いちご物語  ③  「一員」 | みつ光男的 だれだれ日記

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家族と過ごす何気ない日常と好きな音楽、プロレス、自作小説について。
更には日々の癒しとなるアイドルについてなども長ったらしく綴ります。

「体冷え切っとるから急に熱いお湯かけんと、最初の水の状態からかけてやって」

嫁が温かいシャワーをかけてあげると大人しくしている。
明日も、いや今日さえも命の保証がされていない野良犬生活の恐怖心から
少し解放されたのだろうか、
その時の顔は犬でありながら非常に安心感で満たされた穏やかな顔に見えた。

「パパ、これ傷があるよ」

嫁が言った箇所を確認してみると、体にオナモミがくっついていた。
あの、体にくっつくトゲトゲの植物の種みたいなやつだ。

「これオナモミやから引っ張ったら外れるよ」
体には数個のオナモミがくっついていた。
その状態からでも、かなり過酷な環境の中で生活していた事が覗える。

「この犬、飼うん?」

「こうなったら飼うしかないよなあ」

「やった~」

いつの間にか長男も起きてきて長女と二人で物珍しそうに、
それでいて遠巻きにその姿を見つめている。

「その代わり、飼い主が出てきたら返すんよ、どっかから逃げてきたんかも知れんから。それと散歩とかお世話もするんよ」

「わかった」

嫁のおかげですっかり綺麗になったその柴犬は
バスタオルで体を拭かれると部屋の中をウロウロと歩き始めた。
これでようやく助かったと言った表情で、安堵感がその顔からも滲み出ている。

「名前、何にする?」

早速いくつか候補があがったが、その中で「ばにら」か「いちご」の二つに絞られた。
みんなで話した結果、この犬の名前は「いちご」になった。

「いちご」は今日から晴れて我がみつ光家の一員となったのだ。
 嫁の隣でお座りするいちごに向かい、

「いちご、お手!」

早速嫁は芸を仕込んでいる。
それより、どう考えてもかなりの空腹なのではないだろうか。

「それあげてみたら?」

僕はバナナを小さく切っていちごの前に置いてみる、が見向きもしない。

「いらんって」

続いてさっき母親が持って来てくれたいなり寿司をあげてみる。
するとどうだろう、一口でモフモフと食べてしまった。
もう1個あげてみるが2個目もぺろりと平らげた。

「よっぽどお腹すいとったんやなあ」

僕は自分の朝食もそこそこにいちごの様子を見て安心する。

「でも、この子病院連れて行かんといけんやろなね」

「日曜日開いてる病院をさっきネットで調べてはみたんやけど・・・」

「お隣のMさんやったらワンちゃんおるし、知っとるかも知れんけん。電話してみようわい」

さっき嫁がMさんに電話したことで色々な事が判明した。
いちごが何故、空き地の用水路を越えて家の方に来ていたかと言えば
実はMさんが餌をあげたのだそうだ。
しかしMさん家の飼い犬のエドくんに吠えられて何処かへ逃げてしまったのだと言う。

いちごの事をMさんもかわいそうに思っていたらしく、
うちが飼うという話をしたら我が事のように喜んでくれたのだそうだ。

そしてT動物病院なら日曜日でも診察してくれて、いい病院との事。

「T先生やったら、俺も昔仕事で行った事あるから場所わかるよ」

まずはいちごを病院へ連れて行くことにした。
病院に電話して、診察時間を確認。
嫁が部屋の掃除をしている間にすっかりいちごと打ち解けた長女とと長男が仲良く遊んでいる。
最初はおっかなびっくりだった二人も穏やかないちごと早くも友達になったみたいだ。

「もしかしたらブリーダー犬かなんかで、必要なくなって捨てられたんかもね」

嫁はMさんとの電話の中でもあれこれ「説」をあげていた。
どちらにしても見た目、しっかりした柴犬だ。
血統書付きがどうかはわからないが、少なくとも雑種とは思えないくらい綺麗な顔立ちだ。

少し小さいのでいわゆる「豆柴」というタイプかも知れないが、
豆柴にしては少し大きい気もする。
もしかしたら豆柴として育てていたが大きくなったので、
身勝手な飼い主に捨てられたのかも知れない。

しかしそれも全ては憶測で、
いちごの口から真実が告げられない限りは今まで何処にいて、
どんな数奇な運命を辿って、
どのような艱難辛苦を乗り越えてここに辿り着いたのかは及びもつかない。

ただ一つ言えるのは今日からいちごは我が家の一員になった、というその事実だけだ。