言しといて、寮は二人部屋だから」
「うん、今度かけてみる」
そんな会話をしたんだった。
話し慣れてるヒロになら何の気兼ねもなく電話すると思うけど、
メグミにはまだ会うのが今日で3回目くらいだし、
本当に電話とかしていいのかな?って少し躊躇した。
「いつでもいいよ、電話してきて」
メグミが笑顔でそう言うので、近いうちにかけてみようとは思った。
とは言え、正直今はまだメグミに対してそんなに積極的にはなれなかった。
彼女の気持ちも計り知れない部分があったし、
何よりも僕は高校時代の大失恋で、「恋」には少々臆病になっていた。
当日はさすがに電話をかけなかった、今思うとかけとけばよかった。
と言うより、
今思えば、誰よりもメグミ自身が僕からの電話が鳴るのを心待ちにしていたかも知れない。
ヒロはどちらかというと同性の友達感覚、
女の子って言う意識を持った感覚は、悪いけどほとんど無かった。
僕が入学した頃、看護学校の周りを歩いてたお姉さま方は何かみんなすごく綺麗に見えて
「うわ、さすが看護師さんや、たまらん」
なんて言ってたけど、
ヒロに会った時は、ただのその辺にいる女の子って感じで、
何と言うか今まで抱いていた「高嶺の花」的なイメージが段々薄れていった。
逆にその分、親近感みたいなのは湧いてきたけど。
ただうちの大学の学生と看護学校っていう結びつきはあまり聞かなかった。
ヒロに聞いても、うちの学生と面識があるのは
下宿の先輩の大林さんくらいしかいなかったらしいし、
確かに「近くて遠い」イメージはいつもつきまとっていた。
だからヒロたちと知り合った時は僕も阿部さんもかなり喜んだ。
「これで、看護学校とつながりができた」
失礼な話だけど、だからそのつなぎ役は正直誰でもよかった。
ただヒロは僕同様に、僕自身には全く関心もなかったのだろう
でも、いい奴だから
今回みたいにメグミをうちに連れて来たんだと思う。
それからしばらくして僕は一度、ヒロには電話した。
ちょっと優子に用事とかもあったし、
やっぱりヒロの方が関わりが長いし、かけやすかった。
メグミには一度電話かけたんだけど、不在だったから
またかけてみようとは思いながらもなかなかかけなかった。
同室の女の子に伝言を伝えるのも何となく気が引けて、
いつも
「また、かけ直します」
だけで、名前を名乗る事もなかった。
(お借りしました、ありがとうございます)
メグミって話しやすいんだけど、
ヒロみたいな天性のノリの軽さはないから、二人で話す時は至って普通の会話になってた。
でもそんなに当時、『気になって眠れないほど』も意識はしていなかったな。
確かに好みのタイプである事には違いなかったけど。
どちらかと言うと少し前に会った優子の事の方が気になったりしていた。
だからいつかメグミと二人で遊びに行く、なんて考えた事はあまりなかった。
(お借りしました、ありがとうございます)
あの頃、僕はメグミの『想い』なんてきっと考えた事もなかっただろう。
メグミがどんなに僕の事を考えていて、
何らかの手段でコミュニケーションを取ろうとして
何らかの形でサインを送っていた事なんて
微塵も感じていなかったはずだ。
「彼女がいたらいいな」
ただ、そう思っていたぐらいで
僕はまだ「メグミの想い」を受け止める準備すら出来ていなかった。