ヒロがメグミを下宿に連れてきて、メグミの顔を見た時に
ふと優子の事が頭に浮かんだ。
実は、メグミと久しぶりの再会を果たす1ヶ月ほど前に
僕は優子に誘われてドライブに行ったのだ。
あれは大学2年になったばかりの4月の終わり頃。
僕は風邪をひいていて、
ああ、しんどいなんて言いながら
いつものように隣室のシンちゃんと昼飯食って一息ついてたら突然の電話。
シンちゃんが
「まっく、ギャルから電話やで」
誰だろうってウキウキしながら出ると優子だった。
この退屈な時間に絶好のタイミングだな、なんて思いながら話してると
「まっく、今日暇?、私一人でする事ないからどっか遊びに行こう」
僕も風邪ひいてるけど、特にする事もないし、
シンちゃんと退屈に過ごすよりは優子と遊びに行く方が楽しいに決まってると思い、
二つ返事でOKした。
「誰かわかる?」
最初に言われて
「いやあ、女子の声はみんな同じに聞こえるからわからん」
そう言うと優子に怒られた。
「優子よ、ゆ・う・こ!」
僕も優子と話すのは久しぶりだったから、
これから来るって言ってるのに、ついつい電話で話し込んでしまった。
「もう、誰の声かわからんくらい、女の子から電話あるん?」
「いや、それはものの例えと言うやつで・・・」
かと言って、優子は決して本気で怒っている様子ではなかった。
優子が下宿にやってきたのはそれから30分くらいしてからだった。
「ごゆっくり~」
なんてシンちゃんに送り出されて出発した。
「どこ行こう?」
「海か山、やっぱり海やな」
そんなわけで少し遠くの海岸へ行く事になった。
車の中では音楽の話とか大学の話、僕のバンドの事とか
結構話題は盛りだくさんだったから会話が途切れる事はなかった。
そもそも優子の事もヒロ同様「仲のいい友達」ってイメージだったから、
そんなに「女の子」として意識もしてなかったと思う。
ただ、ヒロよりも随分「女性的」な空気が見え隠れしたのは紛れもなく事実だった。
途中で一面に花が咲いてる畑があって
「優子、ちょっとあれ見て、めっちゃ綺麗やで」
「まっくが花を見て感動するなんて何か笑える」
優子はそう言って吹きだした、
「何て失礼な奴やねん」
そう言いながらも、
優子が楽しそうだったので何となくホッとした。
でもその後
「やっぱり音楽やる人はそういう感性が発達してるのかなあ」
そうフォローしてくれた。
ようやく車は郊外の人気のない海岸に到着してそこでジュースを買った。
「コーラなんて、何か子供みたい」
そう言って優子は笑った、この時僕は初めて優子の事を少しだけかわいいと思った。
二人して海岸とか歩いてると、どう見ても仲のいいカップルなんだろうけど、
それでも僕の中で優子はやっぱり友達のイメージしかなかった。
とりあえず帰ろうってことになった。
もう結構いい時間になってきていたし、
僕の体調もあまり良くなかったから優子が気を遣ってくれた、ってのもあった。
その時、僕の背中にふと優子の気配を感じた。
ふわっとした感覚で後ろから優子の両手が僕を包み込む。
潮風に交じって優子の甘い髪の香りが僕の鼻先をくすぐった。
一瞬の沈黙の後、優子の声が聞こえた。
「はは、びっくりした?冗談だよ」
振り向きざまにいたずらっぽい笑顔でそう言った優子の唇が
一瞬、僕の唇に触れた。
ほんの一瞬の出来事だった。
僕たちはそのまま帰路に着いた。
買ったばかりのコーラは下宿に戻る頃には全て無くなっていた。
あんな事があった後でも僕たちは何事もなかったように会話をして、
帰りも楽しい時間を過ごした記憶しか残っていない。
優子が運転する車のカーステからはPOISONの「I WON'T FORGET YOU」が流れていた。
(お借りしました、ありがとうございます)
「ちょっとヒロのとこ寄ってから帰るよ」
優子はそう言っていつものように帰っていった。
僕は僕で、
「シンちゃん、レンタルでも行こか」
と、相変わらずいつものペース。
2、3日して芸能レポーターの如くヒロがやってきて
「聞いたよ、聞いたよ」
そのくせ真面目な顔で
「優子って今一人なんだよ、知ってた?」
優子も間違いなく僕の事は悪く思ってないし、
ヒロからも
「まっくは(優子の事)どう思ってるの?」
みたいな事は聞かれたけど、
僕は僕で冗談だと思ってから、あまり真剣には取り合わなかった。
「考えとくわ」
とは言ったもののそれっきりだった(笑)。
おそらく優子は一緒にドライブに行った事しか話していなかったようだ。
今までも優子は何回か遊びに来ていたし、
CDの貸し借りとかもしてて、仲はよかったけど、
やっぱり恋愛の対象と思えるような存在ではないと思っていた。
しかし優子自身は、あながち冗談でもなかったようだ。
メグミの存在を知っていたから、あんな行動に出たのか、それとも自然な流れだったのか。
今となっては確認のしようもない。
色々考えてみると、やっぱり「あの日」は何か運命めいたものがあった日だったのだと思う。
ただ、運命の歯車が回る事がなかっただけなのだろう。
回るなら、間違いなく「あの日のあの時」だったはずだ。
(お借りしました、ありがとうございます)
正直、「あの日」から僕の中で優子の存在は、今までより少なからず大きくなっていた。
ただ、その気持ちが形や行動となって現れる前に、僕はメグミと再会してしまったのだ。
優子に傾きつつあったほのかな気持ちは
メグミとの再会によってすべてかき消されたと言っていいだろう。
この日以来、僕が優子と会う事はなかった。
そう、友達のまま・・・
僕と優子は
POISONの曲のタイトル「I WON'T FORGET YOU」と言うわけにはいかなかった、
ただそれだけの、僕にとってはほんの些細な出来事だった。
(お借りしました、ありがとうございます)
「どんな薔薇にも棘はある」
どちらかと言えば、この曲の方が僕と優子にはお似合いだったのかもしれない。