忘れもしない1999年のその日、当時働いていた店のカウンター越しに、日本から短期出張で来ているという男性に声をかけた。「いつも熱心に読んでいらっしゃいますね。」彼はその文庫本がどれほど素晴らしいかを熱く語られ、数日後、読み終わったので是非読んでみて下さいとその一冊を置いていってくれた。それが僕と宮本輝との出会いであり、その一冊が、当時こんなにも超大作になるとは思いもしなかった「流転の海」の第一部である。
執筆開始から実に37年の時を経て完結した第9部「野の春」を手に取った。あゝ終わってしまうのか、と表紙に目を落とすと、そこには一頭の牛が描かれていた。これはまさしく第二部「地の星」に登場するアカではないか。意表を突かれ現れたあの牛の優しさが滲む優しい目に涙が溢れてしまった。


