昨日の「小指」と「薬指」の会話から、

 

ハイヤーセルフというモノについて考察してみましょう。

 

 

ご存知、僕は「ハイヤーセルフ」という名前が嫌いです。

 

色んな誤解を生むから。

 

 

 

昨日の記事にある通り、

 

世界には、分離した「部分」なんてありません。

 

その全てが繋がっており、

 

よって、

 

  「一つ」  、があるだけです。

 

 

 

「小指さん」は自分のことを、

 

「私は分離した小指というモノだ!」と錯覚してましたが、

 

上位次元で観れば、『右手』という【1つ】の組織の中の一部分だった。

 

 

 

同じく、

 

「人間」も、それを超えた、

 

【1つの流れ】

 

の一部分なんです。

 

 

「あなた」という現象も、【大きな1つの流れ】の一部分。

 

自分で動いているようで、

 

もっと【大きな流れ】の中で動かされているのが、人間。

 

 

「自分の意思がある」というのは錯覚で、

 

あなたの脳内で湧き起こる全ての「決定」は、

 

周囲との関係性の中で連動して発生しているだけです。

 

 

 

ためしに、

 

今、【右手】を動かしてみて下さい。

 

自力で動かせましたか?

 

もし、動かせたのなら、

 

「わたし」⇒「自分の意志で」⇒「右手を動かしてやる!」

 

⇒「右手が動く」

 

 

という流れなのだから、自分の意思がそこにあったような気がしますね。

 

 

「わたし」が、右手を動かしたのだ!と。

 

世界の端緒・出発点は、「わたし」であると。

 

 

 

ところが、あなたの右手を動かしたのは、

 

9行前の文章です。

 

「あなた」ではありません。

 

 

「わたし」が意思を発したのではなく、

 

周囲からの影響で、あなたは「意思」を発しました。

 

 

 

 

もしも、あの文章が無ければ、

 

「あなたの右手が動く」という現象は、世界に起こらなかった。

 

でも、3分前の世界に1つの【現象】が起こった。

 

【右手が、動く】。

 

 

その現象は当然ですが、

 

「あなた」が起こしたモノではなく、

 

世界に、ただ、起こった【現象】なのです。

 

 

 

 

それなのに何故か自我は、

 

「わたし」がその【現象】を起こしたんだ!

 

右手を動かしたんだ!!

 

と主張するのです。

 

おかしいですね。

 

 

【右手を動かした】のは、「わたし」じゃないし、

 

【右手を動かそうと、思ってやる!】という「意思」さえも

 

「わたし」が起こしたわけじゃないのに。

 

 

 

そして、これはもちろん。

 

【右手の動き】の話しだけじゃなくて。

 

 

これまでのあなたの人生の、全ての【意思】と【行動】がそうなんです。

 

 

 

 

ここで、ハイヤーセルフの声が聴こえるという意味不明な状態を、

 

「小指さん」に再度登場して頂き、説明してもらいましょう。

 

 

 

小指

「おい、薬指!

 

やっべーぞ!

 

おれ、気づいちまった!!

 

いいか、俺たちは、「自分で動いている気」になっていたけど、

 

ぜんっぜん、違ったんだ!

 

いいか、俺とお前を動かしているのは、手のひら側にある、

 

 

短小指屈筋だったんだ。

 

「おれ」は、自分では動いてなかった!

 

「お前」も、自分では動いていない!」

 

 

 

薬指

「え??マジか???

 

てことは、短小指屈筋こそが、俺たちの本体なのか?

 

スターウォーズの「フォース」ってコレのことか??

 

「おれ」は自分で動いていると思っていた。

 

「お前」も自分で動いていると思っていた。

 

でも、俺たちは自分では動くことなんて出来ず、

 

短小指屈筋に操られていたのか??」

 

 

 

小指

「そうだ、それがハイヤーセルフってやつだよ!!

 

ハイヤー(超えた)、セルフ(自己)だよ。

 

自己を超えた、大きなる自分が居るんだ!」

 

 

 

薬指

「マジか!

 

おれ、ハイヤーとか事故とか言うから、

 

MKタクシーのことかとずっと思ってた。

 

ぜんっぜん理解できてなくて。

 

なんかごめん。」

 

 

 

小指

「いいんだよ、おれもさっき悟ったばかりだから。

 

でな、俺クラスになると、

 

ハイヤーセルフの声が聴こえるんだ。

 

もう、後はこの声に従えば残りの人生OKさ。」

 

 

 

薬指

「え?ハイヤーセルフって、声があるのか??

 

それは、どんな声だ?

 

ハイヤーだけに、やっぱ東京無線で電波をキャッチする感じか?」

 

 

 

小指

「いちど、タクシー関係のことは全部忘れるんだ。

 

そうだな・・・、ハイヤーセルフの声ってのは、

 

そう、かすかに聴こえる感じだよ。そう。」

 

 

 

 

薬指

「え??

 

ハイヤーセルフって短小指屈筋だよな??

 

ただの筋の集合体なのに、「音波」を発生させられるのか??

 

構造的に、振動部位は見当たらないぞ?音を生めるか?」

 

 

 

小指

「音と言うか、声と言うか、とにかく聴こえるんだよ・・・。

 

ほんと、わずかーに、かすかーな、感じの声が。

 

まぁ、お前には分からないんだろう。

 

その声に、従えば良いんだよ。」

 

 

 

薬指

「俺の理解が足りてないだけだと思うんだけど、

 

「従う」ってどういうことだ??

 

従うも、従わないも、

 

俺たちに、そんな選択権は無いんじゃなかったのか?

 

選択権というか、選択筋というか。

 

だって、向こうの動きに連動して、俺たちは動いちゃう存在なんだろ?

 

【大きな流れの一部】として、俺のこの意志さえも今起こってるんだろ?」

 

 

 

小指

「そ、そ、そうだよ。

 

でもほら、「自我」の主張が強い奴とか居るじゃん。

 

もっと、ハイヤーセルフに委ねれば良いのに、

 

自力で頑張ろうとするヤツとか。

 

お、俺は、そういうヤツの事を言ってたんだ。」

 

 

 

薬指

「やっぱ俺の理解が足りてないんだろうけど、

 

「ハイヤーセルフの声に従えば、もっと楽に生きれるのに」って、

 

「手のひら筋の動きに従えば、もっと楽に小指できるのに!」って言ってるんだろ?

 

???

 

手のひら筋に従わない動きが、「小指」にはできるんだっけ??

 

手のひら筋の動きの現れこそが、「小指」じゃないのか??

 

 

「俺は絶対にハイヤー無線には従わないぞ!!」という意思が「小指」に湧いたとしても、

 

それさえ、ハイヤー無線からの流れなんだろ?

 

 

 

今日からは、手のひらの動きに「委ねるぞ!」という意思も、

 

「やっぱ手のひらには委ねないぞ!」という思いも、

 

結局は全てが、手のひらの中で起こってるんじゃなかったのか??

 

 

 

 

小指

「・・・。」

 

 

 

 

 

 

手のひらの上の孫悟空は、

 

「お釈迦様の声を聴こう」とするも、聴こえない。

 

そこで、気づいた。

 

「お釈迦様」が私だったと。

 

 

すると、それを聞いた弟子がさっそく勘違いした。

 

手のひらの外に居る「大きな人物」がお釈迦様であり、

 

あっちが「私」だったのかと。

 

 

それは、またもや「わたし」がどこかに発生しただけだった。

 

 

孫悟空の気づきは、「主体」を上位次元へスライドしただけのモノでは無かったのに。

 

 

 

お釈迦様と言うのは【全体の1つの流れ】の事であり、

 

その【流れ】が私であった、と。

 

 

流れの全部が、そしてその流れの中の、1つずつの構成要素の全てさえも私だったという境地に、

 

孫悟空は辿り着いたのに。

 

 

「小指」は私じゃないから、「手のひら筋」こそが私なのね。

 

 

いえ、

 

「小指」は私じゃなくて、そして私である。

 

 

自我というこの「わたし」で言えば。

 

「わたし」は、私じゃないし、私である。

 

 

あなたは、その肉体じゃないし、そしてその肉体も、あなたである。

 

 

 

だから、

 

「ハイヤーセルフの声が聴こえる」という表現には語弊があり、

 

あなたの声が、ハイヤーセルフの声である。

 

友達の声が、ハイヤーセルフの声である。

 

大っ嫌いな人の声が、ハイヤーセルフの声である。

 

花の音が、ハイヤーセルフの声である。

 

【現実】の何もかも全てが、ソレそのものである。

 

 

 

 

下位次元の構成要素である「自我」に出来ることは、

 

1つだけ。

 

この全体のシステム像に「気づく」事だけ

 

 

 

「全体がわたしだった」と気づくという事は、

 

「どこか1部分」にだけ感謝する「相対感謝」から、

 

起こるすべて、観えるすべて、「悪」も含めた現実の全てへの「絶対感謝」に移り変わる事。

 

 

そして、「絶対感謝」だから、

 

「感謝なんてしたくないよ!」が、「わたし」に起こってるなら、

 

それも、そのままで良いということ。

 

 

 

だから結局、いつも言ってる通り(⇒これとか)

 

この最大の気づきで、

 

あなたは、なんにも変わらないのである(笑)。

 

 

 

 

 

まぁ、とにかく。

 

世界には、分離した「部分」なんてありません。

 

全てが繋がっており、

 

「一つ」、があるだけです。

 

 

だから、

 

あなたは、そのままで良いし、

 

「そのままで在る」以外には、在れないくらい、

 

ずっと、僕たちは【一つ】です。

 

 

 

 

「絶対感謝の方法は↓この本読んでね

 

 

 

 

 

 

 

 

↓ハイヤーセルフって言っちゃうと、

 

「自我」や「このわたし」と、別個の「主体」がどこかに居るんだなと、

 

聞く人に誤解を与えるので、「ハイヤーセルフ」という表現が嫌いです。

 

「主体」をどこか上位へスライドさせても、意味が無い。

 

 

「主体」が無いということ。

 

「客体」と「主体」の区分線が消えること、

 

嫌いな人が私だったと気づくこと、

 

 【1つ】 、に、気づくこと

 

が大事なわけで。

 

 

 

えぇ、安心してください。

 

あなたの今の感想と、まったく同じです。

 

こんな話しの、いったい何が楽しいんだ?って思いながら書いてる訳です。

 

 

でも、この話しが、この宇宙の最大のシステム説明なわけで。

 

 

ピンと来るとき、ピンと来てもらえたら。

 

 

 

でもって、「ハイヤーセルフ」って表現は嫌いだけど、

 

僕も「わたし」以外の声が聴こえます。

 

ただ、今日の内容を100%理解したうえで、その説明を始めないと、

 

物凄い誤解が生まれるので、今日のブログでした。

 

 

イタコ扱いされたら困るし。

 

ただでさえ、タコみたいな毛髪状態になってるのに。

 

 

「わたし」以外のその声は特別なモノじゃなく、

 

「わたし」の声と、「あなた」の声と、「嫁の声」や、友達の声、

 

それらより「上」でも、「特別」でもなく、

 

同じようなありがたさで、ただ聴こえる声です。

 

(⇒明日に続く)

 

 

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